目的もなく、ただぶらぶらとそこらを散歩する。
先程まで魔法の練習に励んでいたのだけれど、あまり上手く行かなくて、ちょっと気分転換がしたかった。


というわけで、散歩である。


部屋にこもりきりのはさすがに気が滅入るし、少しくらいは身体を動かさないと……でないと、もしものピンチ時に危ない。

以前の死喰い人さんとの鬼ごっこで、ものすごーく、懲りた。
前の世界で、外にも行かずお家でゲームばっかりしてたからこんな体力ゼロに育っちゃったんですね……せっかくいつも叱ってくれたのに、おばさんごめんなさい。


そういえば、おばさんおじさんはどうして居るのでしょう。
私が居なくなって…………慌ててる?心配してくれてる?それとも、


清々したと、喜んでいたりとか、


「……や、無いですね。ナイナイ」


あの、優しいお二人に限ってそれは無い。

親族の誰もが私を煙たい目で見ていた中、毅然とした態度で、この子は私どもで預かると言って下さったおじさんだもの。(あれは不覚にもキュンときた。もういい歳したおじさんなのに)

引き取られた直後接し方がよくわからなくてうまく言いたい事を伝えられなかったり、放っておいてと泣く、私の頭を優しく撫でいつだって話を聞いてくれたあのおばさんだもの。



と、そこまで思い出したところで、そんな気は無かったのに、母の顔を思い浮かべてしまう。

……思えば怒鳴られてばかりだったような。
怒鳴った後はいつも、泣いて泣いてもう嫌だと、頭を抱えてやっぱり、泣いていた。


彼女は一体何が悲しかったのだろう。
私は今でもわからない。
……嫌だったのは、私?


…………まあ、何はともあれあれらの全ては昔の事である。
過去は過去、と割り切らない限り私は進む事は出来ない。
そんなのは嫌。

たかが過去に縛られて立ち止まるなんて、愚か者のする事。



「……ま、それは置いておくとして。すごく、暇です…………誰かー、ルーシウースさーん、あーそーぼー」


しいん。
声を張り上げてみるも、辺りはまったくもって静かである。
ここで都合良く出てきて下さったのなら、座布団一枚、いいえ二枚あげたのに。出血大サービスなのに。


……ルシウスさんとは。
ぶっちゃけ、この間の一件で、少し、いいえだいぶ近づけたと思った。
でもそれは私の思い過ごしだったようで、私がお茶とお菓子を薦めてもいらないと言うし、私が話を振ってもほとんど単語でしか答えない。


例えば。


「ねえねえルシウスさんこのケーキ、なんて名前なのですか?」
「………………ティラミス」

「ねえねえルシウスさんルシウスさんはどんな紅茶がお好きですか?」
「………………ダージリン」

「ねえねえルシウスさん話聞いてますかオイちょっとこっち向けやゴルァ」
「……………………申し訳ありません体調が悪いもので」



体調悪いってお前、体育の先生はそんな事では休ませてくれないんだからな!
まあでもルシウスさんは青白い顔してて病弱そうだから頑張って演技したなら騙して保健室という楽園に行けたかもしれない、です。

……ん?待ってよ。くそ。私に足りないのは顔の青白さだったのかッ……!
今度から私も顔青白くしてみよ…………あっ今異世界じゃないの、無理だわぁ。



窓の外を眺めながら、ごちゃごちゃと無駄な事を考える。
外はどうやら曇り空らしく、草木がどことなく元気がないように見え、た……けどそんなに変わらないですねいつもと同じ気がします。


殺風景な廊下をただ歩いてるだけではつまらない事山の如しなので、適当に見つけた扉を開けてみる。


「わお」


右も左も本、本、本ばかり。
どれもきっちりと本棚にしまわれていて、几帳面で細かいヴォルデモートさんらしい。


わりと興味を持ったので、タイトルをなぞりながら歩いてみる。

「ルーン古代文字、魔法薬学応用編、魔術具を改造するには、禁じられた呪文の基本に闇の魔術のすすめ、…………うわあ」


見事にダークなものばかりである。

まあでもヴォルデモートさんらしいし、彼の本棚にリボーンとか銀魂とか少女漫画とかラノベとか初音ミクのCDがあったら…………うわ、考えちゃった。

イベントで、ポスターが入ったリュックを背負って新刊を三冊(実用布教用保存用)ゲットしようと列に並ぶヴォルデモートさん。


イケメンがだいなしっ!とか思ったけどヴォルデモートさんなら逆にモテそう。


漫画にラノベにCD、…………。



「そういえばここに来てから随分と経ったような気がしない、でもないですよ」


大まかに数えるなら、……もうすぐ一ヶ月ほど、でしょうか。
早かったな、と思うのは、きっとここでの生活が予想外に楽しかったからなのでしょう。

実際超好待遇ですし。


以前から好きだったキャラのヴォルデモートさんの事も、たくさん知ることもできた。
……なんていうか主に、優しい、ところ。


私が異世界から来た人間でなきゃ、うっかり好きになってしまっていたことでしょう。
……まあ私は、いずれ向こうに戻るのでしょうし。

それに、向こうの世界も恋しい。
おばさんおじさん友達に学校にバイトもしてたし、何よりネットが出来ないテレビが見れない音楽が聴けない漫画も読めないゲームも出来ない、って環境は、ヲタ充な私にとってキツイ。

「いずれ元に戻るんだから」

元居た場所へ元々居た私は、帰るったら元居たそこにすっぽりとはまるように戻る事が出来る。
何より、あの場所には私を受け入れてくれる人が居る。誰も皆、かけがえのない大切な人達。


確信は無いけれど、それがお約束ってものであって。
だから私はあまり深く関わりを持ったらいけないのだと思う。

向こうに戻ったら、案の定、欲張りな私は必ず寂しくなってしまうのでしょう。

でも、そんな事思っておきながら、ヴォルデモートさんとは、ほんの少しだけ、関わりすぎてしまったような気も、


……いいえ。
まだ、大丈夫。

まだ、これくらいの距離なら、離れても大丈夫。

向こうに戻ったなら、その時はきっと、目まぐるしい日常が、忘れさせてくれるに違いない。


この、甘く優しい幻想を。



だから、それまで。



あともう少しだけ、この気持ち良い関係を保っていましょうね、ヴォルデモートさん。













そうして私はまた、知識を得るべく本を手にとりページを開いた。
やっぱりヴォルデモートさんの持ってる本は、難しい。


「むずかしいよ」
誰か教えて。


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