「それでですね、ごろごろしてたらベラトリックスさんがケー
キを持ってきて下さって、一緒にお茶をして、」
「……fist name」

にやにや頬を緩ませながら喋りまくっていると、うんざりした顔のヴォルデモートさんが言葉を遮った。


「もうその話は止せ。何度同じ事を聞かせれば気が済むんだ、お前は」
「えへ! だって嬉しくて……」


まあ、そう言われるのも無理もない。
ヴォルデモートさんのお部屋に遊びに来てから、ずっとこの話をしているのだから。一方的に。
いい加減鬱陶しいのでしょう。ええ、もちろん確信犯です。


「ほら、根暗でぼっちなヴォルデモートさんにも幸せ気分をお裾分けして差し上げようかなって。つまり、優しい私のささやかな気遣いなのですこれは!」
「気遣いなどとのたまう前に、口は災いの元だという事を理解したらどうだ?」


お前には学習能力がないのか、なんて言いながら杖を指先で弄ぶヴォルデモートさん。
そんな脅しには負けな……いや、やっぱり怖いです。そろそろお口にチャックの時間のようです。

これ以上お喋りを続けて彼を本気で怒らせてしまうのはさすがに頭の良い行為とは言えない、ので、大人しく口を閉じて本の続きを読む事にする。
ヴォルデモートさんの本棚から拝借した本なので、かなり難しいし字は小さいしでまったく読む気になれないけれど、仕方ない。我慢だ。


ああそれにしても、この間のベラトリックスさん可愛かったなー。ほんと可愛かった。そしてクッキーもおいしかった。

そうだ、今度ルシウスさんも誘って三人でお茶会しよう。久しぶりに。

でも一体いつにしようかな。
お二人共、いつもお屋敷にいらっしゃる訳ではないし。
ずっと前に一度だけ、運良く三人でお茶会をした事があったけれど、今思えばあれはかなり奇跡だったかもしれない。

三人で、という条件下では少し難しい。
日程を決めて次お会いした時に……や、でもいつ来るか分からない……。


「ヴォルデモートさん、ベラトリックスさんとルシウスさんって、次はいつここにいらっしゃいますか?」


ぴたり。
羊皮紙にかりかりと何かを書き連ねていたヴォルデモートさんの手が止まる。


「……さあな」


少しの沈黙の後素っ気なく答えると、彼は止めていた手を動かした。
なぜか先程よりも荒っぽい動作で、がりがりがりがりと、羊皮紙が悲鳴をあげ始めた。かわいそうに。そう思いながら文章を目で追っていると、


がりっ、……。


音が途絶える。
不思議に思い、本から顔を上げてヴォルデモートさんのほうを見ると、


「……なにやってるんですか」
「……うるさい、黙れ」


彼の手には、不自然に折れ曲がった羽根ペンが握られていた。
……どれだけ強く握り締めて書いてらっしゃったのか。
こちらでは字を書く機会がそもそも無いので私は使った事が無いけれど、羽根ペンなんてふわふわ優しげな名前がついているのだから、もうちょっとデリケートに扱ってあげて下さい。

ヴォルデモートさんは使い物にならなくなった……否、正しくは使い物にならなくした羽根ペンを、エバネスコで綺麗さっぱりグッバイすると、机の引き出しから新しい羽根ペンを取り出した。


「今度は優しくしてあげて下さいね」
「……誰のせいだ」
「え、私のせいにしないで下さいよ」


確かにうるさくはしていたけれどでも、それとこれと何の関係があるっていうの。
そう目で訴えてみるけれど、もう既にこっちを見ていないのであんまり意味がなかった。

そうして、しかめ面をしているヴォルデモートさんが、また、かりかりしだす。
こんなに一生懸命に、いったい何を書いているんだろう。

誰かへの、手紙とか。
あ、でもヴォルデモートさんお手紙出すお友達とか居なさそう。
だから多分、マグル撲滅計画とかなのでしょう。よく飽きないよね、本当に。


「ふー……、」


彼が誰かをころそうと思案しているすぐそばで、私は本を開く。
おそらくつかの間の平穏を、無意識にまた精一杯に享受している。
彼と過ごす時間は、甘くたおやかで罪深い。
背中のほうからじわりじわりと這い上がってくる、罪悪感背徳感をやり過ごす為に、ひたすら文章を目で追いページを捲った。
ほとんど流し読みなので、内容がしっかり頭に入ってくる訳も無く、私は今度のお茶会に使うテーブルクロスの柄のことばかり考えていた。

やっぱり、まっさらな白にしようかな。









テーブルいっぱいにお菓子を広げる。
「お前が居ると集中出来ない」とヴォルデモートさんに部屋から追い出された為、一人きりで三時のおやつタイムである。
魔法界ではお馴染みのお菓子、百味ビーンズを頬張り、紅茶で流し込む。


さて、ベラトリックスさんとルシウスさん……ああもう面倒くさいや、ベラさんって呼んじゃおう。
もし怒られたら直すことにしよう。まったく外国人ってどうしてあんなにお名前が長いんでしょうか。長けりゃいいってもんじゃないんだからね。別に羨ましくなんかないんだから。
や、まあ、そんな事はどうでもいいとして。


お二人をどうやってお茶会に誘おう。

ベラさんは、他の死喰い人さんより比較的ここに来る頻度が高いような気がする。
彼女はヴォルデモートさん信者ですしね。あと私に会いに来てくれたりとか。会いに来てくれたりとか!大事な事なので二回言いました。後悔も反省もしていない。


まあベラさんはともかく。


ルシウスさんは闇陣営でもわりと偉い立場に居ると思うから、ベラさんと同じで他の死喰い人さんより訪れる頻度は高い……と思うのだけれど。
なぜだか、最近めっきり姿を見ない。
多分、私がお昼寝とかしてたり、時間帯の問題ですれ違ってたりするのだと思う。運が無いなあ。

どうしよう。
ああ、元の世界だったら、携帯でメールを送るだけですぐ済むのに。なんて面倒。不便さにいっそ感動すら覚えそうです。魔法だけじゃどうにもならない事もあるものです。


「携帯……メール……あ、」


先程のヴォルデモートさんの姿がぱっと脳裏をよぎった。


ふくろう便!

