どすん。
突然お腹辺りに衝撃を感じて、安らかな眠りから起こされた。
「起きろ。いつまで寝ている」
「……っ!?」
慌てて身体を起こすと、なぜかベッドサイドにはヴォルデモートさん。
続いて、未だ重さを感じるお腹辺りに目を向けると、そこには丁寧に包装された大小様々な箱の数々。
私のお腹の上に山のように乗っているそれらは、ベッドの四方にも散らばっている。
「な、な、に……?」
まったくもって、状況が飲み込めない。
まだ夢の中なのかと、寝起きでぼんやりとする視界をクリアにするため、ごしごし瞼をこすってみるけれど、夢から覚める気配はなかった。
どうやら夢ではないらしい。
「……あの、なんでここに」
「私の選んだ物以外は身につけるな。クローゼットの中も整理しておけ」
「え、ちょ、なん……」
眉一つ動かさずに、平然と発された言葉。
ていうか、ますます訳が分からない。
寝起きで、ただでさえ、頭が回らないのに。
目を丸くしながらヴォルデモートさんを見上げると、彼は山積みになった箱の一つを手にとって、巻かれていたサテンの赤いリボンをシュルシュルとほどいていった。
その動作を、綺麗だなあとか顔が良いと何気ない動きも良く見えるなあとか、とりとめのない事をこれまたぼうっと考えていると、箱から取り出された黒いワンピースをすっと身体に合わせられる。
「……まあまあだな。悪くは無い」
勝手にやっといて失礼である。
「ていうか、これ、だれが着るんですかまさかヴォルデモートさんですか女装の趣味があったなんて知らぶふぁっ!」
「死ね」
ばさっと、ワンピースを顔面に投げつけられた。
顔をしかめて起こっている様子を見ると、どうやら女装はしないらしい。
残念ちょっと見たかった。や、見たら殺されるだろうけれど。
あれでもちょっと待てよじゃあこれって、
「も、もしかして私にくれるとか、……」
戸惑いがちにおずおずと問いかければ、気づくのが遅いと言わんばかりに睨まれる。
「あ、ありがとう御座います……でも、こんなに買って頂かなくても、今持ってるもので十分たりてますよ?」
嬉しいけれど、ちょっと困る。
そこらじゅうに散乱する箱と手中のワンピースを交互に見つつ、きっと今私、なんとも言えない、といった表情をしていると思う。
戸惑いがちな私の声を聞いたヴォルデモートさんは、とても苛々した手つきでベッドの上にある箱の包装を荒々しく解き、取り出した黒いエナメルのパンプスを私に押しつけた。
「今日はこれを着ろ。いいな」
「え? あ、……」
それだけ言うと、私の返事を待たずに、さっさと行ってしまうヴォルデモートさん。
いつもと変わらないその後ろ姿には、異論は認めない、といったオーラが漂っていて声をかけることすら出来ず、私は渡されたワンピースと靴を、溜め息をついて眺める他なかった。
「あ、」
とりあえず着替えをすませ扉を開けると、すぐ横にヴォルデモートさん。腕組みをしながら壁にもたれかかり、出てきた私を凝視している。
もしかして今までずっと待っていたんですか。
ともかく、先程は寝ぼけていてろくに挨拶も出来なかったので。
「おはよう御座います」
と、ついついかるく会釈をしてご挨拶。
遠く離れた場所に居ても、日本のマナーは身体に染みついて離れないようで、ちょっと嬉しい。
我ながら爽やかな朝の挨拶。
ところがヴォルデモートさんは先程から、黙って私のほうを凝視している……というか睨んでいる。
あ、もしかして。
「その、あんまり綺麗なお洋服だったので、何て言うか気後れしちゃって、だから、その」
いつも通りにしちゃいました。
私が今着ているのは、先程渡されたワンピース……ではなく、元の世界で通っていた学校の制服。
ほぼ毎日着ていたものだから気分的に落ちつくし、着なれてるし、それになんだか愛着がある。
ので、こっちに来てからも度々着ていた。
ヴォルデモートさんとか死喰い人さん達から見たら、変な格好だと思われるかもしれないけれど、私は私だし、あんまり人に会わないしで気にしていなかったりする。
でも。
「私はあれを着ろと言った筈だが。それともお前の脳では言葉が理解出来なかったか?」
どうやらヴォルデモートさんはお気に召さなかったようで。
なんだかとっても怒ってるっぽいです。
ああ、やっちゃったなー……。
「えっと、じゃあ明日着ようかな?明日!うん!わーい楽しみー…………」
ヴォルデモートさんの目が見れなくって、視線をあちこち泳がせながらなんとか取り繕うとする私は、きっと彼の目にはさぞかし滑稽に映っていることでしょう。
「ほう、明日か。それまでにお前が生きていればの話だな」
うわわわわ。
本気でやばいよ明日とか言ってる場合じゃないよ。
「あっやっぱり今着たくなってきちゃった!やっぱりあの、明日なんて遅すぎますよね思い立ったらすぐ行動しないといけませんよねほんとにもう私ったら!」
「ああ、そうだな」
「えええっとそれじゃあき、着替えてきますんで、失礼させて頂きます」
そそくさと逃げるように、制服の裾を翻してUターン。
お部屋の中に避難して、ひとまずほっと安堵の息を吐く。
今朝のヴォルデモートさんは、機嫌がいいのか悪いのか分からない。
や、悪い……の、かな。それにしても怖かった。
どうしてあんなに怒っていたのかが、私には、分からないなあ。分かりたくもないけれどね!
