カーテンの隙間から、やわらかな光がひとすじ伸びている。
今日も変わらず、爽やかな朝。ああ、平和だなー。すこぶる平和。マジ平和。ずっと続け。


「……ふあ、」


寝ぼけまなこであくびを一つ。
目を覚ましたものの、まだベッドから出たくない。
もぞもぞ、日の光が届かないようにシーツにくるまった。

心地よすぎる。
よし決めた、もう一眠りしちゃおう。
こんなに気持ちいいまどろみから目を覚ますほうが、きっと、ばちが当たるに違いない。
決め付けて、瞼を閉じた。


そうして今まさに惰眠をむさぼろうとした、まさにその時。
コンコン、と扉がノックされる音で、反射的にぱちりと目を開けた。
それと同時に顔をしかめる。
私の気持ちのいい眠りを邪魔するのは誰ですか!成敗してくれる!


仕方なくベッドから下り、側にある小さなチェストの上に置いてあったマイ杖を掴み、構える。

そろそろと扉へ近づいていく。
さあ覚悟しなさい、このnameちゃんが成敗、


「っ!」


扉の前に立った瞬間、ばんっと勢いよく扉が開く。
絶賛寝て起きたばかりの私が避けれるはずもなく、すがすがしいまでに顔面に直撃した。


「い、いったああ……!」


一瞬遅れてから、情けない呻き声を出しつつ鼻を手で抑え、その場に蹲る。
顔を上に向けると、犯人はヤス……な訳もなく、やはりヴォルデモートさんだった。
というか、私の部屋を訪ねてくる方なんてお姉様くらいしか居ませんけれどね。それもごく稀ですし。


「起きていたのなら、さっさと開けろ」


ああ聞きまして、皆さん。
朝一番に乙女の顔面に扉とか激突させときながら、この口ぶりである!
ハゲてしまえ。


「とりあえず謝罪の言葉をプリーズミー、なんです……」
「お前がもたもたしているからだ。これを機に頭の出来が少しは良くなるだろう」
「打ったのは頭でなく鼻です!」
「安心しろ。そう変わらん」


ああ、今私、うっかり人を殴っちゃう人の気持ちが分かってしまいそうです。
つーかクルーシオかけたい。苦しみもがいてのた打ち回るがいいです、この野郎。


「それで? 私の眠りを妨害したり尊厳に傷をつけてまで私のお部屋に来たのには、さぞかしご立派な理由がおありなのでしょうね」


寝起き特有の少し掠れた声で、せいいっぱい刺々しい声を作って言った。
それと腕組みをして仁王立ちもプラスしてみる……が、あまり迫力とかは出ていないようだった。
身長的な問題か。そうなのか。
うらめしそうにヴォルデモートさんを見上げる。


「ああ、勿論だとも。入るぞ」
「ちょ、」


待って下さいと言う前に、私の横をすり抜けて勝手に部屋の中に入っていく。
別にお部屋に入られたくない訳じゃないですよ、やましいものとか別に隠してないしね。隠してないしね。とても重要なことなので二回。

ていうか私は今、寝巻きとして愛用しているネグリジェのままなのですが。

私も一応、花も恥らうお年頃な女の子なので、出来れば着替えるのを待っていてほしかった……と思うけれど、もし言ってもヴォルデモートさんは何も気にしないのだと思う。やっぱりあれだ、ハゲろ。


……そういえば、今思い出したけれど、先日もそうだった。
ヴォルデモートさんが、なぜかプレゼントを大量にくれたあの日。
私が眠ってるのに勝手にお部屋に入るわ起こし方は乱暴だわ、今だって!


「ちょっとヴォルデモートさん! ……って、いったい何して……」


一言物申そうと、くるりと振り返ったけれど、思わず言葉につまった。
私が色々考えている間に、ヴォルデモートさんはクローゼットの扉をこれまた勝手に開けて、なにやらがさごそしていた。
どうやら服をお探しのようで。

……え、いや、なんで?