あれを使えばいいんだよ。
我ながらなんてグッドなアイディア。
よし、そうと決まったら早速書こう。思い立ったが吉日って言いますし。

こっちに来た時通学鞄も一緒だったからペンケースを……いやいやふくろう便で送るのだし、せっかくだから羽根ペンと羊皮紙を使ってみたいな。魔法界の人にお手紙出すなんてこれが最後かもしれないし。


「……ヴォルデモートさんに借りに行こう」










「ヴォルデモートさんこんにちは新聞の押し売りです!」


ノックをしても、扉の前で声を張り上げてみても、返事が返ってこない。

うーん。
第一のパターン。寝てる。

や、まだそんな時間じゃないし。

第二のパターン。お出かけ中。
……その場合、十中八九マグル狩りだろうなあ。

というかあの人の外出時の用事って最早それくらいしかないんじゃないの。趣味はマグル狩り、お仕事もマグル狩り、日課はマグル狩り。なんかこう、そこらのニートとかより酷いものを感じます。


「もう、勝手に入っちゃいますよ?」


実は奥の部屋で寝てるだけかもしれないし。
ちょっと羽根ペンと羊皮紙を借りるだけ。
何も悪いことしないよ!

心の中で弁解しながら静かにお邪魔する。
やっぱりちょっと悪いことをしている気分だ。
ひっそりこっそり、机に歩み寄る。


「えーと、この引き出しから取り出してたよね……あれ、」


取っ手に手をかけてぐいっと引こうとするけれど、開かない。
どうやら鍵がかかっているらしい。

仕方ない。
ポケットに入れっぱなしの杖を取り出し、アロホモラ、と呟くように唱えた。
もう一度引くと、今度はスムーズに引き出しが手前に飛び出してきた。アロホモラさまさまです。


「あった羽根ペン!」


何本か束になって置いてあるうちの一本を拝借させて頂く。
けれど、羊皮紙を見つけなければどうにもならない。
もしかしたら引き出しの奥のほうにあるかな。
もう一度取っ手に手をかけて、ぐっと引っ張ってみる。

すると思った通りに、少し黄ばんだ色の羊皮紙が何枚か出てきた。
それを二枚だけ手に取り、引き出しを仕舞おうとした時。
引き出しの中の、何枚か重ねられた羊皮紙の間におかしな隙間が見えた。

つい気になって、羊皮紙避けて隙間に手を伸ばす。
すると指先に触れる、なにやらかたい感触。
思いきってそれを引っ張り出して見る。


「写真立て……?」


どこにでもあるような、何の変哲もないそれ。
中に入っている写真は、どうやら古い物らしく全体的に黄ばんでいて、真ん中には幼い子供。
どこかふて腐れた様子の、けれど綺麗な顔立ちをした黒髪の少年。
その少年とは対象的に、少年と手を繋いで笑顔を浮かべる少女。


「……あれ、私」


この二人を知っているような、気がする。
……いや、そんな筈は無い。
魔法界に子供の知り合いなんて、居ないし。

でも。


「……どうして、」


まったく知らない筈だというのに、なぜか懐かしさや既視感を感じるのは、なぜだろう。

それに、泣きたくなる程の悲しさすら覚えるのは、いったい。

そこまで思考を巡らせると、頭に鋭い痛みが走った。


「いっ……!」


思わず呻き声を上げ、頭を抑える。
ずきずきと、割れるような痛みが容赦なく襲ってくる。

顔をしかめながらも、食い入るようにして写真を見つめる。
質素な服を着た二人の子供の後ろには、イギリスの町並みが広がっている。
黒髪の少年と、笑顔の少女。


なにか、引っかかる。


大体、どうしてヴォルデモートさんがこんな写真を持っているの?


「fist name?」


「っ……!」


心臓が飛び跳ねた。
音がした扉のほうに目をやると、いつの間にか部屋の主がこちらを見据えていた。


「あ、ヴォルデモートさ……」


慌てて写真立てを羊皮紙の中に無造作に突っ込んで、引き出しを元に戻す。
ずきずきずきずきと、その間も頭痛は収まらない。
それどころか、ますます痛みが増していくような気さえする。
あまりの痛みに、うっすら涙すら滲んできた。


「何をしていた?」
「えっと、その、羽根ペンと、羊皮紙を、かりよ……と、おも、っ!」


ふっと手足の力が抜けたと思うと、次の瞬間身体が床に崩れ落ちる。
それでもなんとか受身を取り、起き上がろうとすると、ぐにゃりと視界が歪んだ。


「fist name!」


駆け寄るヴォルデモートさんにぐったり体重を預ける。
身体に力が入らない。
頭痛も、もう、げん、かい、



fist name。

fist name。


ヴォルデモートさんが私の名前を呼ぶ声を、遠のいていく意識の中でぼんやりと聞いていた。

ゆっくりフェードアウトしていく頭の中では、一枚の写真がぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる






あの子供は、いったいだあれ。

  


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