クローゼットの中に仕舞ったばかりのワンピースに袖を通して、箱に仕舞ったばかりのパンプスを履く。
どちらもものすごく高そうな代物で、私なんかが着ちゃっていいのかな、とすら思うほど。
一般庶民の私が、まるでお嬢様のような格好をしているよ、おじさんおばさん……。
遠い地に居るであろう、優しい親戚夫婦に心の中で語りかける。
危ない人とか言うな。
こっちに来てから、人と接することが格段に減ったせいだ。ひとり言が癖になってしまってる。
もう一度、ため息をついた。
「ふん、少しはマシになったようだ」
頂いたワンピースに着替えてきた私を見て、彼は満足そうな顔をした。
ちょっと可愛いかもとか、別に思ってないんだからねっ!
ていうかヴォルデモートさん、私の制服ディスってんの。制服に謝れ。あと私にも。
とは、もちろん言えるはずもない。
「はあ、そうですか……」
軽口をたたいて、せっかくもとに戻った機嫌を損ねたくない、さすがにそこまで馬鹿じゃない。
だから私はチキンではない。と思う。や、思いたいです切実に。
「来い。朝食にする」
今日はヴォルデモートさんも一緒に食べるらしい。
歩幅がまったく違うので、私は少し早歩きで彼の隣に並んだ。
黒いワンピースの裾が、ひらひらとわらうように揺れているのを見つめながら、聞いてみる。
「ちなみにデザートのリクエストとかは受け付けてます?」
「……仕方ない」
「やった! じゃあ、どうしようかな……朝だからツルっといけちゃいそうなもの……ゼリーとかプリンとかその辺り……あ、焼きプリンとか食べたいです」
「朝からよくそんな物が食べられるな」
「ついでに生クリームも添えてください」
「……」
胸焼けがする、と言わんばかりにヴォルデモートさんは顔をしかめた。
しばらく歩くと、食堂(私がそう呼んでいるだけ)に着く。
ちなみに、全体的に陰気な雰囲気のこのお屋敷の中で、唯一マシだと思えるお部屋である。
だから私はいつもここで食べている。
ホラーなお部屋でご飯食べたって、おいしさ半減するもの。
中央のテーブルに向かってヴォルデモートさんが杖を振ると、一瞬にして現れた。
サラダやスープやパンの皿の中に、きちんと生クリームを添えてある焼きプリンを見つけて、頬が緩んだ。
椅子に腰掛けて、そっと手を合わせて心の中でいただきますとつぶやいてから、さっそくスープを口にする。
ヴォルデモートさんの出すお料理は、きっと一流シェフにも負けません。
もういっそレストラン開けばいい。
料理長になって、部下のシェフである死喰い人さん達を従えてればいいよ。料理的な意味で。
文句なしの五つ星レストランのシェフとして世界中に名を馳せているヴォルデモートさんを想像しながら、そういえば、と口を開く。
「どうして突然、あんな沢山のプレゼントを……」
パンをちぎる手を止めて問うと、ヴォルデモートさんも手を止めて私に視線を移した。
そのまま彼は何を言うでもなく、もむもむと口の中の食べ物を食べきるのに忙しそうにしているので、私も負けじとパンをもむもむした。
もむもむ。もむもむ。
やがてどちらともなく、ごくんと咀嚼の音。
「気に入らないのか」
何を考えているのか、読み取れない瞳。
「え、や、そういう訳じゃあなくて、何故突然そういう行動に至ったのかを知りたくてですね……」
ベッドに山盛りになっていた、溢れかえるほどの箱を思い返す。
総額おいくらしたのでしょうかとか、考えたくない。
「言っただろう。お前の欲しいものは、私が全て与えてやると」
ここまで言われてようやく気づく。
ああ、この間の話の事を仰っているのか。
「……気に入らなければ、捨てろ」
あんなに強引に着させたくせに、今更何を。
そう言ってわらおうとしたけれど、ヴォルデモートさんが真剣に私を見つめ返すので、うっかり、
「……大切に、しますね」
ヴォルデモートさんが口元に三日月を描く。まるで、猫のように笑う。嬉しそうだ。
とりあえず私は、あの大量の服やら靴やらがクローゼットに収納しきれるかどうか、それだけが心配だった。
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