「それでですね! なんとついにあの呪文を習得したのですよ! 私すごくないですかすごいでしょ誰か褒めて!」
わー!
早口でまくしたてるテンション高い私とは対照的に、ベラトリックスさんとルシウスさんは黙ってお茶をすすっている。
お二人の表情を言葉にするなら、『またはじまった』とか『面倒くさそう』とかそんな感じ。まったくもって失礼極まりない。
大体、三人でお茶会をするのはこれが初めてだというのに、もっと、こう……。
「ちょっと、お二人とも! ちゃんと聞いてますかっ」
「はあ…………」
こめかみに手を当てて、ルシウスさんがため息をついた。
「私はfist name様と違って忙しいのです話し相手なら私でもなくともレストレンジが居るでしょうそれでは私はこれで」
「ちょ、……インカーセラス、ルシウスさんっ」
「っ!」
咄嗟に、逃げようとするルシウスさんに向けて呪文を放った。
するとどこからともなく現れたロープが彼の足に巻きつき、そのせいでバランスを崩したルシウスさんは、顔面から床に突っ込んでいった。
「だ、大丈夫ですかっ……! ごめんなさい、怪我とか……」
慌てて近寄って声をかけてみるけれど、ルシウスさんはすっと立ち上がった。
……いつもより更に、眉間に皺が寄ってる。
「あの、ごめんなさいほんとごめんなさい……わざとじゃ、」
「私は、これで、失礼させて頂きます」
いささかふらふらとした足取りで去る彼に、何も声をかけられず、そのまま見送る。
いつもは凛としたものを感じる後姿に、どこか哀愁が漂っている気がしてますます申し訳なくなる。
これは明らかに、
「やりすぎちゃった…………」
がっくり。
ため息をついて、肩を落とす。
一部始終を、優雅に紅茶を飲みながら見届けていたお姉様が呆れた風に口を開く。
「まったく、何やらかしてんだい……アタシに被害が無いならいいけどね」
「お姉様ったらドライ……同じ仲間じゃないですか、一応」
「ふん、関係ないよ」
「そですか……」
何とも言えない気持ちになりながら、席に座りなおす。
死喰い人さん同士の繋がりってこんなものなのでしょうか。
そういえば……いつだったか、仲間売ってたっけ。アズカバンに入りたくないから、って。
とても浅ましくて卑しい行為だけれど、なんて言うか、いかにもスリザリン、みたいな。
つまり、狡賢い。
肯定するつもりは無いのだけれど、ああいうタイプこそしぶとく世の中を生き残れるのだと思う。
正直者が馬鹿を見る世の中、と言いますか。
そういえば、と目の前でお茶菓子を楽しむベラトリックスさんを見て、ふと思い出す。
この人も、未来ではアズカバンに行く事になるのだった。
失脚した後でも直、ヴォルデモート卿への忠誠を誓って。
…………私は、この人のこういう所が好きだなあ。
そう、しみじみと思いながらうんうんと一人で頷いていると、お姉様にヘンなものを見る目で凝視されてしまった。
「……そんな目で見ないで下さい」
虚しくなります。
少しくらい自分の世界に入ったっていいじゃない。
「…………アンタを見てると、」
「……え?」
「……いや、やめておくよ」
そう言って彼女はどこか物憂げに目を伏せ、紅茶を一口飲んでから、ため息をついた。
なんだか今日はため息つく人が多い……って私を含めて三人しかいないけれど。ここに居ると人と会うことが極端に減るので、色々な感覚が麻痺してきたように思う。
私の知ってる死喰い人さんと言えば、ルシウスさんレストレンジ夫婦にブラックさん辺り……それ位しか思いつかない。
さっきみたいに、三人も揃ってお茶を飲むなんて滅多に無い……や、初めてだし。
お姉様もルシウスさんも私と違ってニートではないので、会える日やこうしてお茶を飲んでお話する日だって限られている。
こうして冷静に頭の中で考えてみると、私ってすごく寂しいような気がしてきた。
でもまあ、元の世界に帰るまでの我慢だと思えば何の事は無い。
一人で居るのはわりと好きな方だし、向こうに戻れば嫌でも騒がしい日々が待っているのだから。
