ざわざわと騒がしくも賑やかなホール。彩りの良い豪華な料理。オーケストラが奏でる優雅な音楽と、それに合わせてステップを踏む着飾った紳士淑女。
どこをとっても豪華絢爛なパーティー。そんな場に相応しく、この日の為にあつらえたドレスと、それに合わせたアクセサリーやヘアメイク。今の自分はわりかし、艶やかな姿だと自負するほどの出来だ、けど。


「……ねえ、リドル」
「なに」
「あの……やっぱり、なんでもない」
「……なら話しかけないでくれるかな」
「ご、ごめん……」


今宵のパートナーである彼は、一言も褒めてくれやしない。
それどころか、めちゃめちゃ機嫌が悪そうに唇を結んで腕を組んでいる。周囲に人が居るためか人の良さげな表情を取り繕ってはいるけど、彼の本性を知る者から見たらすぐに分かる、今、余計な口をきかない方が身の為だと。
静かに、それでいてふつふつと確実に怒りを募らせていく彼に、どうしたものかと閉口する。
一体何に対して怒っているのか見当がつかない。思えば、今日会った時からこんな感じだった。もしかして具合が悪いのではと考えるけど、そんな様子は微塵も感じられないし、だいいちそれなら彼は早々に人の居ない場所に避難していただろう。

ちらり、と横目で様子を伺う。シンプルな黒いタキシードを身に纏った彼は、普段より更に格好よくて、会場の女性の目を釘づけにさせる。
……なんだか面白くない。


「……リドル、ずっとそうして居る気なの」


二人だけに聞こえるように小さな声で言った。
口をへの字に曲げてそっぽを向いていたリドルが、僅かに顔を顰めて私を見る。すっと細めた目が、その感情を表している。


「……君は何が言いたいわけ」
「べ、別に。……ただ、リドルがずっとそんな顰め面なら、嫌だなって思っただけ」
「ふうん。僕が隣に居ない方が良かったって事かい?」
「な……そんなこと言って無いじゃない、どうしてそうなるの! ……もういい、リドルなんて知らない」
「そう。じゃあ僕は、行ってくるから」
「え、」


君はここに居ればいい。
そう言ったかと思うと、彼は足早に人混みの中に入って行った。呼び止める隙もなく、それこそ軽やかに。
一人ぽつんと残された私は、追いかける勇気もなくただぎゅっと唇を噛んだ。
どうして、こうなっちゃったの。



「はあ……」

周囲に気付かれないようこっそりと溜め息を一つ。
なるべく自然な風にして、前方にできた人だかりに目をやる。ドレスアップした女性陣に囲まれたリドルが、にこやかに応対している。見たくないのに、見てしまう。

今夜のクリスマスパーティーは、純血の名家であるマルフォイ家が催した、純血の者しか招かれていない。なんて凝り固まった思考の集まりなのかと私はこっそり思ったけれど、彼としてはコネを作っておきたいのだろう、恐らく将来の為に。大体、彼のあの容姿と人当りのよさだ。どこでだって、人気者にならないはずがない。

そう、よく考えなくても分かること。だから決して不機嫌になんてなっていないんだから。
平静を装って、ボーイからシャンパンを受け取ってみる。
ぱちぱちと弾ける黄金色の泡を眺めながら、二度目の溜め息をシャンパンと共に飲み干した。上品な味に舌鼓を打ちながら、空になったグラスと二杯目を交換し、辺りを見回す。
老若男女、それぞれにパーティーを楽しんでいるようで、あげくひとりぼっちは私だけらしい。なんだか肩身が狭くて、足が自然と壁のほうへじりじりと後ずさりしてしまう。

