硝子の一輪挿しに挿した薔薇を、ぼうっと見つめてみる。
あの夜には既に真赤な色をして、これでもかと言うほど見事に咲いていたので、今ではもう花弁が乾燥してきてしまって、色も少しずつ褪せてきている。
それでもじゅうぶん綺麗だし、捨てる気など到底起きないのは、異性から花なんてものをプレゼントされた事がないからか、ヴォルデモートさんに頂いたからなのか。


「うーん……どっちも?」


一人ごとを呟きながら、杖を取り出して一輪挿しの水を新鮮なものに変える。
こんな事をしたって、枯れない訳ではないと知っているというのに。
時間が経てばだんだんと散っていってしまうのだろうと思うと、いっそこのままぐしゃりと潰してしまいたいような。
勿体無いから、しないけれど。


「あ、そうだ」


ある事を思い立った私は、少しうきうきしながら部屋を出た。








「あっルシウスさーん、ちょうどいい所に! 生き物を永久保存する魔法とかありませんかねー」
「……いきなり何ですか」


玄関ホールでルシウスさんを見つけたので声をかけた……のだけれど、思い切り顔を顰められ、不機嫌だという態度をあからさまにされる。
それでも返事はしてくれるので、こういう所がルシウスさんらしいかもしれないなと少し思ってみたりする。
もし相手がブラックさんとかだったら無視されていたかもしれない。あの人意地悪おじさんだから。私がマグルだから、仕方ないけれど。


「だから、生き物の命を止める、みたいな魔法、ないですか?」
「……何を言い出すかと思えば……」


額に手を当てながらがっくりと肩を落として、ルシウスさんはため息をついた。
そんなに難しい事……なのでしょうねやっぱり。


「命を止めるなどと簡単そうに仰いますがただでさえ魔法というものは摂理というものを捻じ曲げるものだというのにああまったくこの際一言よろしいですか大体貴方はもう少し物事をじっくり考えたらどうです行き当たりばったりという言葉がこれ程までお似合いになる方は初めて見ました」
「あ、はい……スミマセン私が悪かったみたいです」


一体どこで息をしてるんですかと聞きたいけれど、突っ込んだらきっと倍怒られそうなので、言葉を飲み込む。
それでも何とか食い下がろうと、再び口を開いてみる。


「対象物が植物……とかでも、やっぱり出来ませんか……?」
「…………植物、ですか。無い事には……無いですが……fist name様には難しい魔法です」


さっさと諦めろ、と目線で言われる。
でもこの私が、それくらいで諦めるなんてするはずもなく。


「だったら、魔法具とかはいかがでしょうか?」


私の言葉を聞いて、しまったという顔をした。
呪文があるなら、魔法具だってきっとあるはず。
でも、きっと高そうだよね。
ヴォルデモートさんに、お小遣い頂くとか……闇の帝王だからお金いっぱいあるし、大丈夫かな。


「私、その魔法具欲しいなー。どこに売ってるんでしょうかね」
「……さあ、存じません」


あくまでとぼけて逃げるつもりらしい。
この期に及んで、まったくもう。

ぐいっと顔を近くに寄せて、ルシウスさんのアイスブルーの瞳を見つめる。
私がわざとにっこり笑ってみせると、彼の眉間の皺がまた増えた気がした。


「な、」
「よかったら是非、私のお買い物に付き合ってくれませんか? ヴォルデモートさんには頼める訳ないし……ルシウスさんなら珍しい魔法具が置いてるお店とか知ってそうですし、ね!」


ヴォルデモートさんの名前を出して、半ば脅迫じみたお願いをしてみる。
ていうか、彼にとっては完璧脅迫でしょうけれど。
ルシウスさんが渋々口を開こうとした、時。
玄関ホールの扉が開いた。


「あ」
「……何をしている」


死喰い人さんでも来たのかと思ったら、まさかのヴォルデモートさん。
とりあえず、ルシウスさんから離れる。
もう約束を取り付けたも同然ですし!