……ただ、ものすっごく暇なのが難点だけれど。
「で、さっき言ってた話は何だったんだい?」
「え? あ、呪文の話ですか?」
「それしか無いだろ……」
お姉様が、やれやれと肩を竦める。
「だからね、私、ついにあの呪文をマスターしちゃったのですよ!」
「へー、そうかい」
「ちょ、え、待ってそれだけ? それだけなの? もっと突っ込んで! あの呪文って何だよって聞いて下さいよ! 終わらせないでー!」
「アタシがいちいち聞かなくても自分から喋るんだろ、アンタは」
「……その通りです」
「それで? さっさと話しな」
「! はい、えっとね、許されざる呪文の三つをね、覚えたっていうか」
えへえへ。
ちょっと照れながら、指を絡めて頬を緩ませる。
「はあ? アンタ、嘘をつくんならもう少し信憑性のあるものにしな」
「え」
てっきり褒めてくれるかなとか思っていたのに、バカジャネーノコイツ、みたいな、また、やれやれと言った顔をされてしまった。
「そんな、嘘じゃないですよっ……ちゃんと、ヴォルデモートさんに教えて頂きました……つい先週、くらいに。出来立てホヤホヤです!」
「あー、分かった、分かったよ」
抗議したものの、もうどうでも良いよといったふうに返事を返され、お姉様はクッキーを手を伸ばす。
「むむむ……それなら、見せてご覧にいれましょう!」
スカートのポケットから杖を取り出して、部屋の隅に居る小さな蜘蛛を浮遊呪文で浮かせて、こちらまで連れてくる。
そしてヴォルデモートさんのアドバイスを頭の中で思い出しながら、
「インペリオ」
後はやっぱり、もう私の思い通りである。
杖をいたずらにくるりくるりと回して、ちょっとした創作ダンスっぽいものを躍らせたり、二足歩行させてみたり。
「アバダケダブラ」
杖先から緑色の閃光をほとばしらせて、それは清清しいまでにストレートに蜘蛛に命中する。
少しもがいて、それからぴたりと動きが止まった。
「ほら、嘘なんてついてないでしょう! ちなみにクルーシオはさすがに可哀想なのでやめておきました」
でも、ちゃんと使えますよ。
手を止めて目を丸くしているお姉様に笑顔で言い放った。
許さざる呪文を習得するのは、本当に骨が折れた。
最初、ヴォルデモートさんに教えて頂きながら、それでも全然出来なくて、骨だけでなく心まで折れそうになっている私に、「少しそこで待っていろ」と、彼がわざわざ書斎から持ってきた許されざる呪文についての理論が載ってる本を三冊も読まされ、何時間もかけて夜になってもそれでも出来なくて、けれどヴォルデモートさんにはお仕事があるので一旦お開きになってまた翌晩………………。
思い出すだけで、涙が出てきそうなあの日々。
最後はなんだかもう、素人部員と鬼監督みたいな感じだった。
あの熱い時間は、私の立派な青春の一ページに…………ならないほうがいい気がしてきた。よく考えてみればかなり物騒な呪文ですし。
「アンタ、その魔法は無闇に使うんじゃないよ」
「え? 何おっしゃってるんですか、当たり前じゃないですかっ! 面白半分で覚えたりしませんよ、もしもの時の為を考えての、自衛手段です」
「そうかい……分かってるならいいんだ」
そう言ってお姉様はまたティーカップを傾けた。そろそろ無くなる頃でしょうか。
飲み干して空になったそれを受け取り、ティーポットからあたらしくお茶を注ぐ。
お茶会に使うこれらの食器やらお菓子やらは、全てルシウスさんが用意したものなのか。
もしかしたら下僕妖精に命じて持ってこさせたものなのかもしれないけれど、多分、きっとルシウスさんじゃないかなーと思う。
毎日毎日、日替わりの食器とお菓子はセンスが良い上品なもので、素人目だけれどどれもアンティークで高そうだし、お菓子だって、私が以前食べていた税込み百五円のものなんかとは、到底比べ物にならないものばかり。さすがルシウスさん。さすがお貴族様。
「そういやアンタ、この間言ってた事はどうなったんだい」
「…………この間……あー……」