そして、今度は上流階級の奥様方に可愛がられているらしいリドルを見ながら、とうとう顔を顰めた。たしかあの夫人も純血の名家の血筋だったと記憶している。……本当、媚びを売る相手の選別も上手だこと。呆れを通り越して感心しちゃう。
彼女らに向ける彼の言葉や笑顔はすべて愛想笑い、ただの社交辞令だと分かっているけど、どうしても面白くない。
大体、パーティーには彼から誘ってきたというのに、こんなのマナー違反だ。それに、少しはドレス姿とか、褒めてくれてもいいと思う。彼はそういう性分じゃないことくらい理解していたけれど、それでも何か一言くらい、言って欲しかったのに。少し期待しすぎていたのかもしれない、と考えてさらに気分が沈んでいく。

遠くで彼がこちらを一瞥した。赤い瞳と目が合って、どきりとする。けれど彼はすぐ、ふっと目をそらし、また談笑を再開する。

……気づいている癖に。
ああもう、怒りを通り越して悲しくなってきた。
こんな所で一人立っていても意味がないし、いっそテラスにでも逃げちゃおう。そう思って踵を返した時、よく知る人物とぴったり目が合った。


「おや、君は」


私を見て、彼は口角をあげる。薄いブルーの瞳が楽しそうに色を変えた。


「どうしたんだい。こんな場所に君のようなレディが一人では、見知らぬ男に攫われてしまうよ」


にやり、と背筋が寒くなるほど美しい笑みをして、手の甲にキスを落とされる。その拍子に、彼のトレードマークである、肩にかかった銀糸のような髪がさらりと揺れた。こちらが恥ずかしくなる程スマートで自然な動作は、さすがマルフォイ家のご子息だと感心するほどだ。……というか、ただ単に手馴れているだけかも。


「ご機嫌いかが、マルフォイ先輩」
「他人行儀は止そう。ここはホグワーツでは無いのだからね、今の私達はただの男女だ」


その冗談に少し気持ちが和らいで、思わず小さな笑い声をあげた。思えばここに来て笑ったのは初めてかもしれない。リドルの顔色を窺ってばかりいたから。


「そうですね、じゃあ……マ、マルフォイさん?」
「まだ堅いな」


ぎこちなさがなんだか可笑しくなって、顔を見合わせて一緒に笑う。
ホグワーツでは挨拶を交わす程度だったけれど、こうして話してみるといい人かもしれない。まあ、リドルと親しくしている時点で油断ならない人物ではあるけど……って私が言える事じゃ無いか。


「彼と一緒では無かったのかい? 見た所一人のようだが」
「……ええ、まあ……」


苦笑いをして視線を逸らす。よりにもよってこの人に、こんな場所で喧嘩しただなんて恥ずかしくってとても言えない。
同時に、先程の事を思い出して、つい顔が曇る。やっぱりだめ、ここに居て暗い顔をしていても、せっかくのパーティーに水を差すだけだ。テラスの方をちらりと見やって、申し訳なくも口を開く。


「あの……そろそろ、私、」
「おや、私と踊ってはくれないのかな」
「え、あ……」


どうやら丁度、次の曲が始まる頃らしい。どうしようかと悩んでいる内に、持っていたシャンパンのグラスをひょいと彼に取り上げられる。それを近くに居たボーイに渡したかと思うと、そのまま手をとられた。
せっかくの誘いなのだし、断るのも無粋だ。もしかしたら、さいあく何もせずに帰る事になるかもしれないし踊ってみようかな。そう思って言いかけた時だった。


「ええと、じゃあ一曲だけ、」
「おなまえ」


唐突に名前を呼ばれ、ゆっくりと振り向く。耳によく馴染むこの声は、まさか。


「リドル……?」
「僕のパートナーがご迷惑をお掛けしたようで失礼しました、先輩」


いかにも善良な後輩の仮面を被って、彼はにこりと笑った。驚いて何も言葉が出てこない私の手を離し、マルフォイさんも涼やかな笑顔を浮かべリドルに向き直った。
目立つ二人が揃うと、自然と人の目も集まってくる。ちらちらと遠慮がちに、それでいて容赦なく投げられる視線に心から逃げ出したくなった。しかし本人たちは慣れているのか、居心地の悪さを感じている私をしり目に気楽に挨拶などを交わす。


