いったい、どうして彼が私にクリスマスカードを送るのだろう。
マグルである私を心底嫌っているのに。
だからこそ、あのカードが不思議で堪らない。
それに、ルシウスさんじゃない人が送ってきたという可能性も考えられる。

けれど、既に燃えて無くなってしまったカードの隅にあったサイン。L・M、という文字。
カードが燃えた後、我に返って便箋の方も確認したけれど、そちらもものの見事に消えてしまった後だった。
恐らく、魔法が掛けられていたのだろう。
他の物に燃え移る事も無く、対象物だけを燃やす、それなりに高度な魔法。
けれどルシウスさんならば、きっと簡単に仕掛けられる筈。

だから、やっぱり。
あのクリスマスカードは、紛れもなく彼が送ってきた物。

「でも、どうして……」

呟いては見るけれど、答える声が返ってくる筈も無く。
溜息を吐いて、膝を抱えた。

この日の為に拵えたクリスマスプディングの準備と、飾り付けを終えた今、ヴォルデモートさんの帰りを待っているしかやる事がない。
や、本当は、まだ部屋を飾り付けている予定だったのだけれど。
今日の朝に届いたクリスマスカードの事が気になってしまい、どうしても集中出来ずに仕方なくツリーの飾りだけで終える事にしたのだった。
自分から考えた癖に、我ながら、情けない。
でも、この方が良いのかもしれない。あまり派手にしてしまうと、怒られてしまうかもしれないし。

「マグルだから、嫌い、なんて……」

私は納得出来ないと思う。
大体、私がマグルだったからって、一体どこの誰が迷惑したって言うんだろう。
私は、もしルシウスさんやベラさんやヴォルデモートさんが純血じゃなくっても、マグルでも全然構わないのに。や、彼等は困るのかもしれないけれど。

けれども、そう思わない人達だって居るという事も、理解しているつもりだ。
肯定の意見もあれば否定の意見もあるのは当たり前だ。
だから、仕方のない事だと諦めて、彼と同じように私も背を向けた。逃げ出した。問題から。
今になって、後悔がじわじわと心を蝕んでくる。

あの時無理にでも追いかけて、話し合えばよかったのだろうか。
そうしたら、何か変わっていたのだろうか。
今でも彼とお茶を飲んだり、談笑する事が出来ていたのか。
私が諦めなければ、彼との関係は変わったものになっていたの?
でも、もう遅い。
きっともうお会いする事は無いでしょうし、今更何をどう話せばいいのか、私にはさっぱり分からない。
もし彼に、マグルだからって嫌いになるなんておかしいです、と率直に言ったとして。

冷たくあしらわれるのは目に見えてる。
挙句の果てには、これだからマグルは嫌なのだ、とか言われてしまうかもしれない。

もう、仕方がない。
なす術が無い。

どうしてこれ程までに、マグルと純血の差は大きいのでしょうか。
大きなくくりで見れば、どちらもただの人間だ。
生まれつき特別な力を持っているかいないか、少し違いがあるだけの。
なのに。

「ヴォルデモートさんも……」

いつか私を、ああいうふうに拒絶なさるのかもしれない。
マグルだからと言って、罵るのかもしれない。

そこまで考えた時、慌てて首を左右に振った。

せっかくのクリスマスなのに、何もわざわざ暗いことを考える事は無い。
そう思い直し、ソファーから立ち上がる。
じっとしていると、嫌な事を考えてしまいそうだ。
けれど、やる事はあらかた終えてしまった。
こうなったら、飾りつけの続きでもしようかな。

「あ、」

良い事を思いついた。

コートとマフラー、そして手袋を掴んで、私は部屋を飛び出した。







真っ白な雪がふわり、ふわりと宙を舞う。
森の木や地面、全てが白く白く染まったこの夜は、とても幻想的だ。
その代わり、半端無く寒いのだけれど。

雪を固めていた手を止めて、両手を口元に持っていく。手袋越しにはー、と吐息を吹きかけると、少しだけ寒さが和らいだ。
けれど、全身を襲うこの冷たい空気からは逃れられない。

それでも私は外に居る。
でもって、雪遊びなどしている。
日本に居た頃は、もういい歳ですし、人目を気にしたりしてあんまり雪遊びなんてしなかった。
大抵、何をするでもなくみかんを食べてこたつに引きこもったものだった。

しかし、今私の近くにはみかんもこたつも無いのである。
テレビも無いしネットも無い。何しろ電気が無いので仕方ないけれど、何もしないと暇すぎて死んでしまいそうだ。
そこで思いついたのが、雪遊び。
小さい頃は雪合戦を友達とやったりもしたけれど、生憎雪玉をぶつける相手が居ないので、雪だるま作りに落ち着いた。
これなら一人でも出来るし、完成した後の達成感がわりと好きだった気がする。


上下くっつけあった球体にぺたぺたと雪を貼り付けて、何とか綺麗な丸の形にしていく。

「ゆーきやこんこん、あられやこんこん、降っては降っては……」

えーと続きは何だったっけ、と考えた時、

ぐい、と、


「う、わっ!」

首に巻いたマフラーを強い力で引っ張られ、そのまま後ろに倒れ……ない。
冷たい雪の上に転ぶ事を覚悟していたのに、一向にその感触はやってこなかった。
それどころか、背中に暖かさを感じる。
恐る恐る瞑った目蓋を開くと、


