コンコン、と軽いノックの音と、
「fist name様、アフタヌーン・ティーをお持ち致しました」
ルシウスさんの声。
待ってました!
と言わんばかりに跳ね起きる。
危ない危ない。
もう少し来るのが遅かったら寝てしまう所だった。
私がお昼寝に興じているとルシウスさんは起こさずさっさと帰ってしまう。
あろうことか、お菓子とお茶を持って!
「どうぞ」
未だ寝ぼけたままの掠れた声で返事をして、慌ててラウンジ・テーブルの上を片付けた。
散らばっている物は、本やカエルチョコレート、百味ビーンズなどなど、魔法界ではおなじみのお菓子が主である。
ちなみに全て、お姉様に頼んで持ってきて頂いた物。
心底嫌そうな顔をしながらも持ってきて下さるベラトリックスお姉様は、ここ最近で一番頻繁に接している死食い人さんだったりする。
ルシウスさんはこうしてアフタヌーン・ティーの準備を毎日してくれるけれど(ヴォルデモートさんに頼んじゃったテヘ)、準備を終えるとさっさと帰ってしまう。
ご本人は、私を嫌っている態度を見せないようにしているけれど、それでも態度が素っ気ないので丸分かり、といいますか。
片付けをしている私を一瞥もせず、無表情でカチャカチャと食器の音を最小限に抑えながらカップにお茶を注いでいる、ルシウスさん。
そのお茶が、昨日リクエストしたロイヤルミルクティーで安心した。
……他の死食い人さんは……例えばブラックさんとか、レストレンジご夫婦とか、は、あからさまに嫌だって感じの顔する或いは言うのですけど、ルシウスさんはそういった感情を抑えている。
嫌われている本人からしてもそれは見ていてあまり気持ちが良い訳でもなく、なんといいますか、
「もっとおもてに出せばいいのに」
ついポツリと呟いて、その言葉にルシウスさんは珍しく手を止めて反応し、アイスブルーの綺麗な双眸(そうぼう)をこちらに向けた。
少し、何とも言えないような表情をしてそれから、表情が冷たいものに変わる。
あ、ちょっとヤバイ?そう思った時にはもう遅かった。
「何の事でしょうか?」
久し振りにルシウスさんの声を聞いたような気がするけれど、こんなに尖ったものでしたでしょうか。
いいえ、私の前だから、なのでしょう。
……もうぶっちゃけてしまおうか。面倒くさくなってしまった。
「だからホラ。私のこと、憎いって、死ねばいいのにって、思っているんでしょう、なら我慢しないで目いっぱい態度に表してしまえば、」
いいのに。と言い切らないうちに、身体が傾き背中に激しい痛みを感じた。
それはとても一瞬の事で、間抜けな私は顔を上げてようやく理解した。
先程よりも冷たい表情で、床に倒れている私を見下ろしているルシウスさん。
青白い肌がみるみる赤く染まっていく。
どうやらとっても怒らせてしまったよう。
下手をしたら殺されるかもしれない。それだけは避けたい。
「ご気分はいかがですか、fist name様?」
先程とは打って変わった様子で、ひどく楽しそうに笑いながら、それでも丁寧な口調は崩さないルシウスさんに、私も少し笑ってしまいそうになる。
打ち付けた背中が痛いし、もちろん怖いので、そんな事はできないのだけれど。
でも、なんだか愉快だ。
背中の痛みも相まって、うまい事を言うならば、痛快、とかそんな感じです。
「最高ですよ、ルシウスさん」
なんて。
反射的に答えてしまってから、あっと思った。
更に煽らせた!
あああ私のばか……!
