お部屋でごろごろしうとうとしていると、お姉様が訪ねてきて下さった。
いわく、ヴォルデモートさんの姿が見当たらないから、私の所に来たんだとか。
けれどなぜか、お姉様の手には甘い香りが溢れ出るお菓子の箱が提げられていて、彼女は赤い顔でそれを私に差し出した。
つまりこれは、お茶会の合図だという訳で、




 
「来てくださって助かりました」

にっこり笑ってそう言うと、お姉様は少し微妙な顔をして、でも頬がほんのり赤くなった。
それを見た私がまた口元を緩ませると、恥ずかしそうに眉を顰めそっぽを向いてしまう。
私よりうんと年上なのに、こういうちょっとした仕草がとっても愛らしい、お姉様。
旦那様のロドルファス・レストレンジさんが少し羨ましくなるくらい。


それに、今日はお菓子もくださったし。

紅茶で喉を潤してから、お姉様から頂いたクッキーをぽりぽり齧る。
やさしいきつね色をした、レモンクッキー。
甘さと酸味がお上品にブレンドされて、とっても美味です。さすが純血の名家。選ぶお菓子ですら、格が違った。
こちらの世界に来てから、私はすっかり舌が肥えたのではないかと思う。


「もう、暇で退屈で死んじゃいそうだったんです。ヴォルデモートさんもお出かけ中ですし」


どうせ、今日も元気にマグル狩りでもしているのでしょう。


「……というか。ヴォルデモートさんにご用事でいらしたんですよね? どうして、お菓子なんて……」


レモンクッキーをじっと見つめながら問いかける。

……もしかして、私の為に、わざわざ、とか……や、まさかね、そんな事。
どんだけポジティブ思考なの。


「……アタシだって、不思議だよ。穢れた血なんか、大嫌いなのに」


苦虫を噛み潰したような顔をして、お姉様が呟いた。
その言葉に、少し胸が痛くなる。

穢れた血。
ヴォルデモートさんや、お姉様、死喰い人さん達が忌み嫌い、また、憎んでやまないもの。
普段は普通に接してもらっても、私は紛れも無く彼等の嫌いなそれで、事実は変えようがない。
仕方のない事じゃないか、と思う。
生まれる場所は、決められないのだから。
けれど、こんな事を言ったところで、考えが変わる訳でも無い。
私が純血主義に賛同出来ないのと同じで、純潔主義の方……お姉様が、私の考えを理解してくれる筈もない。

なんとも言えない気持ちで、ティーカップの紅茶を見つめる。
楽しいお茶会も、そろそろ終わりなのかもしれない。
あーあ、どうしてこうなった。

だんだんと、冷えた気持ちになっていく。
白い湯気を立ち上らせている紅茶が、少し羨ましい。


「だけど、……」


そう仰りかけたところで、お姉様は、戸惑ったように口を閉じた。
紅茶を口にし、ふっと一つ息を吐いてから、もう一度、口を開く。

何を言われてしまうのでしょうか。
悪い事しか想像出来ない。
お姉様が次に仰る言葉が、もしも冷たいものだったら、もう二度とお茶会は開かれないかもしれない。

ぎゅっと唇を噛み、心構えをしようとした時、


「アンタとこうしてお茶を飲むのは……時々、なら……悪くないと思えるんだ、name」


その言葉に、弾かれたように顔を上げる。
お姉様は、じっとこちらを見つめていた。
真っ直ぐな、とても綺麗な瞳で。
驚いた顔をした私が、その中に映っていた。


「……ベラトリックス、さん」


私、は。
つい、最近まで、マグルだったし、今は、魔法が使えるとはいえ、所詮『穢れた血』だ。
だから、お姉様も、嫌々付き合ってくれている。
私が一方的に慕っているだけで、お姉様と私は決して、本当の意味で親しくはなれない。むしろ、そんな事を願う事すら、馬鹿馬鹿しい。

そう思って、いたけれど。


「……っう、」


顔が熱くなって、目が段々と潤んでくるのが分かった。
ゆっくりと、視界が滲んでいく。
突然、泣き出した私に驚いたベラトリックスさんの顔がぼやける。


「な、ちょっと、何泣いてるんだい!」
「っわ、分から、ないですっ、……だ、って、」


ベラトリックスさんが、そんな事を仰るから……!


手の甲で拭っても拭っても、涙を零す私に、ベラトリックスさんは焦ったように席を立ち、私のすぐ傍に来て片膝をついた。
そのまま、ローブのポケットからレースのハンカチを取り出し、私の目元にぎゅっと押し付けた。


「まったく、アンタを見ているとアタシの妹を思い出すよ」


ため息をつきながら、どことなく懐かしそうな顔をして彼女が言う。


「い、いもうと、さん、ですか……?」


確か、ベラトリックスさんの妹さんは……ナルシッサさんだったっけ。
ルシウスさんと結婚して、ドラコを生んだ方。


「泣き虫で、頑固で、手のかかる子だったよ。アンタと同じ位の歳になっても、あの子は悲しい事があるとすぐ鬱陶しくわんわん泣いて……今のアンタみたいにね……」


そう仰るベラトリックスさんの瞳が、懐かしさに染まっていく。
多分、過去を思い出しているのでしょう。
口ぶりこそ冷たいものの、その声色には、溢れんばかりの愛情が込められている。
原作には、あまり二人の仲に踏み入ったエピソードなどはなかったけれど、とっても仲の良い姉妹だったのでしょう。
お二人の学生時代、おそろいのネクタイを締めた姉妹の姿がぼんやりと浮かぶ。


「だからかねえ……どうしてだか、アンタを放っておけなくて……」


と、そこまで口にした途端、ぱっとシャボン玉がはじけるように、ベラトリックスさんが顔を赤くして、私から距離をとる。


「だ、だからってね、あんまりしょっちゅう話しかけられても困るんだよ! アタシにも立場ってものがあるんだから! わ、わかったかい?」
「え、あ、はい……」
「今日はもう帰るよ! アンタと違ってアタシは忙しいんだから!」


そう言うなり、ベラトリックスさんはハンカチをポケットに仕舞い、すっと立ち上がり、早足で扉の方へ向かっていく。
な、何か言わなきゃ。


「あっ、あの、ベラトリックスさんっ」
「……何だい」


扉を少し開けたまま、多分恥ずかしさを誤魔化す為に、顔を顰めながら、こちらを振り返る。


「私達、もうお友達ですよね!」


笑顔で声を張り上げると、そう思いたいのなら、勝手に思いな、と、真っ赤な顔をしてベラトリックスさんはお帰りになられた。
どうやら、照れ隠しが下手らしい。


人と心を通わせる事は、こんなにも、晴れやかな気持ちにさせるのだ。
辺りに漂う、クッキーのレモンの甘酸っぱい香りが、私の心情を表しているかのよう。
クッキーを一枚手にとり齧ると、先程よりもうんと美味しく感じられた。


「ベラトリックスさん……」


彼女が今日、一生懸命に私に伝えてくれた言葉を、私はきっと、ずっと覚えている。




   


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