お姉様とお話をしたけれど、まだよく分からない。
考えても考えても答えは出ず、うじうじと悩んでばかりで、自分でも嫌になってくる。
そんな中、一つだけ、はっきりと決まっていること。


私は、どうしたいのか。


私は、元の世界に帰りたい。


向こうには大切な物や人がたくさんあるし、ここには私の居場所は無い気がする。
いくら魔法が使えて楽しくても、ここの世界の人と親しくなったりしても、やっぱり向こうの世界が気がかりだし。
私はこっちの世界の人間ではないのだから、元あるものは元ある場所に戻るのが筋、というものなのでは。
ふと脳裏に浮かぶ、おばさんおじさん、友人たちの笑顔。
私が居なくなった向こうの世界では、皆はどう思っているのか。
……きっと、帰ってきてほしいと思ってくれているのでしょう。
そういう、人達だ。
優しい人達。
あの場所に戻りたい。
そうだ。

元あるものは元ある場所へ。

帰ろう。

いいえ、帰らなくては。

私が、もうこれ以上ここに何も思い残さないように。


「決めました」


ああ、私ったらなんて間抜けだったのか。

考えるだけ無駄なのに。

いくら悩んでも私の答えは決まってる。

元の世界へ。元の場所へ。すっぽりと、収まるようにして。


その時が、楽しみだ。








「あー! もー、やだ。やだよめんどいよ…………やめたい」


書物を投げ出して、ソファーに仰向けに倒れる。
ばさっと音を立てて本は床に崩れ落ちたけれど、今の私には拾う気力すらない、ので放っておく。

許されざる呪文。
そんな物騒なものを私は今、絶賛習得中だったりする。

かなり危険な魔法だということは承知の上だけれど、覚えておいてとりあえず損はないと思う。
自衛の手段にもなるかもしれない。
それに、ここまで来たらもういっそ全部の魔法を覚えてみたい……、とか思っちゃったりして。

でもやっぱり、さすが禁じられた魔法というべきか、他の魔法とは桁違いに難しい。

……正直、すでに心が挫けそうです。


誰かに教えてほしいなあ、なんて企んでみたりするけれど、


「許されざる呪文教えてー! なんて言える訳がない……」


普通にドン引きされるよ。
……や、でもここ闇陣営ですし……どうかわからない。
まあどの道、死喰い人さんとかには聞けないし、

「ヴォルデモートさんに聞く、とか…………いやいやない。それこそありえない!」

思えば、あのチュー事件から顔をあわせていない。
気まずいからヴォルデモートさんの部屋の近くとか、よく死喰い人さんと集まってなんやかんやする(察してほしい)大広間などには近づかないようにしている。
そしてヴォルデモートさんも、私の部屋には訪れない。
……ただ単に忙しいからなのか、それともわざと、なのか。
私としては会えないことは色んな意味で都合がいいのだけれど、なんていうか、こう……。


「さみしい、ような……」

クッションに顔を埋めたまま、ぽつりと呟いた。
くぐもった声はまるで、もやもやとした今の私の感情をそのままにしたみたい。

ここの世界に思いを残さないよう、必要以上に親しくならないようにと自分を戒めていた、というのに。
私って勝手だなあ。



それでも、身体は勝手に動く。









「ヴォルデモート、さん…………いらっしゃいますか」

扉越しに声をかけてみる。
心の赴くままここまで来てみたものの、お仕事だったりしたら、……笑える。
返事は無いし、物音も聞こえない。
やっぱりお仕事か、奥の寝室で、寝てるか…………。

「ああああ」

急に恥ずかしさが蘇ってしまい、思わず頭を抱えてうずくまった。
みるみるうちに体温が上昇していくのが分かって、更にいたたまれない。

やっぱり来るんじゃなかった。
やめておけばよかった部屋で大人しくじっとしておけばよかった、それなのに、私の馬鹿!



「fist name……?」

「え、」


背後から急に声をかけられて、びくりと肩を震わせた。

ま、まさか、この声は。

嫌な予感を感じつつも、ゆっくりと肩ごしに振り返ってみる。


「私の部屋の前で何をしている」


やっぱりヴォルデモートさんでしたー!

恥ずかしすぎて、今まで気配に気づけなかったとか、なんて情けない……。

平静になれと願いつつも、心拍数はどんどん早くなっていく。
そんな私とは対照的に、彼はまさに冷静沈着だ。
私を見下ろすその瞳も、冷たい表情も、いつもと変わらない。

……私はあんなに悩んだっていうのに、この人は、全く気にしてないのでしょうか。

もしかしてあのキスも、ただのお遊び、気まぐれ、とかそういう感じの、意味の無いものだった、の?

そうだとしたら、なんて馬鹿なのだろう。

いちいち気にして、お姉様に相談したりして、それで…………ああでも、よかったかもしれない。

うっかり本気にしたり好きになったりしなくて、本当によかった。

そうだ。
あの事は綺麗さっぱり忘れよう。

私はいつものように、何も考えずに笑っていればいい!


「fist name、何を黙っている?」
「……いいえ。何でもありません! あ、それで、ちょっと魔法を教えて貰いたくて来たのですけれど……今お暇でしょうか」
「……少しの間ならば、よかろう」
「わーいやった! ありがとう御座います! それじゃあ遠慮なくお邪魔しますねー」



ほら、簡単だ。

当たり障りの無い会話をして、笑顔を貼り付けて。

それから魔法を教えて頂いて、いつものとおり。


悩んで悩んで考えていたことも、蓋を開けてみれば大したことない。


ただ笑っていよう、その時が来るまで。














「で、この魔法を教えていただきたいんですけれど……」
「……許されざる呪文ではないか」
「はい。えっ、まさかダメなんて仰りませんよねヴォルデモートさん闇の帝王なのに許さざる呪文教えれないとかそんな事ありませんよねあったらイメージダウンで支持率減っちゃいますよ」
「…………仕方ない」
「さっすがヴォルデモートさーん! かっこいー! イケてるメンズ略してイケメン!」

口笛一つ吹いて、物騒な授業の始まり。


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