少女は、目の前の情景を、しらっとした顔で平然と隣に立っている男を、全てすっきすっぱり無視して、気を失ってしまいたくなった。しかしそこは、なけ無しのプライドと意地で意識を留める。眼前に広がる光景は、少女が自ら望んだものの面影は欠片も無く、正反対の世界が其処にあった。顔を引き攣らせながら、隣に居る、やたらと顔の整った男の服の裾を引っ張って、目線だけで己の気持ちを訴える。

どうして、と。
既に半泣きの少女を見下ろし、男はにこりと、この場に似つかわしくない、見る者によっては爽やかな、少女にとっては腹黒い笑みを返した。



「う、嘘つき……!」
「誰がだ。ちゃんと連れて来てやったろう」
「わ、私が行きたいのは美味しいアイス屋さんや楽しいお店が沢山ある、ダイアゴン横丁なのですよ! こんな、じめじめした陰鬱で暗いとこじゃないのです!」
「そう言うな。ノクターンも楽しいぞ?」
「どこがですか!」

デス・イーターや闇魔法使いの蔓延るノクターン横丁の、いったいどこが楽しいというの!
おそるおそる辺りを見回してみると、目があうと怪しく微笑みながら手招きをしている老婆や、明らかに、貴方カタギじゃないですよね、と言いたくなるような強面のしかもめちゃ瞳孔の開いた魔法使いがそこかしこに見えた。見なきゃよかった。

ここが、夜の闇横丁。
映画や小説等で見たり想像したりはしたが、街全体の持つ雰囲気に、今更ながらちょっと震えてしまいそうになる。仕方ないね私かよわい女の子だし。
とりあえず、『ちょっと呆けていたらあれれ?もう迷子!』なんてベタなオチにならないよう、彼の服の裾を掴んでみる。
怖気づいている私とは裏腹に、ヴォルデモートさんはとっても楽しそうである。珍しく、眉間に皺を寄せていない。不気味な。
きっと、私をビビらす事が出来て満足なんだろう。そんな彼はノクターン横丁より陰湿かとおもいます。

「あの……これからどうするのですか……?」
「この奥にある店に、注文していた物を取りに行く。その間もしお前が迷子になったら置いていく」
「ちょっ……待って下さいですっ」

彼は至極非道な事を言い切ると、私を置いてさっさと歩き出した。慌ててそれについて行く。こんな怖い所で迷子なんてなったら、それこそ死亡宣告だ。売られて終わる。例えばそこの壁にもたれて座っているおばあさんとかに。ヤベッ、目があった。
絡みつくような老婆の視線から逃れるように、そそくさとヴォルデモートさんの影に隠れる。元々彼は長身だし、どちらかというと私は背が低い方なので、直ぐに先程の老婆が見えなくなった。

車も通れないような細い路地に入り、右折したり左折したり、まるで蜘蛛の巣のように複雑な道を、彼はすいすいと通って行く。きっと慣れてるんだろうなあ。
程無くして、ヴォルデモートさんが立ち止まった。もう着いたのかと思って彼の後ろから頭をひょこ、と出してみると、其処には何も無く、只の行き止まりで、殺風景なグレーの壁ににょきりと生えた一つの黒いランプが煌々と輝いているだけだった。いくら見渡しても、扉も何も見えない。

さてはヴォルデモートさん、道を間違えたな!
心の中でほくそ笑む。完璧な彼が、何かを間違えるなど滅多に無いこと。よし、これはチャンスだ目一杯からかってやろう……とニヤニヤしながら隣のヴォルデモートさんを見上げると、ポケットから杖を取り出し、その行動に私が首を傾げていると、彼は一歩踏み出し、杖で壁をこんこん、と叩きながら、何か呪文らしきものを短く呟いた。
すると、グレーの壁の表面に浮き出るようにして、赤黒い古ぼけた扉が現れ、彼は迷いなくドアノブに手をかけた。

……なるほど。
この扉の中のお店が普通じゃない事くらい、私にも分かる。外部からの詮索等もこうすれば、部外者からの来訪や、情報、その他もろもろの流出も防げるという事か。いささか面倒な気もするが、まあ、背に腹はかえられないというし。
よく考えたものね。

