こんこん、とノックをして、返事を待つ。
……けれど、いくら待っても返事がかえってこない。

外出中なのでしょうか。
でも確か、夜中に出かけていて朝に戻ってきたから、………………もしかして、まだ寝てるとか。

もう昼だというのに。
そういえばヴォルデモートさん、ご飯は食べたのかな。
もしかして中で倒れたりして、ない……よね。

そうだこういう時は、強行突破しちゃいましょ。


「ヴォルデモートさーん」



かちゃり、とドアを開けて部屋の中を見渡した。

……居ない。

いつも座ってる椅子も空っぽですし、一体どこに…………。

「あ」


ふと、目に止まる扉。

……そういえば私、この部屋に入った事無かった。
いつもここでお話をしていたし、少し気になったことはあった、けれど。


ぶっちゃけ、すごく入ってみたい。
でも勝手に入るなんて、ヴォルデモートさんに怒られてしまうかもしれないですし。

…………そうだ。
少し扉を開けてみてヴォルデモートさんが居なかったらすぐに閉めればいいんだよそうだ、そうしよう……!
超グッドなアイディア。


「ちょっとお邪魔します……」


ゆっくりゆっくり、音を立てないようにドア開ける。
なんだか悪い事をしている気分です。
って、実質、してるよねこれ。


部屋を見渡してみると、奥の方に大きなベッドがあって、誰か寝ているみたいだ。
き、気になる。
ふつふつと沸き上がる好奇心に勝てず、扉をそっと閉めて恐る恐るベッドに近づいてみると、


「ヴォルデモートさん……」


瞼を閉じてゆっくりと寝息を立てている。
綺麗で整っているのは変わらないけれど、いつもの偉そうな姿からは想像もつかないような、安らかな顔で眠っているものだから、思わず凝視してしまう。


ていうかこの人。


寝るんだ…………!

今までずっと、知らなかった……!


お仕事?上、夜に出掛けたりする事が多いし、朝も昼も死喰い人さんを集めて会議とかしてるから、ずっといつ寝てるんだろうって気になってたしいやむしろ死を超越したヴォルデモートさんに睡眠欲なんて無いのかもしれませんね、とか。


……でも、ヴォルデモートさんも、ちゃんと寝るんですね……。

床に膝立ちになって、綺麗な寝顔を眺めてみる。

なんだか男の人じゃないみたいで、きっとヴォルデモートさんは女装とかしたら絶対誰よりも似合うと思う。

……なんて言った日にはアバダケダブラされそうだけれど。
……今思った事はお墓まで持って行かないと、いけないね。


でも、こうして見ると、まるで普通の人みたい。


ヴォルデモートさんの寝息しか聞こえない静かな部屋で、ぽつりと呟いた。

彼が闇の帝王でない、ただの過度な純血主義を持つ普通の人だったなら、世界はどうなっていたのでしょう。

……想像が出来ない。

でも私、

「闇の帝王のヴォルデモートさんの方が好きかも……」


闇を統べる彼だからこそ、私はヴォルデモートさんというキャラを好きになったのだから。


例え………………そのせいで破滅に向かうのだとしても私は、きっと止めない。

私なんかが原作を変えてしまうなんて、それこそ有り得ない話。

それに私は、いつかは元の世界に帰るのだから。

中途半端な気持ちで彼を救おうだなんて、とても、愚かだ。


…………死んで欲しい訳ではないけれど、私は助ける事も出来ない。


私という生き物は、何て非力。
ここに来たのが私みたいな子じゃなく、もっと、強くて、物語すら変える力がある子だったなら。
…………私、って。


なんだか、とても、


…………やめよう。

必要以上に暗くして、得られるものなんて何も無い。
よくある悲劇のヒロインなんかになりたい訳でもないのですから。
私はありのままここで時間を過ごしてそして元の世界に戻って、ここの事を忘れてしまえばいい、それで全て元通りだ。
罪悪感も背徳感も優しい思い出も、すべて。


「…………」

何となく、触れたくなって、ヴォルデモートさんの髪に手を伸ばしてみた。
さらさらの髪は私の指からまるで逃げるように滑り落ちる。
ただ無心で、それを数回繰り返した後、白い頬に手を伸ばして、やんわりと触れてみる。

男の人なのにすべすべで、目の下にうっすらと隈がある事以外一点の曇りもなく、まるで陶器のようで、女の子の私としてはすごく羨ましい。


「ヴォルデモートさん……私は、」


頬から、薄い唇に指が触れそうになった時、ぐいっと強い力で腕を引っ張られ、視界が急変した。

何が起きたのかよく分からないまま、反射的に閉じていた瞼を開く、と。


「一体何かと思えば……お前か、fist name」
「あ、」


どうやら、いつの間にか起きていらっしゃったヴォルデモートさんに組み敷かれている、らしい。

睡眠を邪魔されたからかいつもより顔をしかめて、加えて寝起き特有の、低い声……、なんていうか、すごく…………怖いです。

怖いのに、至近距離だから、ちょう恥ずかしい。
羞恥プレイにも程ってものがあると思います……!


「何故、ここにいる?」
「や、そのなんていうか…………探してて……扉が気になったから……すみませんごめんなさい」

もう許して下さい。


こんな状態だからか、胸の鼓動が早くなる。
平静になれと自分を叱咤してみるものの、だんだん顔が紅潮していくのが分かって、余計に恥ずかしくなった。

せめて、ヴォルデモートさんには絶対気づかれたくない。


「…………」


怒られるかなと思ったのに、ヴォルデモートさんは私を見つめたまま何も、言わない。

……いつだったか同じような事があったような気が、します。
妙な居心地の悪さを感じながら、記憶を手繰り寄せてみる。
ああ、そう、確か。
まだ私がここに来てすぐで、死喰い人さんから追いかけられて夢だと思ってたから飛び降りてそれで、目を覚ましたとき。
こんな感じだった、なあ。


あの時はヴォルデモートさんの事全然知らなかったから、こんなに、ドキドキ……というか緊張というか、いやあの時もあの時で緊張はしたのだけれどでも、でも。


私はいつだって考えてから行動を起こす事が多いし、何かを深く考えたりするのは、嫌いじゃない、むしろ好きなのに。

ヴォルデモートさんと近くなったりすると、頭が回らなくなる。

思考が完全停止するっていうのでもないけれど。


だからこういった時一体どうすればいいのかわからない。


こんな気持ちを抱いたのは、初めてです。



「って、ヴォル、デモート、さん、……?」
「………………fist name、」


ぽすり、と肩に感じる重量。
その訳は、ヴォルデモートさんが顔を埋めて居るからだと理解して、ますます体温が上昇しそうになる。
ああもう、私は何をどうすればいいの!

「ヴォ、ヴォル、」
「うるさい」
「え、えええ…………」

うるさい、とかそんな可愛く言われても困ります。
しかも、どうやらそのまま寝てしまったらしく、私の事なんて気にせずヴォルデモートさんは先程と同じように、気持ち良さそうに寝息を立てている。
……それは別に良い、のだけれど。


「どうして私の上に乗っかったまま、寝るんですか……!」


おもっ、重いよっ…………!超重いよ!

でも、動いたらヴォルデモートさんが起こしてしまうかもしれない。
眠そうにしていたのに一度起こしてしまったからそれは避けたいし、それに何より、


あったかい。


……人の体温というものは、ここまで暖かかったのでしょうか。


それとも、ヴォルデモートさんだから?

…………なんて、ばかげてる。
私も存外、可愛いらしい事を考えたものです。



でも、どうか今だけは、この優しさに触れて溺れていたいと、願う。






   


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