「いや、楽しい時間を過ごさせて貰ったよ。今夜は残念ながら時間切れのようだが、君がよければまた話そう、おなまえ」
「私も楽しかったです、マルフォイさん」
「それでは先輩、また休暇が明ける頃にホグワーツで」
「ああ。良いクリスマスを」
「ええ。……行こう、おなまえ」
「あ、うん……」


良いクリスマスを。そう言った彼の微笑みが、どこかからかっているように見えた気がした。きっと私達の雰囲気で、何があったか彼にはばれているんだろうな。
リドルに手をひかれて、混雑の隙間を縫うように歩き続けながら、何とも言えない気持ちになる。

いきなりどうしたの。もう怒ってないの。
なんて、彼の背中に問いかけても、もちろん答えは返って来る筈も無く。
何か喋ろうとすると、余計な事を言ってまた喧嘩になってしまいそうで、やはり黙っているのが得策だ、とただされるが儘に後をついていく。

そうしている間にリドルがガラス戸を開いて、私たちは所々に雪が積もった広いテラスに出る。澄み切った冬の空気を感じた時、ひゅう、と夜風が肌を撫でていった。ストールを羽織っているものの、それだけでは寒さは防げない。暖かかった屋内との温度差に、肩を震わせていると、その様子を横目で見た彼がぴたりと立ち止まった。かと思えば、着ていたタキシードの上着をぱっと脱いでしまう。


「え、リドル何して、」
「はい」


そっぽを向いた彼に、脱いだ上着を差し出され目をぱちぱちと瞬きする。えっと。


「着ても、いいの……?」


驚きながら恐る恐る尋ねると、何も言わずに睨まれた。くどい早くしろ、そんな言葉が聞こえてきそうな目だ。怖い。
でもそれじゃあリドルが、と言いかけた口を閉じて、大人しくそれを両手で受け取った。


「ありがとう……」
「別に。僕は寒くない」


羽織ってみると思ったより大きく、膝上まですっかり包まれた。先程まで着ていたリドルの体温がほんのり残っていて、恥ずかしさと嬉しさを同時に感じる。つい頬が緩んだ私を見て、彼はため息をつきながらそんな物を着ているからだ、と言った。確かにこのドレスは、少し露出のあるものだけど。


「し、仕方ないじゃない……こんな屋外に出ることになるなんて思ってなかったし……あ、言っておくけど、ここに連れ出されたことが嫌ってわけじゃないからね」


また喧嘩になってしまうことを恐れて、だんだん小声になりながらもそう付け足した。
しかし彼は何も答えず、不機嫌そうな顔で何度目かの溜め息を吐いた。その息が白い事に気が付く。近寄って、彼の手を握ってみると、その冷たさにびっくりして思わず顔を顰めた。


「リドル、やっぱり寒いんじゃない」
「……寒くない」


慌てて上着を脱ごうとすると、いらない、と言って彼は繋いだ手を離した。
その瞬間、不器用に意地をはるリドルが愛しくて、堪らず私は両腕を伸ばして思いきり彼に抱きついた。
感じる体温はやっぱり冷たくて、この暖かさが彼に移ればいいと思いながら、ぎゅっと力を込める。


「おなまえ」


驚きに満ちた声が頭上から聞こえてきたけれど、知らんぷりをして返事はせずにいた。ふわりと彼の香りに包まれて、どうしようもなく心が落ち着く。そうしていると、諦めたらしい溜め息と同時に両腕が私の背に回る。彼の腕の隙間から、ちらちらと雪が降るのが見えた。柵や花壇に積もった雪は、窓から零れるホールからの光で淡いオレンジ色にライトアップされている。

