「ひま……」

ベッドにごろりと寝転がって、ぼうっと天蓋を見つめてみる。

この、お姫様のような豪華な天蓋ベッドは、以前私がヴォルデモートさんにおねだりした代物で、(「天蓋ベッドっていいですよねーあれって結構安眠できるらしいですよーほしいなーいいなーほしいなーチラッチラッ」)最初こそねだっておいてあまり落ち着いて眠れなかったものの、慣れた今ではとっても寝心地がいい。

このベッドがないと、もう駄目になりそうなくらいに。


ちなみに値段は聞いておりません。



ふかふかのクッションを抱きしめて目を閉じ、なんとなく乙女チックな気分に浸ってみたりする。
こうした時に思い出すのは、ヴォルデモートさんの事ばかりで、それを自覚することは背中の辺りをくすぐられているように、むずがゆい。


「別にヴォルデモートさんの事好きとか、そういうのじゃないのに……これじゃまるで」

至極認めたくないけれど、


「恋す…………や、うん。やめとこ。ないわ」

認めたくなさすぎる。
でもまるで私の今の行動は、そう、恋する乙女のようではないですか。
まったくもってありえない。ありえなすぎる。

闇の帝王に向かって、恋だとか、愛だとか。


もし私が彼に向かって、いや万が一私が彼のことを好きとかそういう恋愛感情を持っていたとしての話で、好きとか愛してるとか言ったところで、

下らないと一蹴されるに、決まっているのです。


「ああもう、考えるの嫌になってきた!」

ばふん。
叫ぶのと同時に、思いっきりクッションを床に放り投げた。


まるで、もやもやとした何かが、胸の内に巻きついていくようだ。
もどかしすぎて、気分が悪い。


子供じゃないんだから、感情くらいコントロール出来ないと。
情けないと自分を叱咤しつつ、けれど、だんだん気になってきた。

この感情の名を。








てくてくてく。

迷路のようなお屋敷を散歩する。
暇潰しと気分転換の為部屋を飛び出したものの、こんな時に行く場所すらない。
この世界ではとことんぼっちな私。プライスレス。


寝ようと思っても寝つけれないし、部屋で読書していてもろくに頭に入らないし、魔法に関してはヴォルデモートさんにスパルタで教え込まれたので、もう実技で覚えることなんて何も…………や、すごく難しい呪文……パトローナムとか、それくらいな気がする。

私の守護霊はなんだろう。
……出来るだけかっこいいのがいいな。


「散歩も、そろそろ飽きてきましたよっと……」


ぽつり、と小さな声で呟いたけれど、人気のない暗い廊下には、予想外に大きく響いた。
答える声ももちろんないし、大分慣れたのだけれど、やっぱりどこかさみしいものがある。

ヴォルデモートさんはいつもこうなのかな。
私が来る前、どれだけ静かだったのかは容易に想像がつく。


こんな広いお屋敷に、一人で暮らすだなんて。

私なら、きっと寂しくて耐えられない気がする。

一人で過ごすのは、どちらかといえば気楽で好きだけれど、常に周りに人がいるから少なからず安心できるのに。
自分は、本当のひとりぼっちではないのだと。


でも、ヴォルデモートさんは。

いつからここに居るのかは知らないけれど、…………や、違う。
ヴォルデモートさんは最初から一人なんだ、きっと。
現在進行系で、周りに死喰い人さん達が居ても、学生時代多くの人々に賞賛されていたとしても。



彼は己の願いだけをただまっすぐに実現するために、行動してきた。
他人の情や愛などと言うものは、必要がなかった。
そこにあったのは、純粋な憎悪だけ。



「あ、階段」


ただ廊下を歩いているだけではつまらないので、下に降りてみよう。

暗がりの中、階段を注意深く降りて、広い玄関ホール。
さてこれからどうしようと息をついたとき、大きな扉が目についた。
……庭にでも行ってみようかな。たまにはそういうのも悪くない。


スキップでもしそうな身軽さで玄関から飛び出して、お屋敷の周りをぐるりと囲む、庭っぽいところに出る。

きっと雑草が生えっぱなしなのだろうなと想像していたのに、きちんと細かく手入れがされていて驚いた。

一体誰が、何の為に。


空に浮かぶ月に顔を突き出すようにして、見事な赤いバラが咲き誇っている。
まだ蕾のものもあるけれど、あと少しも待たないうちに満開になりそう。
あまり花のことは詳しくないけれど、バラはこの時期が開花時期なのでしょうか。