「あのー、ヴォルデモートさーん……」
「何だ」


何だ、じゃないよ。


「や、だから、いったい、何をしていらっしゃるのかなと……」
「……」


私の問いには答えず、ひたすら服を取り出したり締まったり、クローゼットの中をとにかく引っ掻き回している。
そしてそのほとんどが、この間頂いた物。

ちなみに。
頑張ってあれこれ試行錯誤しつつ詰め込んだものの、なんと信じられないことに入りきらなくて、クローゼットの前にはいくつか箱がそのままにして置いてあったりする。
よくある収納術とか、残念ながらただの女子高生が知っている訳がない。
でもちょこっとかじっておけばよかったと思う。

って、いやそうじゃなくってですね。


「あの……」
「……」
「ヴォルデモートさん……」
「……」


本当に、いったい何をなさってらっしゃるんですか。

……無いとは思うけれど、やっぱ返せとかそういうアレ?
や、もしかして、やっぱり俺様が着る!とか……うわ……想像してはいけないものを想像してしまった。
朝食を食べないうちから吐きそう。

眉間に皺を寄せていけない想像を断ち切ろうとしていると、ずいっとハンガーにかかった一着のワンピースを差し出される。
え、どうすればいいの。


「持っていろ」


はあ、と仕方なくそれを受け取る。
すると今度は靴を選んでいた。


あれ、まさかこの人。
や……考えすぎですよね、そうですよね。

なんだか先程から、いやな想像ばかりしているような。
目覚めがわりと最悪だったからかな。やっぱりヴォルデモートさんはハゲになるべきだわ。確信。

そしてまた、ヴォルデモートさんが選んだ靴を差し出される。


「今日はこれを着ろ」


先日と、まったく同じセリフ。


「え、っと……」


やっぱり理解できない。
えっとつまり?
冷静に、状況を考えてみよう。


つまり、ヴォルデモートさんは、私の着る服を、これまた勝手に決めたいと。


……どうしてそんな事をするのか、その意図が読めない為、余計に訳が分からない。


私が差し出された靴をじっと見たまま、ぐるぐる思考を巡らせていると、ヴォルデモートさんはいささか苛立った様子で、「早く受け取れ」と睨んできた。


「あ、え、あ……」


押し付けられるままに、やっぱり、結局、受け取ってしまう。
戸惑う私を尻目に、クローゼットの両扉をぱたんと閉めてから、ヴォルデモートさんは背を向けて歩き出す。
何もかもこの間とデジャブです。どうすればいいの。


「しばらくの間留守にする。分かっているだろうが、私が帰ってくるまで外出はするな」
「おっしゃられなくても。行ってらっしゃいませー、精々お気をつけて」

ひらひら、笑顔で手を振る。

「……」


扉を閉める際、じろりと睨まれた。
靴音がだんだんと小さくなってゆくのを確認して、一つため息をこぼす。

あー、こわいこわい。

闇の帝王に冗談を言うのはわりと命がけです。
一応まだ、バリバリ生きてるけど。
向こうに帰るまでは、もちろん死ぬつもりもないし。
まったく、冗談通じない人ってやーね。ヴォルデモートさんみたいなね。







素直にヴォルデモートさんが選んだ服を着て、お屋敷の中を散歩中。
今日渡された服は、深い藍色のワンピース。
シンプルなデザインなものの、所々に小さいリボンやレースがついていて、とっても可愛い。

でもってこれ、着心地もいい。
さすがヴォルデモートさん、半端ない!お値段だけは聞きたくない!


靴もこれまた乙女全開なもので、足首にはリボンが巻かれていたりする。
かわいいちょうかわいい。

でももう一度言わせて頂きます。
お値段だけは聞きたくない。


膝丈のスカートが歩くのにあわせてふわりと揺れるのを見ているうち、そろそろ本格的にお嬢様気分だ。
や、ていうかほとんど、そんな感じの生活してるのですけれど。
何もしないでおいしくて豪華なご飯、ほぼ毎日のおやつ、見知った死喰い人さんが来た時はお茶会をして、夜には天蓋ベッドで眠る。
これを贅沢といわずして、何を言うのでしょう。


