「わー、これ可愛い」


ショーウィンドウに飾ってあるドレスを見て、つい足を止めてしまった。
淡いピンク色をした、裾や袖にフリルやレースがついたとても可愛らしいドレス。
憧れはするものの、着たいとは思わないのだけれど。
女の子らしすぎる格好をすると、なんだか気恥ずかしいというか、そわそわして落ち着かない時がある。

普段着ないような服だから仕方ないのでしょうけれど。


「なに余所見してんだい! さっさと来ないと置いてくよ!」
「あ、ごめんなさい……つい」
「まったく、一体何でアタシがこんな役目をしなくちゃいけないんだか…………」


顔をしかめながら、ブツブツと文句を唱えるお姉様。
そんな顔もお綺麗です!
とは思ったけれど、口に出したら怒られるので、心の中だけで叫ぶ。

「あっ、あれじゃないですか? オリバンダーさんのお店!」

人混みの中に一つ、古びた看板を見つけて、指差した。
看板には、「オリバンダーの店:紀元前382年創業高級杖メーカー」と書いてある。
映画で見た時とまったく同じの光景。


これから私は、生涯で大事なパートナーと言える、杖を選ぶのです!

ワクワクする!


きっと皆、初めて杖を選ぶ時はこんな気持ちだったのだろうと思う。
興奮して、足がもつれてしまいそうになるくらいに、手が震えてしまいそうになるくらい、それくらいに、今の私は驚きと期待ともやもやとその他いろいろとで、支配されてたり。


「本当にここでいいのかい? もっと良い店もあるんだよ」


身を屈めながら、少し小声になってお姉様がそっと囁いた。
オリバンダーのお店で杖を買いたいと言ってから、何度も言われた。
お屋敷を出る前に、私が闇の魔術もそこそこ興味がある、とも言ったので、それならばノクターン横丁にある店で杖を買った方がいいんじゃないかと。

確かに、闇の魔術に適した杖は欲しい。

けれど、やっぱり、ヴォルデモートさんが杖を買ったお店で、私も杖を買いたい。
その他にもハリーとかジェームズとか、重要な登場人物がここで杖を買うのだし。
ミーハーな行為だと分かってはいても……!


「ここが良いんです。でも、ありがとうです、お姉様」
「フ、フン! ち、ちんたらしてるんじゃないよ、さっさと選んでアタシは帰りたいんだよ!」

……典型的なツンデレですね、おいしいです。
頬を緩ませながらお姉様の後に続いて、お店に入った。








「……これも違うな」

眉を八の字にして、オリバンダーさんが苦々しくつぶやいた。
もう何度目かも分からないこのやり取りに、私も同じような顔をしながら無言で杖を返す。

いい加減飽きてきました。
ため息をつきたいのを我慢しつつ、店内中に散乱した箱を、とりあえず隅のほうに積み上げておく。

最初に手にとった杖は店の窓ガラスを粉々にし、二番目に握った杖は積み上げられた箱を
めちゃくちゃに倒し、今度こそはと三番目に手に馴染ませた杖は、あろうことか何をしても何も起きなかった。
ちなみに、それぞれの杖に対するオリバンダーさんのうんちくも、五本目辺りで終わった。いちいち説明するのが面倒になったのでしょう、気持ち分かりますよ。
時間が経っていくうちにお姉様も苛つき始め、腕組みをした人さし指がとんとんとんとん、速めのリズムを刻んでいる。

そろそろ決まってくれないかなあ、とか本人である私すら感じているのだから仕方ない……。


「ああ、近年稀に見る、百人に一人ぐらいのお客さんだ……ううむ」


オリバンダーさんが顎髭をいじりながら、難しい顔をして少し考え込む。
私のせいでここまで手こずらせてしまっているので、少し申し訳ない。
杖が中々決まってくれないのは、やっぱり、私が異世界から来た人間だから、なのでしょうか。
それともただの偶然?


