「やはり子供ではないか」

にやり。
固まる私をよそに、すっと顔を離したヴォルデモートさんがしたり顔で言う。

「な、い、今……」
「なんだ? 免疫があるのではなかったのか?」
「……っ! ヴォルデモートさんのバカ、ハゲ、すべって転んで豆腐の角に頭を激しく打ち付けちゃえ!」

ばちん、という音と同時に手のひらにヒリヒリとした痛みが走るのが早かったか、音が静寂を破ってホールに響くのが早かったか。

気づいた時には既に遅く、ヴォルデモートさんの頬を叩いてしまっていた。

何も考えずに怒りに任せてに叩いてしまった為、薄暗くて見えないけれど彼の頬は赤くなっていると思う。


「あ……」
「…………」

やばいやばいどうしよう殺されるマジで殺られるアバダられる!

「……fist name、」

ヴォルデモートさんが身じろぎするのを感じて、ぎゅっと身体を縮こませた。

けれど。


予想に反して返ってきたのは、


「……ヴォルデモートさん……?」

ゆるやかに頭を撫でる、優しい手。

思わず顔をあげてヴォルデモートさんを見上げると、ほのかな杖の明かりに照らされて、相変わらずの綺麗な顔が見えた。
けれど違うのは、彼がいとおしそうな、まるで何かを懐かしむような、そんな瞳をしていること。
いつもの、全てを拒絶するような、刺すような鋭い視線ではなく。

ただただ、穏やかな表情と、瞳。


普段の彼とは結びつかないようなその様に、目を丸くして呆然と見上げるしかできない。
まさしく予想外な出来事に、怒りも手のひらの痛みも遠のいていく。

呆然として見つめていると、頭の上にあった手がだんだんと降りてきて、頬に添えられた。
視線は未だ、優しげに私を見ている。
紅い瞳の中に、不思議そうな顔の私が映る。


「お前は、昔と……」
「……?」


昔って、何の話をしていらっしゃるのか。


「ヴォルデモートさ」
「……お前はもう寝るがいい」
「え、あの」
「寝ろと言っている」
「や、だからさっきの」
「……特に意味はない」
「意味ないはずないじゃ、」
「いい加減にしろ。それとも永眠させられたいか」


そこまで言われて、はっとす
る。

私さっきヴォルデモートさんの事叩いちゃったんだった。
これ以上言及したら今度こそ確実にアバダケダブラれる……けれど。
さっきの言葉の続きと、あんな顔をした理由が分からない。

単純に。
分からないものは、知りたいと思う。

「ヴォルデモートさ、」
「ステューピファイ……!」
「っ! ヴォ……ル、……さ……」

懲りずに口を開くと同時に、赤い光が煌めきながら私に向かって飛んで来て、視界と思考がシャットアウトされるのが、ぼんやりした意識の中でも分かった。
いきなり、失神呪文は、ないと、思…………。




「お前は、もう私を裏切らぬと誓えばそれでいいのだ……fist name」










「……ん、……」

瞼を開けると、今ではもう見慣れた真っ白なシーツが一番に目についた。
信じれないくらいさらさらしてて柔らかくて、気持ちいいシーツ。
おかしいな。
私のベッドのお布団はもっとこう……ざらざらっと……安物感たっぷりな……。

「あ」


急に思考がクリアになる、とはまさにこの事。
がばっと身を起こして、カーテンの隙間からこぼれた眩しい光に目を細める。

ああそうだ。ここ異世界なんだった……。


よっこらしょ、とベッドから下りようとすると、ふとヴォルデモートさんと夜に会った事を思い出し。


「……っあああああー!」

床に下ろしかけた足を上げて身体をぐるんと回転させ、再びベッドの中に入り転げ回った。
でたらめに言葉を発して、わしゃわしゃと頭を掻きむしる。
傍から見たのなら、完璧頭がおかしい人に思われたろうけれど、幸いここには誰もいない。ので、思うがままにベッドの中でごろごろと転がって、精一杯暴れてみる。