「向こうの世界に戻った時が、ちょっと心配……」


まあ、何とかなるよね。
というか本当に、私、いつ帰れるのだろう。

ここの生活好きだし、ヴォルデモートさんはある意味面白いけれど、…………でも。

今まで積み上げてきたすべてを捨てるわけには、いかないもの。


「……あれ」

ちょっとした郷愁に浸っていると、廊下の先に見覚えのある後姿が見えた。
きらきらと煌くプラチナブロンドを、ゆるめに結んで背中に垂らし、歩き方にすら品を感じてしまう、あの長身の人は、


「ルシウスさん!」


私の声に反応して振り返った人……ルシウスさんは、やっぱり、あからさまに顔を顰めていた。
けれど彼は、何も見なかったかのようにまた歩を進めた。早歩きもいいとこ、なスピード。
絶対に私に気づいているくせに。
……や、気づいているから、ですか。
むっと顔をしかめてみるも、その間にもルシウスさんの姿は階下へ消えていってしまった。


「……」


長い廊下。
私と、ルシウスさんとの距離は遠い。
今から走ったにしても、お屋敷はまるで迷路のようだし、追いつくのは無理。


「ふふふ、ようやくアレを使う時が来たようですね……」


誰も居ない廊下で一人得意げになりつつ、ポケットに手を伸ばし杖を取り出す。
何度やっても出来なくって出来なくって、ヴォルデモートさんに死ぬほど練習させられた、姿現しの魔法。
それでは、深呼吸と心の準備をして。
3、2、1、






胃の中が気持ち悪くなって、視界がぐるんぐるん反転して、ぱっと気がつくと、目の前はルシウスさんが居た。


「なっ……! 姿現しだと……」


ルシウスさんが、信じられないといった顔をなさっている。
未だこみ上げる吐き気を我慢しつつ、にっこり笑ってみせる。


「私には、優秀な家庭教師がいるものでして」


家庭教師、という単語にいぶかしげな顔をしていた彼だけれど、気づいたらしく、はっとした顔をする。


「まさか、我が君……」
「そのまさかです。やーもう、ヴォルデモートさんって先生の素質ありますよね」


教え方、とっても上手だし。
失敗したら容赦なく怒号が飛んできたりするところは、まあ割愛。


「ちょうど暇だったんです。お茶でも飲んで、お話しましょう!」
「要りません。私は急いでおりますので、」
「うう、お久しぶりなのに冷たいひどいそっけな−い!」


両手で顔を覆って、わざとらしく泣き真似など。
この辺で、ルシウスさんの盛大なため息が聞こえてくるはず……なのだけれど。
おかしいな、と思い、指をずらしてちらりとルシウスさんの顔を覗いてみる。


「……」


顔をしかめているのは、いつもと変わらない。
変わらない……のだけれど。
どうしてか、少し違和感を感じるような。


「私は、用がありますので」


失礼します、と。
私の横を通って、ルシウスさんはエントランスホールのほうへ歩いていく。
大理石を踏む靴の音が、やけに無機質に聞こえる。


「機嫌、悪かったのかな……」


ああきっとそうだ。
そうに違いない。
それなら、また今度お会いした時に誘えばいい、よね。

そう、それだけの事なのに。
なんだか妙に静かな胸騒ぎがするような、心の中がそわそわとした微妙な気持ち。


「……お部屋に戻って、カエルチョコでも食べましょう、そうしましょう!」


無理矢理明るい声を出して、くるりと引き返す。
そういえば、最近のおやつはカエルチョコとか、百味ビーンズとかばっかりだ。
美味しいのは美味しいのだけれど、そろそろ飽きてきた。


いつから、だっけ。


……や、それよりも。


ルシウスさんと一緒にお茶を飲んだの、いつが最後だったろう。
そういえば、ここの所、ちっとも会わなかった。
彼がお茶とお菓子を運んできてくれていたあの頃が、なぜか、ひどく懐かしく感じられる。


次にお会いした時は、以前のように、一緒にお茶が飲めるといいな。





  


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