「ようし、ちょっと待っていてくれるかな。少し倉庫に行って探してこよう」
「……すみません」


倉庫に行かないとダメなくらい、ここには私に合ってくれる杖が無いらしい。
悲しいような嬉しいような、とっても複雑。
ハシゴから降りて、店の奥へと消えていくオリバンダーさんを視線だけで見送り、私とお姉様が同時にため息をついた。


「……はあ。早くしとくれよ……一体いつになったら決まるんだい……?」
「むぐ……早く決めたいのは山々なのですけれど…………私って杖に嫌われているんでしょうかね……」
そうだとしたらちょっとへこむよ。
「そんなのアタシが知る訳ないだろう……」
「ですよねー」


それにしても、ヴォルデモートさんがすぐに外出許可を出してくれたのにはちょっと驚いた。
お姉様と初のご対面をしたのち、あれからすぐに部屋にお姉様が来て、杖を買いに行くのを付き添ってくれる、と言われた。
どう考えてもお姉様は私の事をよく思っていない筈なのに、聞けばヴォルデモートさんに頼まれたから断れなかった、らしい。

そりゃ、ヴォルデモートさんに頼まれたら誰だって断れない。






「どれ、これならきっと……」

ぼーっとしている間にオリバンダーさんが出てきて、布に包まれた埃をかぶった箱を手渡される。
古びた木箱。
よほど放置されていたのか、蓋を開ける瞬間にも埃が宙を舞った。

「げほっげほっ……」


さ、最悪!
埃が目に入って、痒みをもよおす。
ひとまず蓋をその辺に置いて、片手で目元をごしごしと擦った。
うう、きもちわるい……。


「あー、すまんすまん……長らく動かしていなかったものでねえ……」

本当に申し訳なさそうな顔をしながら、杖を振って目の痒みを消してくれた。
そのまま、箱についた埃も、未だ空気中に舞っている埃もすべて、綺麗さっぱり消した。

何度目にしても、見惚れてしまう。

私が今まで魔法に触れた事がなかったからなのだろうけれどでも、やっぱり、魔法というものは、なんて、なんてステキなんだろう!


私も、早く魔法が使いたい。

迷わず杖を手にとり、何も考えずに右腕をくるり回す、と、


「わあ……!」


きらきら、きらきらと、虹色に輝きながら舞い上がる、いくつもの光の粒子。

キャンディほどの小さな粒から大きなカエルチョコサイズのものまで、様々な。

レッド、ブルー、グリーン、イエロー、オレンジ、ピンク、パープル、数え切れないほどあふれる色、色、色。

ひらひらと舞うように、それらはせまい店内にふわり、広がり続ける。

私にはその光が、まるで、天に羽ばたこうとしているようにすら、見えた。


光の粒に見惚れる中、ふと、握った杖から何かが流れ出していくような感覚を覚える。
もしかしたら、これが、魔力?

隣でオリバンダーさんが、少し離れたところでお姉様が、それぞれ息をのむ。


「…………」

どれくらい眺めていたのかは分からない。
ふっと、まるでシャボン玉が空に溶けていくように、それらは消えた。


今のが、魔法。
ずっと、憧れていた魔法……!


「……ブラボー!」
「わっ……」

オリバンダーさんがパチパチと拍手をし、ようやく我に返る。
随分と興奮しているらしく、まぶしい笑顔を振りまきながら、両手を握られる。

「何十年も杖を人の手に渡してきたが、これは素晴らしい! いやあ、貴方に杖を選んでもらう事が出来てよかった! 貴方はいずれ、奇想天外な事をやってのけるでしょう! ええ、間違いない!」
「あ…………あ、りがとう、ございます……」

どう反応すればいいのかいまいち分からない。
でも、杖がこの子に決まったという事だけは分かった。


「ほら、決まったんならさっさと行くよ! 釣りはいらないからね」


お姉様が、ヴォルデモートさんに渡されていたらしいお金をオリバンダーさんに投げて寄越した。それを、慌ててキャッチするオリバンダーさん。ちょっとかわいい。
金額を見て、オリバンダーさんがとても驚いていた。

……まあ、ヴォルデモートさん、お金持ちでしょうからね。これ位きっと何とも思ってないんでしょう。




……ヴォルデモートさん。
早く帰って、この杖見せたいな。
あと私がいかにスゴイかって事?でもそんな事言ったらバカにされるんだろうな。
偉大なのはこの私だ、お前など足元にも及ばん、とかね。
まあ、バカにされてもいいや。
とにかく話したい。


    


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