寒空の下、真っ白な雪がしんしんと降り積もっている。
その白さは、この真っ暗な夜の中でとても綺麗に映えた。
絶えず空からふわふわと落ちてくる粉雪は、まるで天使の羽のように美しく、清らかだ。
ただ一つ難点は、

「っくしゅん! あー……寒いなあ……」

この凍てつくような寒さ、なのだった。
ロマンチックな雪景色を眺めるのも一苦労だ。けれどそれでも見たい、と思うちょっぴり可愛らしくも馬鹿馬鹿しい乙女心。
しかし自然は優しくない。そんな乙女な私を露とも気にかけず、びゅうびゅうと横殴りに叩きつける寒風の容赦のなさに、苛立つやら泣きたくなるやら。
……こたつが欲しい。
切実にそう願いながら、がくがくと手足を震わせ身をいっそう縮こまらせる。


あーあ。
こんな事なら最初から中で待ってたら良かった。ヴォルデモートさんの予定なんてあってないようなもので当てになるかどうか信憑性にかけるものだと、少し考えたら分かる事なのに。
でも、ここまで来たからには外で待っていたい。

立ち続けているのにも疲れ、階段に座り込み、冷え切った身体を抱きしめる。
マフラーに顔を埋め、いろんな意味で遠い故郷に思いを馳せた。

日本の冬だったら、こたつにみかんにお鍋に数々の暖房器具に囲まれて温かく過ごせるというのに……羨ましい。羨ましすぎる。
どうして昔の日本人は、外国人にこたつの素晴らしさを教えてあげなかったのか。
偉大なるご先祖様がた、子孫の事を少しでもかわいいと思うのなら、どうか私にこたつを!今にも凍えそうな私にこたつを下さい!

なんて、心中で叫んでいたら、寒さがよりいっそう増した気がした。


「ううう、ヴォルデモートさんのハゲ……遅すぎです……」


夜には終えるって仰った癖に(もう多分真夜中なんですが)。
立派なお屋敷の玄関先で、こんなに可愛い美少女(笑うところ)が震えて待っているというのに。

「ヴォルデモートさんの非道……悪魔……鬼畜……」

俯きながら思いつくままに悪態をつくと、頭上で聞き慣れた乾いた音が空気を揺らした。
ぱっと顔を上げると、白い雪景色にまるで対照的な黒い人が私を見下ろしている。

「ヴォルデモートさんっ!」
「……fist name」

思わず顔を綻ばせながら、立ち上がる。
しかし、ようやく帰ってきたその人は、鬱陶しそうな顔をしやがりました。


「何故、ここに居る」
「帰ってくるの、待ってたんです」
「……気味が悪いな」
「な、」


どういう意味ですか!
うらみつらみを込めて真正面から睨む。
こういう時、彼のほうが背が高いから見上げなければいけない事がとっても癪だ。縮んでしまえばいいのに。

「出迎えろと言った覚えは無い」
「む……そ、それはそうですけど、だってお帰りなさいって言いたかったから……」

今朝出掛ける時に、ヴォルデモートさんがああいうふうに言ってくれたのが嬉しくて。
だから、『おかえりなさい』も言いたかった。

いけませんか?
と、不満の眼差しで問う。


「……下らん、な」
「そんな事無いです。少なくとも私にとっては大事なことです!」
「大体、それだけの為に身体を冷やして、お前は風邪をひきたいのか? ああ、馬鹿は風邪をひかないんだったか」
「何ですってー! せっかく待ってたのに……ヴォルデモートさんのハゲ!」
「私のどこが禿げていると言うのだ」
「えっ……」


なんていうか将来的に絶望的というか。


「ま、まあその話はいいんです……ていうか寒い! 早くお家入りましょうっ」

ヴォルデモートさんのローブの袖を引っ張って、とりあえず避難した。
喧嘩は外で、とよく言うけれど、外が極寒地獄だった場合はお家で喧嘩する事も許して頂きたい。
ほら、ヴォルデモートさんと私以外に人居ないからいいよね?






中から白い湯気が揺らめくマグカップに両手を添え、二、三度息を吹きかけて少しだけ冷ます。
ゆっくりと口をつけると、ホットチョコレートの甘ったるさが口いっぱいに広がって、私は頬を緩ませた。
暖炉のすぐ傍に寄せた一人掛けのソファー。室内もじゅうぶんに寒いので、膝には厚手の毛布をかけている。

「美味しいです……生きててよかったあ……」

ほうっとため息とつくと、ヴォルデモートさんが預言者新聞を見ながらちらりと目を寄越し、目を細めた。

「……大袈裟すぎる」
「大袈裟じゃないですよ。だって、あと少しでもヴォルデモートさんの帰りが遅かったら、私、凍死してたかもです」
「……」

って、無視ですか。
まあいつものことだし、いいですけれど。

ホットチョコレートで心身をあたためながら、窓の外を見やる。
雪は未だに降り続けているようで、吹雪にはなっていないものの、止む気配は無い。
明日には積もっているかもしれない。少し、楽しみだ。
そういえば、

