そんな訳で、お菓子を作る事になったのだけれど。


「クリスマスプディングなんて、初めてです……」

着慣れないエプロンの裾を指先で弄りながら呟いた。

「おや、日本じゃ食べないのかい」

慣れた手つきでプディングの土台をかき混ぜるベラさんが、手を止めて珍しそうな顔をした。

「私の国じゃ、専ら真っ白なケーキって相場が決まってるんです。お砂糖で出来たサンタクロースとか苺とか乗っけて、大抵恋人と一緒にメリークリスマス! って」
「おかしな国だねえ」
「え、そうなんですか?」
「ま、いいさ。ほら、アンタも混ぜな」

そうしてボウルを渡され、大量のドライフルーツやナッツ達に苦戦しながらもなんとか混ぜ合わす。
それにしても、中に入れたブランデーやラム酒の香りで酔ってしまいそうだ。本当にこんなものがポピュラーなの?子供が食べる時にはどうするんでしょうか、はたして。
しかし王道レシピ通りに作っているので、文句は言えない。
洋酒入りのケーキとかオシャレー!とは思うけれど、このプディングの場合アルコール臭が辛いです。

少し顔を顰めつつ居ると、隣で見守ってくれているベラさんが口を開いた。


「よく出来てるじゃないか。クリスマスプディングはね、こうして混ぜる時に願い事をするのさ」
「え……願い事ですか?」
「プディングの中にコインや小物を入れたりする家もある。くだらない占いだね」
「な、なんだかすごいですね……イギリスのケーキって……」


でも、そういうのってちょっと楽しいかもしれない。

このプディングは、ヴォルデモートさんに渡すものだからコインは入れられないけれど、願い事なら……。

願い事……。
健康で居られますように、とか?
うーん、なんだか面白味が無い。悪いことじゃないのだけれど。

「あ、」

ヴォルデモートさんが、幸せで居られますように、とか、どうだろう。


このプディングは一応、彼の為に作っている訳ですし。
まあ、気休め程度にしかならないかもしれないけれど、こういった子供心も大切ですよね。
なんだか、七夕の短冊に願い事を書いたりするのと少し似てるかも。国は違えどなんとやら。


広いキッチンは、ドライフルーツや香辛料、お酒の香りで満たされている。
作り終える頃には、きっと身体に染み付いてしまっている事だろう。私にも、彼女にも。
それなのに、嫌な顔一つせず、手取り足取り丁寧に手伝ってくれている彼女の優しさが、香りと共にじんわりと染みた。
こうして肩を並べて料理をすることが、どれほど幸せな事だろうか。


「あの、ベラさん、」
「なんだい? プディングならもう少し混ぜな」
「や、そうじゃなくって」

一旦混ぜる手を止めて、ベラさんに向き合った。

「……あの、本当に、ありがとう御座います。すごく感謝してます、私、ベラさんと逢えてよかったって、今すごく思いました」


ひとおもいにそう告げると、予想通り、そっぽを向かれてしまった。

少々不器用で照れ屋な彼女も、幸せなクリスマスが訪れますように。


家族も恋人も居ないけれど。
今年のクリスマスは、とっても良い日になりそうです。


  
 
「ふー……これでやっと完成ですね!」

黒に限りなく近い焦げ茶色に蒸しあがったクリスマスプディングを見て、顔が自然と笑ってしまう。
イギリスではポピュラーだというそのレシピに驚きつつも、結構上手に出来たと自負。
味も、きっと美味しく出来上がっているはず。なんていったって強力な助っ人、ベラさんにも手伝って頂いたんですから。

「後はクリスマスまで常温で寝かせておくだけだね。まったく、このプディングは手間が掛かるから嫌なんだ」

彼女も満足そうに溜め息をついて、長い髪を留めていた髪飾りを外す。とたんに、暗い色の髪がカーテンのようにふわりと広がった。

よし。
そろそろ頃合だと思い、私はエプロンのポケットから丁寧にラッピングした小さな手のひらサイズの箱を取り出した。
真っ赤な包装紙と、緑と金色を隣り合わせにしたストライプのリボン。
クリスマスらしい色合いを考えて魔法をかけた物だ。


「ベラさん、あの、クリスマスにはちょっと早いんですけれど、手伝って下さったお礼と、私からのクリスマスプレゼントです」


当日は渡せないので、今受け取って頂けますか?と、小箱を両手に持って差し出した。

けれど、受け取ってくれるだろうか。
古くから続くお金持ちの家柄の出である彼女には、口に合わないと断られやしないだろうか。
恐る恐る見上げると、彼女にとってまったくの予想外だったらしく、目を丸くして驚いている。
そんな可愛らしい様子を見て、私は微笑んだ。

「クッキーを作ってみたんです。私一人じゃ、あんまり難しい物とか作れなくって……でも、味は保証しますよ!」

自信満々にそう言って、もう一度ずいっと差し出す。
すると、ベラさんは目を丸くしたままゆっくりと手を伸ばし、箱を受け取った。
それを少し眺めてから、


「……まあ、有難く受け取っておくよ」


少しぎこちなく、彼女も微笑んだ。







こん、こん、ノックを二回。
少し待ってみても返事が無いので、とりあえず無断で入ってみた。


「失礼しまーす、ってやっぱりいらっしゃったし……」


暖炉の傍で優雅に読書をしているヴォルデモートさんを見つけ、居るなら返事をして下さい、と睨む。
しかし本に夢中で、彼は視線すらちらりとも寄越さない。まあ、いつもの事なのだった。
気にせず私も隣にお邪魔して、自室からここまで引っ張ってきた毛布を膝にかける。

