目を覚ましたらもうそこは自分の部屋で、もちろんヴォルデモートさんの姿は無かった。
もしかして、あれはただの夢だったの?

……でもそれにしては、感触がとてもリアルだった。


もそもそとベッドの中から起き上がり、ヴォルデモートさんがくれたドレッサーの前に座った。
手で髪を退けると、首筋に痛々しい傷の跡が現れる。


その傷が、夢ではない事を示していた。

これは、ヴォルデモートさんが噛んだ跡。

「あーあ…………」


ヴォルデモートさんは、どうしてあんな事をしたのか。

欲求不満だったから、ただの気まぐれでしただけ?
それしか考えられない。
ヴォルデモートさんみたいな人が私を好きになるだなんて、ありえない。

だから、……たまたまああいう事がしたくて、身近に居たのが私だったから、とか。
あそこに居たのが私じゃなくてもヴォルデモートさんは、キスを、したかもしれない。


「なんだか嫌だな……」


そんな事を考えていたら、なんだか胸がむかむかとしてきた。
気持ちが悪い。
唐突にそう感じて、唇をごしごしと手の甲で、強く擦る。
摩擦で熱を帯び、赤くなった唇。
鏡に映るそれは醜く、目を背けてしまいたくなる。


ヴォルデモートさんとキスをした。


こんな事をしたってその事実は消えない、消えないのに。

私がもし、ヴォルデモートさんを想ったとしても叶わないのと同じように、現実は、変わらない。


鏡に映る私は、ひどく惨めな顔をしていた。












「お姉様……あの、相談させて頂きたい事があるのです。聞いて貰えませんか」

出会って早々、いつもと違った真剣な顔をして私が言ったので、彼女は目を丸くして驚いた。

「いったい何だい? 言っておくけどね、アタシは忙しいんだよ。アンタなんかの戯れ事に付き合ってる暇は、」
「そこを何とか、お願いします。同じ女の子じゃなきゃ、……お姉様にしか、相談出来ないんです」

ぺこり、と頭を下げて日本人スタイルで懇願する。

「仕方ないね。そんなに言うなら話だけは聞いてやるさ」


アタシだって鬼じゃないからね。
そっぽを向いて言うお姉様の顔が少し赤くて、相変わらず萌え属性だなあと思いました。



早速お姉様を、私の部屋まで案内する。

多分、こういう事は女の子にしか、分からないだろうから男性には相談出来ない。
私の女性の友達はお姉様しかいないので、彼女に頼むしかなく。
そんなわけで、廊下を歩いていたお姉様を捕まえて、折り入ってお願いした訳だけれど。


「こんなにあっさり相談に乗ってくれるなんて思いませんでした……」
「何言ってるんだい、アンタから頼んでおいて」
「そ、それもそうですね。あ、そのソファーに座って下さい」


お姉様にまず座って頂いて、ポケットから杖を取り出し、呪文を唱えるのと共に手首を捻らせ杖を振った。

その途端、テーブルの上にテーブルクロスやティーカップ、ケーキなどが一瞬で並んだ。うん、我ながら上出来だ。

「アンタ……いつの間にこんなに出来るようになったんだい」

魔法が完璧に成功させる事が出来て頬を緩ませている私に、驚いた様子のお姉様が声をかけた。

無理もないかもしれない。
先日お会いした時は、私はまだ呪文集の中級魔法にてこずっていたのだから。
呆れられたり馬鹿にされた後も、お姉様が魔法のコツを教えて下さったことは、まだ記憶に新しい。


「教えて頂いたのですよ、ヴォルデモートさんに」


とても忙しい身だというのに、色んな魔法を彼は教えてくれ、私は覚えることが出来た。

物を浮かす魔法。
鍵を開ける魔法。
少し物騒な攻撃魔法。
そしてそれらの魔法の防ぎ方、反対呪文など。

私が失敗をしても彼は、ヴォルデモートさんは、きちんと教えて下さった。



「……アンタって、相当我が君に気に入られてるんだね。まったく分からないよ、魔法が使えるったってどうせ、……!」

突然苦い顔をして、お姉様は口をつぐんだ。
……ああ。

「気を使わないで下さい。私は貴方達の嫌いなけがれた血となんら変わりはないのですから。……ね?」

そう言ってにこりと笑いかける。
お姉様が気にする必要はない。
でも私は、別の意味で胸がずきん、と痛くなった。

私はけがれた血なのだ。
ヴォルデモートさんだってそう思ってる。
いくら優しくしてくれたって、自惚れちゃいけない。
……そう、頭では分かっているというのに。



「まあ、その事は置いとくとして……話って何なんだい?」
「あ、はい、その、…………」


いざその時が来たら、どう切り出したらいいのか分からない。

実は私、ヴォルデモートさんにキスされちゃってどうしたらいいか……!

なんて言えない。言えるわけがない。

視線をそわそわと泳がせながら、なんとか言葉を見つけて、口にする。



「……もし、もしもの話ですよ。好きになっちゃいけないけど、少しだけ気になってる人に、その……キスとか、されたら、…………どうしますか?」


やっとの事で搾り出した声は震えて情けないもので、今自分は彼女の目にどう映っているのかを考えたら、嫌になった。

せめて、私とヴォルデモートさんの事だとは気づかないで欲しい。



「…………なるほどねぇ。まさか、アンタからそんな浮ついた話が出てくるなんてね……今時の子供は皆こうなのかい?」


……フツーにバレていらっしゃる。


お姉様はただでさえ鋭そうだし、女のカンってやつもあるのでしょう。
でも、どうやら相手がヴォルデモートさんとはバレてないみたい。よかった。



「あの、それで、何かアドバイスとか……」
「そうだねぇ……アンタはどうしたいんだい?」
「、え……」


私は、ここでの生活を難無く過ごして、それで、


「わ、わ、たしは……別に……」
「なんだか煮え切らない答えだね。じゃあ、アンタはその相手とどうなりたいんだい」


どうなりたいか、だなんて。
私は元々この世界の人間じゃあないし、だからこの世界に居るのはおかしいことで、戻らなきゃいけなくて。
その時の為に、自分が辛くならない為には、大事なものを作らない事が一番で。


じゃあ、ヴォルデモートさんは。

その『大事なもの』の中に既に入ってしまっているんじゃ。


「私…………私は、」

勢いに任せて言葉を紡ごうとすると、お姉様が手の平をかざして、ストップをかけた。

「こういう事はね、fist name。悪いとまでは行かないが、他人に聞くのは筋違いだ。自分でよく考えるもんなんだよ」
「でっ、でも、」
「これ以上は聞かないよ。アタシはアンタと違って忙しいんだからね」


そう言ってソファーを立ち、私を置いて颯爽と扉へ歩いていってしまう。

今を逃すと永久にチャンスがやって来ない気がして、慌てて口を開く。

「あの、ベラトリックスさん!」


控えめに私が叫んだものだから、彼女は足を止めて振り向いた。


「また、お話しましょうね……?」



彼女の答えは、もちろん。


そして私は迂闊なことに、大事なものをまた一つ増やしてしまったのだった。








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