「ヴォルデモートさん」
「……」
「もうすぐクリスマスですけど」
「……」
「予定とか、」


そこまで言ったところで、微動だにしなかった彼がようやくこちらに視線を投げた。


「聞いてどうする」
「どうするって……い、一応、聞いてみただけ、です……」

今年のクリスマスは、どうやらこっちで迎える事になりそうだ。
元の世界だったら友達と遊んだり、家族で過ごしたりしてそれなりに満喫しているけれど、どうしよう。
もし、ヴォルデモートさんが予定がおありなら、私はもしかしてぼっちで過ごす事になるんでしょうか。
や、ここ最近は『ヴォルデモートさんと愉快な仲間達』の一員にナギニちゃんも加わったんだった。
ナギニちゃんはずっとこのお屋敷に住み着いているみたいですし、あれ、という事はまさか、ナギニちゃんと二人きりのクリスマス?いろんな意味で遠慮したい。


「……さてな。クリスマスごときで浮かれている連中の狩りでもするか」

悶々と考える私を尻目に、わざと愉快そうにヴォルデモートさんは言った。

「えー……何も、年末、ましてやクリスマスの日まで、そんな事しなくっても……」

口を尖らせて言う私の言葉をヴォルデモートさんは華麗にスルーし、魔法で本棚から本を一冊抜き取り、優雅に足を組みかえてそれを読み始める。
……認めるのが悔しいけれど、すごく、綺麗だ。まるで絵画のよう。彼とその周りだけ切り取って、額縁にそのまま収めてしまいたい、とか危ないこと思ってしまうくらい。
薄暗い部屋の中、暖炉で燃え盛っている夕焼け色が、仄かに彼の端整な顔を照らし出し、更に美しく魅せている。
はたして神様は、一体何を思ってこの人に二物も三物もお与えになったのか。

「……ずるい」

ついつい眉間に皺を寄せてそう呟いた私をヴォルデモートさんは一瞥し、何も答えずに本に目を戻した。

さて、それはともかくクリスマスだ。
一人ぼっちで祝う事になるとしても、せめてご馳走は食べたい。
ていうか、日本じゃあまり気にしないでワイワイ騒ぐ人が多いけれど、イエス・キリストの誕生日なんだっけ。
今まであんまり気にした事無かったなあ。日本人だし。
それに日本のクリスマスといえば、恋人と過ごすのが主流になってるし。リア充爆発しろ。

確か英国のクリスマスは、家族で過ごすものなんじゃなかったっけ。
こっちの世界では私の家族が居ない訳だけれど、もしかしてちょっと……や、かなり寂しいんじゃないのこれ。

家族。
そういえばヴォルデモートさんも家族、居ないんだ。
じゃあずうっと、一人きりで過ごしていたのかな。

ふと、想像してみる。
クリスマス、こんこんと降り積もっている雪景色が窓の外に見える中、暖炉の前で一人本を読んでいるヴォルデモートさんの姿を。

うわ、想像しやすっ!ってあれ?何だかこれいつもの事じゃないですか?気のせい?

そしてまた想像する。
冷え切った部屋の中、一人でクリスマスケーキを食べる私の姿。

……これもまた想像しやすいのが嫌なところ。寂しすぎる。あれ、でもこれいつもの光景じゃ……や、考えるのはやめにしよう。

もう一度想像。

はらはらと雪が落ちるホワイトクリスマス。揺らめくクリスマスキャロル。テーブルに並ぶご馳走。に、目を輝かせる私。呆れるヴォルデモートさん。食事を終えた後の紅茶。彼が杖を一振りすれば大きなケーキが姿を現す。目を輝かせる私、呆れ返るヴォルデモートさん。

いいかもしれない。
なんていうか、すっごく理想のクリスマスだ。
あ、ちゃんとナギニちゃんも呼ばなきゃね。ナギニちゃんて何食べるんだろう。まあその辺はヴォルデモートさんが一番知ってるよね。

二人と一匹のクリスマス。
パーティーをするには少々人数不足かもしれないけれど、メンツの濃さは十分だ。いける。これぞまさしく少数精鋭だ。もう何だって出来る。

こうなったら、顔も知らない誰かさんの誕生日を、祝いつくしてしまおうじゃないですか。


「ヴォルデモートさんっ!」
「……何だ」


鬱陶しげな視線が投げかけられる。
でもそんなことどうだっていい。いつもの事だし。

自信満々に口を開く。


「クリスマスは、私と一緒に祝いましょう!」


だから、他に予定とか入れちゃ駄目ですよ。
満面の笑みでそう告げた。


 


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