ベッドに横たえている身体が痛くて堪らない。おまけに怠くって目を開けている事すら億劫だ。そして睡魔が襲ってくる、しかし眠る事など許されない。僅かでも瞼を閉じようものなら、彼によって更なる痛みが与えられる。しかし今はその狂気は鳴りを潜め、椅子に座って黙々と課題をこなしているようだった。優等生の仮面をかぶったその顔を、じっと見つめる。


「おなまえ?」


私の視線に気づいた彼が、読んでいた本を置いて歩み寄り、ベッドに腰を下ろした。二人分の体重を支えることになった金具がぎし、と音を立てる。


「痛むかい? ……ああ、かわいそうに」


苦しそうに喘ぐ私を、まるで心から心配をしているかのような口ぶりで言う。そのくせちっとも嘲笑を抑えきれていない。
出来る事なら今すぐ突き飛ばしてやりたいが、魔法薬によって自由のきかない身体は、精々首をもたげる事しか出来ない。わざわざそんな物を使わなくとも、得意とする服従の呪文でもかければ一度で済むことなのに、彼は絶対にそうしない。私がささやかな抵抗を試みて睨んだり、薬の効能が切れた時に暴れたりする事が、何より彼の悦楽を掻き立てるのだ。近頃はそれを理解してから、あまり逆らわなくなった。そして、これで私に飽きてくれるかもしれない、と期待したもののそんな事もなく、それはそれで嬉しく思っているようだった。

彼は小さく震えている私の片手を取ってキスをした。ちゅ、と可愛い音がこの場のすべてに似つかわしくなく、心の中で笑いそうになる。滑稽だと思う。


「……震えている」


小刻みに揺れる私の腕と頬に彼は手を添えてから、青白い顔を覗き込んでは気遣うふりをした。横に首を振ろうと動かすと、肌の奥で骨が軋んだ。頭の中では鉄が叩きつけられる音が絶え間なく鳴っている。

僕が怖いかい、と目を細めて問われ、ようやく小さく横に首を振った。平気な顔で嘘をつくのも、もうお手の物。きっと彼はそれを見抜いていると思うけど。


「おなまえ、名前を呼んで、僕の名前を」


唇を指でなぞられ、切れた唇の隙間から音を絞り出す。教えられた通りの名前。私が大人しく従えば、貴方は嬉しそうな顔をする。その顔は、ほんの少しだけ嫌いではなかった。
いい子だね、と優しく髪を撫でられた。その一房からほんの少し香るのは、同じシャンプーの物。身体を洗うボディソープも同じ物を使用しているが、彼は度々私を匂っては、僕とは違う香りがするね、と言った。その時うん、と頷いたのを覚えている。私も同じ事を思っていた、から。

ぼうっとしていると、頬に何かが流れた。熱い液体を指で乱暴に拭われた時、涙を流していたことに気付く。随分前に枯れ果てたと思っていたのに、不思議なものだ。
指先に付いたそれを彼は赤い舌を出して舐めとり、甘いかと思ったけど塩辛いな、と言ってクス、と笑った。


「綺麗だよ、とても。今にも消えそうな吐息も、ぐちゃぐちゃになった髪も、その表情も……すべて」
「……」


毒のような愛の言葉から逃れたくて、視線を宙へ漂わせる。遠い天窓から、月明かりが一瞬だけ射した思った時、その光はすぐ雲に覆われ隠れてしまった。それを見つめていると、強い力で顎を捕らわれてはっとする。彼は、私の意識が他に向くことを殊更嫌う。慌ててごめんなさいと唇の形だけで謝罪をすると、冷たい無表情がにこりと笑顔に変わった。


「僕は優しいから、許してあげる。君だけだよ、こんなに甘やかすのはね」


彼につられて、私も薄っぺらな笑みを浮かべた。機嫌を損ねたら、いつまた躾られるか分からない。貧弱で脆い私を傷つけるのに、魔法も杖も要らなかった。彼の凶器はその腕一つで十分だ。赤子の手を捻るようにして、私の首も捻られてしまう。


「僕はね、どんな君でも愛せるんだ。どんなに汚くても醜くても我儘でも、この愛を裏切る酷い女でも……ね」


小さく頷いて目を伏せた。
馬鹿みたい、と心の中で彼を貶す。

誰でもいい、誰か助けてほしい。
けど月明かりすら落ちてこない、この隠された部屋で一体誰が来てくれるというだろう。私には心配してくれる友人の一人も居ない、彼がそう仕向けたから。ホグワーツじゅうの先生も生徒も、みんなみんな彼を信頼している。私もかつてはそうだったから彼らを責める事は出来ない。優秀で優しいうえ、目鼻立ちもよい彼に憧れていた、思えばあのまま夢を見ていられたらよかった。

もう終わらせてしまおうか、何もかも。
私は、虚空を見つめたままうわ言のように呟いた。
嫌い、と。

貴方なんて大嫌い、嫌い、きらいだいきらい。

それを聞いた彼は、そう、じゃあ、と微笑み、両手を私の首筋に優しく這わせた。
そうして両腕にぐっと力を籠められると、いとも簡単に呼吸が出来なくなる。
耳元に唇を寄せられ死んでしまえ、と優しく囁かれる。大きく口を開けて酸素を求めても苦しさは増すばかり。私が望んだ事だけれど、やはり身体は正直なもので生きようと悪足掻きをする。
呼吸ができない苦しさに生理的な涙が零れる。頭の中で白い火花が咲いては散った。痛覚以外のすべての感覚が遠のいて四肢が動かせなくなるうち、もはや何が苦しいのかさえ、私は分からなくなる。


「っう、あ……」


圧迫された喉から出る掠れた声がとても無様だったからか、彼の口端は一層吊り上った。私を嬲る事で得られる愉楽に、その整った顔を歪めている。憎くて堪らないのにやはり綺麗で、何よりあの紅い光を濁したその双眸が、今まで見たなかでだれよりも、きれい、だと、わたし、……は。




「どうしたんだい、ほら、何か喋って。その可愛い唇を開いて、悔しそうに顔を顰めて、僕を傷つける為の言葉を、僕だけに向ける憎悪を、言ってごらん……おなまえ」

 



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