「早く来い」
「え、あ、わわっ」

私が色んな事に関心している間に、彼はもうお店の中だった。
ちょ、ちょっとくらい、待ってくれたって……。




一歩足を踏み出せば、もう、そこは既に計り知れない程の別世界が広がっているものだ。
思わずそんな中二病じみたフレーズを頭に思い出してしまった。この間読んだ本でこんな感じの文があった気がする。ち、悪影響な本め、帰ったらインセンディオしちゃおう。
だがしかし、そんな一文を思い出さずにはいられないような、そんな光景だったので、仕方ないとも言える。
ぎしぎしと軋む床には魔術道具が落ちていたりもしくは置かれていたりするし、私が元住んでいたお家の冷蔵庫の倍ほどもある大きな木製ガラスケースには、所せましと物が並べられていて、イテッ、頭に何か当たったぞ、と天井を仰げば、色んなものが釣るされていたりする。


これら全てが、魔術道具だなんて。相当な数、だ。
どれもこれも、異世界からやってきた私には興味深くて、それらを興味津々で眺めていると、彼はもう私を置いて店の奥へずんずん進んで行ってしまった。結局置いてくのか!
まあ、ここに居れば迷子になる事も無いだろうと開き直り、私は私で、存分にお店の中を見学させて貰うことにしよう。ヴォルデモートさんについて来ただけだけれど、私だって一応お客様という立場。買わないけど、見て回るくらいなら……。いいよね、お客様はお店にとって神様みたいなものなのだから。

「ふむふむ……おもしろい物がいっぱいだなあ」

とりあえずは、近くにある棚から見る事にした。手を背中で組んで、丁度目の高さにある段の道具を見やる。
右から左へ視線を流していくと、天井のランプから零れる、僅かな光に反射されて金色に輝く時計を発見した。

はっ、これが逆転時計ね!
思わず手にとってしげしげと眺めたくなる衝動を抑える。映画や小説で、ハーマイオニーが使っていたのを思い出した。全部の授業に出るなんて荒業、後にも先にも彼女にしか出来ないだろう。レイブンクローにも入れたでしょうにそうならなかったのは彼女が彼女だからなのでしょう。って訳がわかりませんね。

「……はわー。魔術道具なんて、無駄にゴテゴテしたセンス悪いものばっかりと思ってましたけど、こうして見ると、わりと……」

悪くない。
寧ろ、控えめだが可愛いデザインや上品な物もあって、ちょっと欲しくなってしまったくらい。うん、造った人ナイスですね。ちょーグッジョブ。
そんな事を思いながらにやにやしていると、棚のガラスにヴォルデモートさんが映った。夢中になって気づかなかった。
慌てて振り返ると、呆れたような目をした彼が黒い箱を持って私を見ていた。

「案外早かったのですね、もっと見てたかったのに、残念なのです」
「……依頼していた物を受け取りにきただけだからな。にしても、少し位大人しくしていられないのか……お前は……」

再度呆れたよーな、諦観に満ちた眼差しを受けるが、あえてそこは気にしない。目を逸らしてしらばっくれた。
それに。

「失礼なこと仰いますですねえ、私はちゃーんと大人しくしてましたのです。 二、三個、手にとってみたくなってもきちんと我慢してましたし、褒めてほしい位なのですよ!」
「褒めて貰いたいなら、帰り道でも迷子にならずに従順に俺様の後をついて来る事だな。それこそ、犬のように」

にやりと、綺麗な顔を歪ませて言われる。
彼は顔の造りだけはいいので、思わず見惚れそうになったけど、吐き出された言葉に顔を顰める。

「絶対お断りです、何で私が……って、」

私の抗議をまるっきり無視して、彼はさっさと扉へと向かう。
私も、ぶつぶつ文句を言いながらも、はぐれないように、置いていかれないように、慌てて後を着いて行く。あれ、本当に犬みたいじゃない?私……。
ハリポタでのわんちゃん代表は、シリウスだというのに。
あ、そういえば今、何世代かな。






なぜダイアゴン横丁に行きたかったんだ?
本と、それから杖が欲しかったんです!自分だけの!あとアイス!
…………杖は、又今度だ。本は屋敷にあるだろう
アイスは?
………………。

 


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