この湧き上がる言葉にし難い感情を、なんと言えばいいのか。

「すごく、消化不良です…………」


二度目のキス。

ヴォルデモートさんと、また。


思い出すだけで、体温が上昇した気がして、何とも言えない気持ちに襲われる。
この間から、私はどうやら変らしい。
自分のことだって言うのに、感情が上手にコントロールできないというか。

……や、違う。
コントロールできないならすればいいってだけの話、だよ。
どうにもこうにも居心地の悪いこの状況を打開するには、まず、この感情を知らなければ。
……とはいえこの世界では、相談出来る友達なんて………………あ、一人。

「お姉様!」


グッドアイディアを思いついた私はさっそく着替えて、まずは腹ごしらえをしに食堂(と呼んでいる場所)へ向かった。
腹が減っては戦は出来ぬって言うよね。





豪奢な扉を前にして、取っ手に手をかけてからちょっとためらう。
忙しい時は来ないけれど、たまにヴォルデモートさんが居るんですよね……。
もし中に居たら、気まずすぎる。顔をあわせるのも、何だかなあ。
でもお腹はすいた。ご飯は大事ですし。

「む……」

とりあえず。
注意深く、そっと押して、隙間から辺りを伺ってみる。
人の気配は感じない。よし。

「早く入ったらどうだ」
「っわあ!?」

ごつん。
吃驚しすぎて、思わず扉に額がぶつかってしまった。
地味に痛い。

「いったー……」
「……」


額に手を当てて痛がっていると、怪我の元凶の彼に冷たい視線を送られる。

「ヴォルデモートさん……っ!」
「何だ。朝から騒々しい」
「誰のせいだと思ってんですか? 完璧ヴォルデモートさんのせいですよね? ね?」
「今の間抜けな事故の事を言っているのなら、他人に文句を言う前に己の注意力に気を配れ」
「な、なんですと!」

この人は本当に、まったくもって、憎たらしい事この上ないったら!
恨めしげに睨んでみるけれど、そんな視線をヴォルデモートさんはさらっと右から左に受け流すようにスルーして、ただお上品にサラダを食べていた。

む、むかつく。
せめて一矢報いてやろうと、でもあまり怒られない範囲で、ぽつりと嫌味を呟いてみる。


「……少食」
「太っているよりはましだろう。お前も少しは減量してみたらどうだ」
「い、言っときますけど、私はダイエットなんて必要ありません、から!」


ふん、と顔をそらしながら言ってみると、哀れなものを見る目をされた。って、いちいち手をとめて人のお腹の辺り見ないで下さいよ。最低!

そのまま冷戦を続けていると、ノックの音。
どうやらヴォルデモートさんにスープを運んできた死喰い人さんに、ついでに私の分もお願いする。食後のデザートも忘れないで下さいね、と念をおして。
優雅にお辞儀をして去る彼を見送った後、とりあえずヴォルデモートさんの近くの席に座る。ちなみに彼は言わずもがな、王様席である。可愛らしく言うなら、お誕生日席とも言うけどそんな事言ったら睨まれると思うので、心の中だけにとどめておきましょう。


「毎日毎日、よくも飽きずに菓子を食べれるな」
「だって美味しいですもん……ヴォルデモートさんこそちゃんとご飯食べてるん、…………あ」


先程まで、色とりどりに盛られたサラダが乗っていたお皿。
几帳面の彼の事だから、さぞかし綺麗に食べられているのでしょうと思ったけれど。
隅のほうに、キャベツやキュウリで隠されているけれど、あのオレンジ色は。

「ニンジン…………」

言葉に出して、再確認する。
うん、あれはニンジンだよ。

そういえばヴォルデモートさんってニンジン嫌いなんだっけ。うわー。



「仮にも闇の帝王なのに、食べ物好き嫌いするとか……」

ぷ、と口元に手をあててわざとらしく、かつ嫌味ったらしく、笑ってみる。

「……うるさい。お前にだって、嫌いな食べ物はあるだろう。人の事を言う前に自分の事を、」
「あ、じゃあ言いかえます」

ヴォルデモートさんの反論に反論出来なくなるうちに、にっこりと笑って諭し、改めて口を開く。


「ニンジン食べれない男の人って……」



その瞬間危ない呪文が飛んできたのは言うまでもなく。


 


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