「廊下にも暖炉つけましょうよ、ヴォルデモートさん。ここに来るまで、寒くってたまらないです」
「……」

寒さに肩を震わせながら言うけれど、やはり返事が返ってこない。
どうやら、彼の手中の本はよほど面白いらしい。
まあ、浅学の私と話しているよりも、読書をしている方がずっと有意義なことだろう。私だって、そう思う。

しかし。

いつもなら諦めて、私も本を読むかうたた寝をするか……なのだけれど、なんとなく今日は、とてもつまらなく感じる。
本なんていつだって読めるじゃないですか、なんて言ってしまいそうになる。

「……」

すっと立ち上がり、出来るだけ気配と足音を消しながら、ヴォルデモートさんの背後に忍び寄る。
そうして後ろから本を強奪する、という作戦。我ながら完璧すぎてちょっと怖い。
よし、今だ。
にやにやと笑いながら本に向かって手を伸ばした、その時。

「わっ!」

腕を強く引っ張られ、前のめりになる。
慌てて顔を上げると、すぐ近くには、ヴォルデモートさんの綺麗な顔。

「き、気づいてたなんてずるいです! 卑怯!」
「なるほど? 背後から襲う奴とどちらが卑怯だろうな」
「う……」

図星を突かれて、唇をかみ締める。
言い返せないのが悔しい。

「と、とりあえず腕を放し……っ!」

不安定な体勢を直そうと身体を後ろに退こうとすると、再度ぐいっと引っ張られた。

「ちょ、」

文句を言おうとヴォルデモートさんの方を見ると、なぜか彼は引っ張った方の私の手をじろじろと眺めている。
抵抗しようにも、悲しいかな、力の差は歴然としていて、腕に力を入れてみてもびくともしない。

「な、なんなんですか、」

うろたえた声を出す私に、ヴォルデモートさんは目をすっと細め、呟くように言った。

「……甘いな」

その言葉に、首を傾げる。

「え? 何が……あ、」


もしかして、と昼間の出来事を思い出す。
このお屋敷の(ほとんど使われていない)キッチンで、クリスマスプディングの仕上げをしていた事を。
プディングにドライフルーツをたっぷりと入れたからか、蒸し終わった後のキッチンはとてつもなく甘ったるい香りが充満していた。
そのせいで、私にも香りが移ってしまったのだろう。自分ではあまり気づかなかったけれど。


「って、そんな事より放して下さいっ」

少しして、ぱっと腕が解放された。
その瞬間、慌てて身を退き一歩後ずさる。
しかし、今度こそ捕まらないぞと身構える私をまったく気にせず、ヴォルデモートさんは本の続きを読み始めた。

一体、先程の行動は何だったのか。
私はただ少し、悪戯しにいっただけなのに。
じゃあヴォルデモートさんもちょっとした悪戯?や、あのヴォルデモートさんが、そんな事する訳がないですし。

「……」

いくら思考を巡らせても答えが見つからないので、諦めてとりあえず俄然として何もしてこない彼の横にすとんと座った。
毛布にくるまり、何をするでもなく暖を取る。
当たり前だけれど、冬は寒い。動くと暖かくなる、とよく言うけれど、そもそも冬は動く気力すら奪っていくので矛盾していると、赤々と燃え盛る暖炉の火を見ながら思った。

暖かいなあ。
もう、ここから動きたくないや。


少しばかりうとうとしていると、隣でぱたん、と小さな音がした。
見れば、あれだけ熱心に読んでいた本を閉じて、ヴォルデモートさんがこちらに視線を向けている。
本、いいんですか、と聞こうとする前に、彼が先に口を開き、fist name、と呼んだ。

「な、何ですか?」
「お前は」
「……はい?」
「私に触れられるのが、嫌か」

静かに彼が言い放ったその言葉に、私は呆然と目を丸くする。

「えっと、し、質問の意図が分からないです」
「嫌なのか、と聞いている」


異様な率直さでしつこく問いただされ、困り果てて視線をそらした。

先程の事を仰っているのだろうか。
だとしたら、あれはいきなりで、びっくりしたからだし、それに不安定な体勢が辛かっただけで、別に嫌なんじゃない、と思うけれど、でも嫌じゃない、って言うのも何だかそれはそれでアレっていうか、えーと、

「ふ、普通です!」

戸惑いつつも、きっぱりと言い放つ。
普通ってなんなの、と自分でも思うけれど、しかしこれ以上は、脳が考えることを拒否した。

「……そうか」

納得したらしい。
私はほっと安心し、ヴォルデモートさんはまた本を開き、文章に目を通し始めた。

その姿を見て、あれっと思う。

もしかして、私が過剰に意識しすぎなのかもしれない。
外国人は日本人に比べてスキンシップが激しいし、だから、その、たまに抱きしめられたりするのも、ごく普通なんだ、きっと。
そうだ、特別な意味も何も無い。

そう考えると、自意識過剰な自分が恥ずかしくなってきて、身体が熱くなる。
けれど。


特別な意味は、無い。

揺ぎない事実であるその事が、少しだけ、寂しいかなと思った。



 


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