ぐつぐつ、ボコボコ、ジュワー。

厨房は奇怪な音に満たされていた。
いつもならば屋敷しもべ妖精達が作る料理で、香ばしい香りや包丁が刻む規則的な音がここには溢れているのだが、今日は違う。
大きな鍋に入った、奇妙な緑色の液体を嬉々として眺めつつ、調理用お玉を片手に厨房内をせわしく動き回る少女の姿がそこにあった。

ワンピースの上に白いエプロンなど身に着けて微笑む姿はまさしく、ドラマやCMにでも出てきそうなとても愛らしいワンシーンなのだが、CMにするには、少女の作っているものにいささか問題があった。

というのも、彼女が作っているものは、甘いお菓子でもなく、美味しい料理でもなく、魔法薬という極めて摩訶不思議なものだったからだ。




***

「よし、出来ましたー!」

鍋の液体をおたまで掬って、液体がさらりとした、喉越しも良さそうな物になったのを確認して、そう叫んだ。
数回の失敗を繰り返してきたけれど、誰の助けも借りずに本一冊だけでここまで出来た私自身を、全力で褒めてあげたいですわー。

本当は、誰かと一緒に作ろうと思ったのだけど、卿は外出しているし、ルシウスさんには忙しいからと断られてしまったのだから、仕方無い。でも、上手く出来たてよかった。もしかして私、かなり才能が、あったりするんじゃ。

……や、にしても。

「友達がいません……というよりまずその前に知り合いすら、」

おたまを使って慎重に液体を小瓶に移しながら、ぽつりと零してみる。厨房には私のほかに誰も居ない為、響いた声が余計にむなしくて悲しい。私の友達といえば、ルシウスさん位しか居ない。ヴォルデモートさんは……なんだか違う。というか闇の帝王が友達ってどうなの? 親にも紹介できないわー! あっ親居ないよ、そういえば。


瓶の淵ぎりぎりまで液体をいれ、こぼれないようきっちり蓋を閉める。少し多めに作ったからか、鍋の中にはまだ緑色の液体が残っていた。……日本では、油とかは排水溝に流したら駄目だと聞いていたけど、こっちの場合……魔法薬はどうなんだろう。そのまま排水溝に流したりしたら、いけないのかな? 映画や小説などでは、ハリー達はどうしていたでしょう。……忘れてしまいました。

このままにして置く訳にもいかないし……あ。
ぴこーん。
咄嗟に良い案が浮かんだ私は、小瓶をエプロンのポケットに入れて、走り出した。
やだもう今日の私、超冴えてる!




誰か居ないかなー、ときょろきょろ辺りを見回しながらしばらく歩いてると、漸く人影が見えた。どうやら、昼間は夜に比べて人が少ないみたいだ。

「えーと、そこの人ー! ちょっとストップ、して下さいです!」

名も知らない死食人に駆け寄りながら、声を張り上げてみる。
すると、やっと私に気づいたらしい死食人さんは、綺麗な藍色の目を見開いて、それからこれまた綺麗な顔を、これでもかと言うほどしかめた。
……や、あの。
私が言うのも何だけど、レディに対して(しかもこんなに美少女なのに)かなり失礼じゃなくてー?

微妙にイラッと来たがあえてそこは大目に見てあげる事にして、彼と話せる位の距離になったので足を止める。
普段寝転がってばかりで運動不足なので、息が整うのに少し時間を要した。無駄に広いお屋敷は庶民には辛い。あと引きこもり。
両膝に手をつき、肩で息をしながら尋ねる。

「あ、あのう。突然ですけど、貴方のお名前、なんて言います、か?」

何を話そうか、なんて何も考えて居なかったから、とりあえず、名前を聞いてみた。
けれど彼は顔をしかめたまま、口を引き締め、ただ無言で私を見ている。このままだんまりをされたら嫌なので、こちらも負けじと笑顔をつくる。
で、しばしそのまま停止。
…………やがて諦めたのか、面倒臭くなったのか、(たぶん両者)ため息を零して、

「オリオン・ブラックだ」
「……オリオン? へー、良い名前ですねえたまねぎにちょっと似てますですね、オリオンとオニオン、みたいな! で、姓はブラックかあかっこい……え? ブラック……? あれ、おりおん、て……」

確か、シリウスとレギュラスの、お父さんですよね。あれ。まじでか。
一方、首を傾げて考えこむ私を置いて、彼はさっさと行ってしまおうとしていた。な、なんて冷たいやつだ。闇陣営にはこんな奴ばっかか!
あわててローブの裾を引っ張って、一生懸命引き止める。

「ちょっと待って下さいです! 名前教えてハイサヨナラなんて失礼だと思いませんですか!」
「思わない」
「ちょ……っ! とにかく私の話を聞いて下さいです!」

そこまで言って、ようやく話を聞いてくれる気になったのか、至極迷惑そうな顔をこちらに向けられる。
あ、そういえば私、まだ自分の名前言ってなかった。ここはひとまず自己紹介をしてみよう。

「今更ですけど、初めましてです。私の名前はfist name―、」
「……知ってる」
「え」

知ってる?初めてあったのに、どうしてこの人が私の名前を知ってるんだろう。
首を傾げながらハテナマークを浮かべると、なぜかオリオンさんはため息をつきながらこれまた面倒臭そうに言った。

「我が君が仰っていた。fist name・family nameという東洋からきた頭のおかしい変人がいるが、話しかけられても相手にしないようにと」
「ちょ、えええっ! な、なんですかその失礼な……ええええ!」

あ、頭のおかしい変人って、なんだそれ!
ひどいしレディーに対して失礼じゃないの!あれ、ここ紳士の国じゃなかったっけ?
卿め……今度嫌がらせしてやる。机の上に、書類と本の代わりに育毛剤置いといてやるんだから。覚えてなさいよ!

「それで、一体何の用だ。早く済ませろそれと気安く触るんじゃない、そもそもここは穢れた血ごときが居ていい場所ではないのだ」

冷たい眼差しでこの切り替えし。や、やるわね死喰い人……っ!ゴクリ。
ま、まあ別にいいけどねっ。これ位じゃセレンちゃんへこたれないんだからねっ。

「穢れた血じゃなくて、fist nameです。名前。あと、用っていうのはですね、ちょっと呪文を教えてもらいたくて!」
「呪文……?」

名前の件はスルーらしい。くそ、スルースキル高いなこの人。勝てる気がしない……!じゃなくて。

「はい、呪文です。消失呪文!」

にっこりと笑顔で答える。
魔法って、とっても便利だ。
呪文をちょっとちちんぷいぷいって唱えるだけで、後片付けとかすぐに出来ちゃうんだから!
これで、鍋の中に残った不要な分の魔法薬を処理できる。それも三秒で。なんて便利なのでしょうか。
魔法を考えた人はすごい。

「……エバネスコ、だ」
「なるほど、エバネスコですか! 了解なのです! どうもありがとう御座いましたー、それではー!」

消失呪文さえ聞ければ用は無いので、くるりと方向転換し、スキップしながら厨房へと戻る。
……あ。
もうひとつ大事なことを忘れてた。
振り向き、未だ静止しているオリオンさんに、5割のからかいと5割の純粋な気持ちを持って、笑顔で言い放つ。

「改めまして、fist name・family name。穢れた血ですがよろしくお願いしますね!」


これ位の報復は許されるはず……よね?






そして。
呪文を教えてもらったのはいいけど、杖を持っていないことを厨房に戻ってから思い出した。
……大失態。
結局裏庭の雑草さんに肥料、という名目で流させていただきました。
誰か、杖買ってくださる人募集。や、まじで。

 


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