「お前は何をしているんだ……」


呆れ顔で私を見下ろす、ヴォルデモートさんの姿。


「え、……どうして、」
「早く帰って来いと駄々を捏ねたのはお前だろう」
「あ、そうでした」

どうやらマフラーを引っ張ったのは彼のようだ。普通に声をかけて下さればよかったというのに。まあ、彼らしいけれど。

「おかえりなさい、ヴォルデモートさん。ハッピークリスマス、です!」


そう言って笑えば、ささやかなクリスマスパーティーの、始まりの合図。





「じゃーん! ほらほら見てくださいこれ! 何だと思います?」
「ただのプディングだろう」
「え、今、ただの、とか仰いました? 失礼な! これは私が作ったんです、あ、ベラさんにも手伝って貰ったんですけれどね! ヴォルデモートさんにクリスマスプレゼントです!」
「……せめて一人で作ろうと思わないのか」
「だって作った事無かったですし……あ、食べてみて下さい! きっと美味しいですよ!」


そう言ってプディングとフォークを差し出し、期待の篭った目で見つめると、彼はやれやれと言いたげな顔をした。
何しろベラさんにも手伝って頂いたのだから、味には自信がある。
しかしヴォルデモートさんは受け取らず、なぜかブランデーのボトルを取り出した。
そうして、あっと言わない内に蓋を開けてプディングの上に注いだ。
そして、杖を取り出し呪文を唱えると、部屋の明かりが全て消えてしまった。

「あ、あの、ヴォルデモートさん?」

暗くて何も見えない。
一体何をするんですか、と言わないうちに、プディングに火が点いた。
青とオレンジの炎がゆらゆらとプディング全体を包みこむ。
明かりの消えた部屋の中で燃えるそれは、中々に綺麗な光景で、思わず私は見とれてしまう。

「クリスマスプディングはブランデーを掛け、火を点けて食べる物だ」

少し経つと、火は自然と消えていった。
そうして、部屋の明かりも元に戻る。

すごいですね、と言おうとすると、

「fist name」
「え? わ、何ですかこれっ」

ヴォルデモートさんの腕が伸びて、また視界が真っ暗になる。
どうやら目を隠されてしまったらしい。

「そのままでいろ」

見えない状態では身動きがとれず、仕方なくじっと大人しくする。
何かするつもりなのだろうか。
目隠しを外したいのは山々なのだけれど、生憎両手が塞がっている状態なので、どうにも出来ない。
少しの間そのままで居ると、ぱっとヴォルデモートさんの手が放され、ようやく開放された。

辺りをきょろきょろと見渡してみるけれど、何も無い。
しかし手元を見ると、

「あ、切り分けて下さったんですか? ありがとう御座います」

私の手にあるお皿には、細い三角形に切られたプディングが乗っていた。
けれど、この為だけなら、別に目隠しなんてする必要は無かったような。
まあ、いいや。

「頂きます」

手を合わせてしっかり挨拶。
プディングを刺したフォークを口に運ぶと、ドライフルーツの甘さが口に広がった。
もぐもぐと噛み、咀嚼。
うん、さすがベラさん。おいしいです。
普通はもっと甘ったるく作るものらしいけれど、甘さを控えめに作ったのは成功かもしれない。

もう一口、とケーキを食べ勧めていくと、柔らかい生地の中で何か硬い物にフォークが当たった。
ドライフルーツだろうか、と思い首を傾げながらつついてみたものの、比にならない硬さだ。
何か変な物でも混じってしまったのだろうかと不安になりながら、フォークでそれを取り出して見る。


蝋燭の明かりに照らされてきらりと銀色に光るそれは、

「指輪……?」

薔薇が細かく丁寧に刻まれた、シンプルなデザインの物。
一体、どうしてプディングの中に。
もしかして、ベラさんの嵌めていた物が混じったままプディングを固めてしまったとか。
や、でも、作った時はベラさんが指輪をしていなかった。それに彼女がしている物とデザインも違う。

じゃあ、これは?


「プレゼント、だ」


指輪を眺めていると、ヴォルデモートさんが言った。


「えっ、誰に、ですか?」
「お前しか居ないだろう、fist name」
「あ、え、う、嘘、な、何で……っ」


思考が纏まらず、口をぱくぱくと閉じたり開いたり。
クリスマスなんて馬鹿にしてたヴォルデモートさんから、まさかクリスマスプレゼントを貰えるとは思わなかったし、それに、まさか、指輪だなんて。

「あ、あの、本当に、良いんですか、も、貰っても……?」

恐る恐る尋ねると、

「要らないのならば捨てろ」

なんともあっさりと、そんな事を仰った。

「す、捨てるなんてそんな事しません……た、大切にします! ずっと!」

一生懸命に反論すると、ヴォルデモートさんが少しだけ口元に三日月を描いて笑った。
私もつられて、微笑む。
今までで最高のプレゼントかもしれない。

「日頃の感謝を返そうと思ってプレゼントしたのに、何だか数倍も良い物貰っちゃいました……」
「安心しろ。最初からお前に期待などしていない」
「もう、またそういう事……今日くらい、意地悪な事は言いっこなしにしましょう!」
「ふん、私がお前に一体いつ『意地悪』をした?」
「いつもしてるじゃないですか……」
「覚えが無いな」
「ヴォルデモートさんの減らず口!」


甘ったるいプディングを食べながら、結局いつものように軽口を叩く。
けれどもきっと、や、絶対に、物凄く素敵で特別な、忘れられないクリスマスになったと思う。

その証拠に。
ヴォルデモートさんから頂いた指輪を眺めながら、私はいつまでも頬が緩むのを止められないのだから。


暖かい暖炉、煌びやかなツリー、甘く優しい時間。
そうした幸せな部屋の外では、天から舞い降りる雪がクリスマスの夜をしんしんと深めていった。


  


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