「おかえりなさい。なんだー、出かけていらっしゃったんですかー」


てっきりお部屋に居るのかと思ってました。
旦那様をお迎えする良妻よろしく、ヴォルデモートさんの側にいく。
……自分で言っておきながら、ちょっとこの例えはないなあ、うん、ない。


「ルシウス」
「……は」
「報告は後にしろ」
「仰せのままに、我が君」


……なんだか異様な雰囲気。
何かあったのでしょうか。


「……fist name」
「はい? ……わっ!」


首をかしげ返事をした途端、ぐいっと腕を掴まれ、彼の隣に引っ張られる。
何事かとヴォルデモートさんの顔を見上げて、身体を硬くした。
いつも、死喰い人さん達に見せるような表情をしている。
つまり、どうやら、ヴォルデモートさんを怒らせてしまったらしい。
……ど、どうして?


原因を頭の中で探しているうちに、ヴォルデモートさんが早足で歩き出す。
未だ腕を掴まれているので、引っ張られるようにして、私も後をついていく。
歩幅がまったく違うので、私の場合早足どころか自然と小走りのような感じになっている。

時々階段や段差などに躓きながら、そっと後ろを振り返ると、ルシウスさんはとっくに逃げてしまっていた。
くそぅ、ルシウスさんめ。今度覚えてろよ。


「あ、あの」
「黙れ」


おそるおそる声をかけたものの、冷たく一蹴。
ヴォルデモートさんと私の会話なんていつもこんな感じだけれど、今日はなんだか……。

「……」

二人とも黙ったまま。

あまり居心地のよくない空気だけれど、もう一度声をかけたら彼の機嫌を悪化させてしまうような気がして、何も言えない。
やがて、ヴォルデモートさんの自室に着く。
扉を少々乱暴に開けて、いつも私が座っているソファーにどさっと落とされる。

何から何まで荒々しい所作。
彼らしくない。
私を見る紅い瞳が、どことなく余裕が無さそうに揺らいでいる。


「……何を話していた」
「え、」
「何を、話していたと言っている。私の命令に従え、fist name」


ぎろりと睨まれて、俯きながらも、声を絞り出す。
まるで、蛇に睨まれた蛙。


「……え、と、ちょっと、ルシウスさんに……頼み事をして……」
「頼み事だと?」


怒りを含んだ声色に、身体を縮こませる。
どうしてこんなに怒っていらっしゃるのか。
さっぱり、分からない。


「その、ちょっと欲しい物が……あってですね、」
「ならば、私がくれてやろう」
「……!」


言葉と同時に、ヴォルデモートさんが隣に座り、髪をひと束とられる。
足元に向けていた視線を移すと、すぐ近くに目眩がしそうなほど、綺麗な赤。


「お前が欲する物があるのならば、私がすべて叶えてやろう。私以外に懐く事は許さん。お前は私の物だ、fist name。……そうだろう?」


なんて強引で、自分勝手な言葉。
それでいて様になるから、もうどうすればいいのか。
……いいや、何をすればいいかなんて分かってる。


私に出来ることなんて。
イエスと言って、頷くだけだ。



「……そうですね、本当に、」



何故だろう、ものすごく振り回されてる気がする。
まあ、私はその倍振り回してやればいい話ですよね。


「ですから、私が元の世界に帰るまで、精々よろしくお願いしますね、ヴォルデモートさん」


帰ったらもう二度とお逢いすることはないでしょうから。

だからそれまでは、せめて、ね。



「私が一度手にした物を手放すと思うか」
「んー……あんまり。だってヴォルデモートさんって蛇みたいにしつこくて、まさに粘着系男子みたいな。子供のライオンを崖に突き落として、それでも尚追い打ちかけるタイプでしょう?」
「全てにおいて抜かりがないだけだ。何が悪い」
「いえいえ、ヴォルデモートさんらしいですよ。あ、これ褒め言葉です」




この手を離して、また繋げる日なんてきっと来ない。
だってよく見れば、最初から繋がってなんていなかったのですから。

それだけの関係。
とてもシンプルで、後腐れのない。
出来ることなら、ずっとこのまま。


貴方から贈られた薔薇が枯れても、その先も。




 


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