『この間言ってた事』を頭の中で探して、一つ思い当たるアレ。
出来ればあまり思い出していたくはない。
「えっと……ううん……なんて言ったらいいか……」
気まずさに視線を泳がせながら、必死で言葉を探す。
女性はどうしてこういう話題が、こんなにも好きなのでしょう。
「あっお姉様もうこんな時間ですよ! お忙しいでしょうから今日のお茶会はここまでにしましょう、ね!」
至極答えにくいので、逃げました。
しとしと、ぴちゃん。
どこか耳にくすぐったい、水の流れる音がする。
いつもなら静寂で満たされているこのお屋敷の夜だけれど、今日は違うみたいだ。
「……小雨、」
もしかしたらこの先土砂降りになるかもしれないけれど、ヴォルデモートさんは大丈夫……だよね。だって魔法があるし。
辺りはもう真っ暗で、雨が降っているせいで今は月明かりすら届きはしない。
そして、湿っぽいこんな夜は、むしょうに落ち着かなくて、そわそわとして、眠れない。
ヴォルデモートさん、いつ帰ってくるんだろう。
そっとベッドから降りて、音を立てずに部屋を抜け出す。
灯りの無いままの暗い廊下を歩くのはさすがに怖いので、杖を出して、習いたての魔法を使う。
「ルーモス」
そのままてくてくと行くあてもないまま、廊下を彷徨う。
そんな私の隣を、ただ雨音だけがついてくる。
ヴォルデモートさんは今頃、死喰い人さんとかと、アバダでケブダラなパーティしてるのかな。
想像して、ちょっと嫌な気持ちになる。
でも仕方ない。
「わっ!」
足がすべって、階段を踏み外しそうになり慌てて手すりを掴んだ。
何も考えずふらふらと歩いていた為、いつのまにか階段の前まで来ていたことに気づけなかったらしい。
危うく、転がり落ちるところだった。
ほっと安堵の息をつき、気を取り直して注意深く階段を下りていく。
すると、雨音ではない、別の物音が玄関ホールから聞こえた。
ヴォルデモートさんが帰ってきたのかもしれない。
とたんに頬を緩ませながら、足どりは先程よりも軽かった。
あ、やっぱり。
「ヴォルデモートさん、おかえりなさいっ」
声をかけると、黒い人影が振り向く。
「fist name……まだ寝ていなかったのか、お前は」
眉間に皺を寄せてそう言う彼は、どこも濡れていないようだった。
小降りではあるけれど、雨が降っているのに。
「なんだか眠れなくって……姿現ししたのですか?」
「いや、防水呪文だ。この屋敷の周辺は、外部の詮索を逃れる為に特異な魔法をかけてある」
「そうですか……」
それでまったく濡れてなかったの。納得。
でも、特異な魔法って、初耳。
ちょっと面白そうかな、と好奇心と興味が顔を出しそうになったけれど、詳細を聞くのは、今回はやめておく事にした。
この、穏やかで冷たく静かな夜には、無粋な気がしたのだ。
「いつもこんな時間に帰って来てるのですか」
「いつもより早いくらいだ。お前もさっさと寝るがいい。子供の起きてる時間ではない」
かちん、と来た。
子供だとか、この間私にあんな、あんなキスをした人がおっしゃるセリフなのでしょうか。
そんな事を言うくらいなら、キスなんかしないで欲しい。
「こ、子供じゃないですよ。難しい魔法……許されざる呪文だって使えるし、夜一人で眠れるし、」
「その歳でキスの一つもした事が無かったのだから、子供だろう」
「っ! な、そ、べべべつに、……か、開心術使いましたね! 卑怯!」
「は。術をかけられる隙のある奴が悪いのだ」
図星をさされて、恥ずかしさに体温が上昇しそうだった。
自慢じゃないけれど、恋愛経験がゼロに等しい。
だって、二次元に恋してるからね。二次元だけが恋人だからね。
したり顔で私を見下ろす彼に、悔しさがこみ上げて口を開く。
「別に、ききキスくらい、したことありますよっ! い、いろんな人と! ほら私、びしょう」
じょ。
その先は、声に出すことが出来なかった。
人生で、通算二度目の口付け。
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