視線を上にあげると、雪の舞いと、愛しい人のしろい顔。


「……大体、君が悪いんだ」


不意に彼が口を開いた。
胸板から顔を離して見上げる。


「え?」
「その恰好」
「そ、そんなに似合わなかったってこと……?」


支度にはそれなりの時間がかかったし、自分では結構いい出来かな、と自信があっただけにショックだ。
つい顔を曇らせて肩を落とす。すると頬に冷たい感触を感じ、気つけば唇に柔らかいなにかが触れていた。


「そうじゃない。……僕以外の誰かに、見せたくなかった」


不満そうな小さい声。その言葉に、胸が躍るのを感じる。顔の温度が上がっていく。
嬉しくて、声が震えてしまう。


「だ、だから怒ってたの?」


そういえば、迎えに来た時から様子がおかしいと思っていたけれど、そんな理由だったとは思いもしなかった。嬉しいような、少し複雑なような。
……ううん、やっぱり嬉しい。
放ったらかしにされた事とかちょっとした喧嘩とか、そんなものすべて綺麗に溶かしてしまうくらいに。
着飾った自分を、いちばん見てほしかった人だ。彼に褒められないなら、どんなに綺麗になっても意味がなかった。

ふと、彼が体を離して手を差し出した。


「それじゃ、踊ろうか」
「え……どうしたの、突然」


首を傾げると、むっと顔を顰めて、踊りたかったんだろう、と言った。もしかして、先程私がマルフォイさんと踊ろうとしたことを言っているのか。特に踊りたかったというわけではなかったし、マルフォイさんも私を気遣ってダンスに誘ってくれたのだと思うけど、そのことを今ここで口に出すのはきっと野暮、というものだろう。だから、私は微笑んで頷いた。


「じゃあ、広間に戻るの?」
「ここでいい。……上着もいいから」


返そうかと脱ごうとしたものの断られてしまい、仕方がないので着直した。

そうして、右手が彼のそれと重なる。同時に、そっと優しく背中に添えられる手。布越しに感じる体温と、規則正しいワルツの姿勢。戸の隙間から零れてくる演奏はくぐもっていて音量も小さいけれど、二人きりのダンスには十分なものだ。
普段より高いヒールを履いているせいで時々もつれそうになる私を、彼はごく自然な足運びでフォローしてくれた。靴音がリズミカルに響き、身体の動きに合わせてドレスの裾がひらひらと水面のように揺らめく。二人で軽快にステップを踏むうちに、冷えた身体も少しずつ温まってくる。
手を繋いでくるりと回った時、可笑しなくらい目がぴったりと合って、二人でクスクスと笑った。
そういえば、と踊りながら口を開く。


「ねえ、一つ聞いてもいい?」
「僕の足を踏まないよう気を付けてくれるならね」
「ふ、踏まないよ……」


少しだけ口籠ったけど、結局意を決し、勘違いだったらごめんねと前置きをしてから何気ない疑問を投げかけた。


「あのね、もしかしてだけど、私に嫉妬させようとしてわざと女の人とばっかり話してた?」


見上げながら問うと、数秒見つめ合った後に彼は含み笑いをした。その顔があんまり綺麗で、なんとも言えない気持ちになる。……つまり、肯定って受け取っていいのかな。


「さあね。向こうから寄って来たし、それに君は僕の事なんて知らないんじゃなかったのかい?」
「う……」


そういえばそんなことを、喧嘩した時に言ってしまった気がする。勢いで言った事は彼も理解しているでしょうに、こうやって嫌味ったらしい言い方を選ぶのだから本当に意地悪だ。
……私もリドルと同じで、正装を纏った普段より更に格好良い彼を他の人に見せたくないなと思っていたのだけど、悔しいから秘密にしておこう。


「おなまえ、曲が終わったら行こうか」
「え、どこに?」
「……ここは騒がしいから嫌だ」


せっかく来たのに、と思ったけど、少し考えてからすぐ私もその提案に賛成した。二人で居られる場所なら、どこだって構わないのだから。

そして曲と同時にダンスが終わった時、彼の魔法によって私達はその場から一瞬で消え去った。
降り積もる白い雪の上に、二人分の足跡を残して。
 



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