もっとやれって言ってるようなもんじゃないの。
最初に断っておくと私はドMじゃない。
だから床に倒れているのももちろん癪なので、起き上がろうと、痛みを無視しながら腕に力を入れ、……
その瞬間、首元にぴたりと向けられる杖。
「…………過度の我慢は良くないですよ。小まめに表に出していった方が後々ラクです、我慢しすぎるとこういう事になりますから、ね、ルシウスさん」
「うるさい、黙れ! 愚鈍なマグルは状況を飲み込む理解力すら持ち合わせていないのかっ!今お前の命を握っているのは誰だと思ってる?」
「ルシウスさんですね。別にいいですよ何されたって、私も煽っちゃいましたからほんの少し後ろめたい所がありますし、でもヴォルデモートさんが何て言いますでしょうかね、ああ、何て言うか、だけじゃ済みませんでしたねそういえば。あの人はそういう御方ですものね、そこんとこは私よりルシウスさんの方がよく分かっているでしょう」
焦りに舌がもつれ噛みそうになるのを必死に耐えて、気丈に振る舞って見せる。
強がりもいいところだと自分ですら思うけれど、弱気な態度を他人に見せる位ならこっちの方が、まだマシだよ。
「…………」
私の言葉を聞いたルシウスさんは顔を歪ませて、口を閉じた。
やがて諦めたのか、忌ま忌ましそうに舌打ちをして、杖を下ろした。
助かった……!
ホッと胸を撫で下ろすのもつかの間、こんな所一秒だって居たくない、と言わんばかりにくるりと踵を返して、扉へ向かうルシウスさん。
……嫌だ。せっかく、
「あ、の……!」
ぴたりと足を止めた彼。
「一緒に、お茶しませんか」
ぱっとこちらを振り返るルシウスさんの顔は、何を企んでいるのか、といった表情をしていた。
気にせず言葉を続ける。
「私、嬉しいのです。貴方が本心で接して下さったこと。どんな形であれ、私は、嬉しいです。えっと、何でこんな事を言うのかって言うと、さっきの事で、ルシウスさんがどんな人かって、ちょっと分かりました、けど、もっと知りたいなって。ほとんど毎日顔を合わせているんですし、だから、その。もう少し、ちゃんとお話しませんか……?」
アイスブルーの瞳を見つめながら、真剣に言った…………のはいいけれど、やっぱりダメなのでしょうか。
ルシウスさんは驚きに目を見開いたままで、数秒が経つ。
「…………お前は馬鹿なのか」
「え」
ちょ、聞き捨てならない。
「……己を殺そうとした相手と話したいなど、馬鹿以外の何者でもないかと」
顎に手を当ててしみじみとおっしゃる、殺人未遂犯。
「…………それならルシウスさんも十分ヘンです」
なんだか、この人と上手くやれそうな気がしてきました。
さすがドラコのパパ。
「一体なぜ私がこんな事に…………?」
とても思い詰めた表情で、心底不可思議そうに彼がつぶやいた。
断固として断る!と言うルシウスさんを、「ヴォルデモートさん」という一言で黙らせた後、ラウンジ・テーブルを囲むソファに強制的に座らせていたりするのだから、無理もない。
おまけに、ソファは一つしかないので多少距離はあれど、私と彼は並んで座っている。
ハイパー純血主義のルシウスさんにはキツイのでしょう。ざまあ。
「うーん、ちょっと冷めちゃいましたね……」
ロイヤルミルクティーを一口飲んでそうごちた。
飲めない事は無いから、まあいいのだけれど。
「…………我が君にどうご報告なさるおつもりですか」
冷静を取り戻したのか、敬語に戻っている。
「嫌ですねぇ、報告なんてしませんよぉ。私は優しく思慮深いですから。ルシウスさんとお茶が出来るだけで、もう今日は何も望みませんし?」
我ながらひどい厭味である。
ちらりと隣のルシウスさんを見ると、信じられないと言った表情でわなわなと怒りに震えていた。ざまあ。
「……くっ……この私がマグルなんかと……!(言葉にならない)」
「まあまあルシウスさん、ここは純粋に、お茶とお菓子とお話を楽しみましょうじゃありませんか。ね!」
にっこりと笑って、私はお菓子に手を伸ばした。
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