棘に注意しつつ、真っ赤な花びらに指をそわせたりして、さくさくと芝生を踏み進んでいく。


見事なバラに目をとられながら歩いていたら、突然私の前に大きな影が出来て、あわてて顔を向けた。


「こんな時間に、こんな場所で、何をしている」
「ヴォルデモートさん……」


バラよりも綺麗なあか色を持った人が、現れた。


「ヴォルデモートさんこそ何して、……あ。もしかしてヴォルデモートさんが、ここのお手入れしてるんですか?」

何となしに問うと、ヴォルデモートさんは眉間の皺を濃くして、「違う。断じて違う」と、怪しいくらい必死に否定した。
そこまで言われると逆に……。


うんうん、そうだね、違うんですね。

なんとなく、年下の子供がぐずっているのを見守るような気分になってしまって、ただ無言で微笑んでうんうん頷いていたら、ヴォルデモートさんが杖を取り出したので焦った。

慌ててごめんなさいすみませんでした私があほですと謝って、ようやく彼の機嫌がなおったらしい。それでいい、と満足そうな顔をしている。


ヴォルデモートさんって、時折子供っぽいところがあるかもしれない。
この間のニンジン事件だってそうだし。


「………………ぷはっ」
「……何がおかしい」


じろりと睨まれる。貴方のことです。

「や、その……」

言っていいものかどうか、迷って視線を空中にさまよわせる。


「どうした。言いたい事があるなら早く言え」
「ん、んー……」


どもるうちに彼の眉間の皺に拍車がかかっていく。戻らなくなっちゃっても知らないよ。


「その、言ったら怒りそうっていうか……」
「私がそれほど短気を起こすような馬鹿に見えるというのか、fist name」


いや、貴方短気でしょうに。
自分に意見してた死喰い人さんにクルーシオしてたのついこの間っすよ。
もういいや、面倒。


「ヴォルデモートさんって、結構可愛い所ありますよね、って思って」


口にした瞬間、その場の空気が凍った気がした。
みるみるうちにヴォルデモートさんの額の皺が、さっきより深く刻まれていく。


げ。やっぱり怒られる?

……かと思ったけど、なぜか大袈裟なくらい溜め息をつかれた。
起こられるよりはマシだけど、だめだこいつ早くなんとかしないと、みたいな表情は大変失礼だと思われます。



「まったくお前は、素晴らしい程に手遅れな頭を持っているな」
「どういう意味です」
「聖マンゴの癒者達も、患者がお前だったならさじを投げるだろうな」
「失礼度120パーセントなのですが」
「馬鹿にはこれ位で丁度いいだろう」


は、と嘲笑される。完璧見下した目で。

ああ、今すごくアバダケダブラを人に使いたい気分だわー。
もちろん相手は、目の前のむかつく鬼畜星人。

いっそハゲになれ。
沸々と怒りを燃やしていると、ふいにヴォルデモートさんが私に背を向けた。


「お前とこうして下らない言い合いをするのも、……慣れたものだな」
「?」


唐突にそんな事をいい始めたヴォルデモートさんに首を傾げ、言葉の真意を考えてみる。
下らねー事言って時間とらすんじゃねーカスとか?
でもそれにしては、どこか、思いにふけるような言い方をする。


どう答えればいいのかわからない。
とりあえず「そうですね」と返してみる。


「……」


それきりお互いに口を閉じてしまった。
ヴォルデモートさんは何も言わないし、私も何となく言葉を発する事が出来なかった。


降り注ぐ、優しい月光。
酔ってしまいそうになる甘いバラ。
穏やかな時間。


軽々しく言葉を口にした途端、この二人だけの穏やかで静かな世界が壊れてしまう気がしてならなかった。


そうしてただ自分の足元を見ていると、ヴォルデモートさんが何やら動く気配を感じて、顔を上げる。

バラの茂みに寄ったヴォルデモートさんが、バラの茎に手を沿えて、なめらかな動作で胸ポケットから杖を取りだし、なにやら呪文を唱えて緑色の茎をすっぱりと切ってしまった。

目を丸くして眺めていると、ヴォルデモートさんが振り向いた。

そして近づいてきたかと思うと、そのまま何も言わずにすっと私に差し出した。

真っ赤に咲いた、一輪のバラを。


「……これ、」

どうしろって言うんですか。
そう疑問を込めて見上げてみても、月明かりの逆光でヴォルデモートさんの顔が見えなかった。まるで、彼の味方をするように。


「……」


とにかく、何も聞かずに受けとれという事なら。


まだ少し戸惑いながらも、ぎこちなく手を伸ばす。
その際、ヴォルデモートさんの手が、私の指先が棘に触れないよう離れたのを見て、胸の鼓動が早くなった。

気遣うとか、そんな柄じゃないくせに、

おかしい、な。


「あ、えっと、その、」

茎を折らないようにして、両の指先で大事に持つ。
お礼を口にしようと頭の中で急かすものの、上手く唇から言葉が漏れない。

しどろもどろになりながら、言葉を探すうちに、顔の熱が上がっていく。なんだか、恥ずかしい。居心地がわるいような。


みっともなく赤くなった顔がヴォルデモートさんに見えない事を願うけれど、生憎月明かりは私の味方をしてはくれない。
気づかれたくなくて、思わず俯いた。


「fist name」


頭上から、甘くひびく声。
ちょっと前は、いい声してて羨ましいなとか、思ってただけ、だったのに。


どうして、

「fist name、」


この人に呼ばれると、こんなにも、


うれしいと思うのか。


「ヴォルデモート、さん、」


名前を呼ばれる声にまるで誘われるように、ゆっくり、私は顔をあげる。

うつくしい紅い双眸。
静かに降りてくる唇。

自分のものとそれが重なることも、今はもう、


「……ん、」


逃げられないようにか、後頭部と背中に力強い腕が回される。
私はもう、逃げたりなんて、思いつく事すら出来ないというのに。
彼の持つ魅力的な何かに、きっと既に囚われている。


本来なら、拒むべきなのかもしれない。
けれど弱くて臆病者の私は、この暖かい体温を拒絶して、ヴォルデモートさんを悲しませる事もしたくなかった。同時に私も、優しい腕に、縋っていたかった。


ただ、傍に。






  


[main] [TOP]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -