唐突に暇だ、と感じて、ふかふかのソファーにごろりと寝転がった。
未だ半分も読んでいない分厚い本を閉じて、ふう、とため息など一つついてみる。幸せが逃げて行かないかちょっと心配。

とりあえず、私は今、とっても暇である。
我ながら、ニートかよ、と思うけれど、此処では時間の流れがあまり重要ではないのでまあ仕方ないか、と言い訳などしてみる。
以前ならば、朝早くに起床して、電車に乗って学校に行って、それからバイトにも足を運んで……と、神様時間が足りません、もう二十四時間増やしてくれませんかと切に願うくらい、忙しい日々だったというのに。

開け放たれた窓からは心地良い風がするりと入ってきて、私の身体をやさしく撫でてくれる。ありがたやー。
そんなかんじにごろごろしている内にうっすら眠気なんぞ覚えてしまって、慌てて身を起こした。
今寝たら美味しい夕食が食べれなくなる。私のお付け目役であるルシウスさんは、夕食時に寝ているとわざと起こしてくれないのです! 意地悪スリザリンめ。
悪態をつきながら掛け時計に目を走らせると、視線の中になんだか黒いものが見えた。

「ぷぎゃああああああい!?」
「今頃気づいたのか。鈍すぎる」

え、や、あの、鈍すぎる、じゃねえですよー。まるっきり気配というものが感じられなかったのですが、これいかに。
というかその、これはここの屋敷の方々ほぼ全員に言える事だけど、いきなり現れるのはほんと、やめて頂きたい。
小心者チキンな私は、背後からいきなり声をかけられるだけで驚くんだからね。
しかも向こうはそれを承知でやってくるのでなおさら性質が悪いよ。意地悪スリザリンめ! あれ、これ2回目。

……まあ、なんというか、気づかない私も悪いのかもしれないけど、此処に出入りしている人は気配を感じる事が、どうにも難しい。
今目の前に居る私の主人いわく、何かあった時の為わざわざ意識して消しているんだそうだ。ついでに、何かあった時の為とは一体何なのですか、と間違っても口に出さなかった私を褒めていただきたい。出来ればスタンディングオベーションでお願いします。

驚きで幾分か早くなった鼓動を抑える為、両手に胸を当てて深呼吸を一つ。
そんな私を、彼は優雅に足を組んで椅子に座りながら面白そうに見下ろしている。く、悔しいけどサマになります……ええ。

「……いちいち驚かせないで欲しいのですよ……。危うく、心臓が家出するかと思いました!」
「そんな軟弱な心臓など潰してしまえ」
「はい、そうしま……って死ぬじゃんそれ!」

あなたは私に死ねとおっしゃるのですか。や、死ぬからほんと。
大事な事なので三回言いました。
心臓つぶす、なんて物騒なこと言うのやめてほしい。殺人鬼じゃないんだから。あ、そういや殺人鬼だったこの人……。

あきらめて時計を見ると時刻は夕方前で、まだまだ夕食まで時間がある。さあて、どう暇を潰しましょうかね。
ああそういえば。

「卿、どうしてここに? 何か御用でもありましたですか?」

首を斜めに傾げて純粋に簡潔に問う。
彼は立場的にとっても忙しいのだけど、最近はなんだか特に忙しそうで、私のお部屋に来ることは少なかった。
それでも一緒にご飯を食べたり等するのだが、忙しさがピークの時には丸三日程姿を見ない事もある。
そんな彼がわざわざ私の部屋に足を運ぶのだから、やっぱり何か用でもあるのでしょう。

「…………いや、別に」
「ほ?」

え、別にってなに。ちょっと手が空いたからお前の様子でも見に来てやっただけだ、とか、そんな感じ? え、なにそれツンデレですか?

「少し手が空いたから、様子を見に来ただけだ」

当たった。今日冴えてるな私。
いや、それにしても今日の卿は(シャレみたいだ)ツンデレ風味でちょっと可愛いですね、と顔をにまにま緩めて彼を眺める。
可愛いものはいいと思います。
見ているだけでとっても癒されるし、ふわふわしてて、まるで綿菓子みたいだ。もふもふ。
…………まあ、実際の彼は綿菓子なんて甘フワなものとはかけ離れすぎているのですけどね。
でもツンデレはいいよね、ツンデレ最高……と、また頬を緩めてにやにやしていると。

「ペットの世話は主人の仕事だろう」

ぴしゃーん。前言撤回。全くもって、さっぱり、これっぽっちも、ほんっと、可愛くないわ!
今から綿菓子に土下座で謝ってきたいくらいだ。
この美少女で頭もよく性格もよし!な私が、ペットですとー……。三文字の単語を頭の中でぐるぐると巡らせながら、ちょっと気が遠くなったり、腹が立って恨めしく彼を睨んだりした。……ペット…………。

そんな私の反応を見てさぞ面白そうに、満足そうに口元を三日月の形に歪めて笑った。嘲笑に似た感じの笑いだったわね今のは。か、かわいくない。
ならば一矢報いてやろうではないの。

「あ、そういえばヴォルデモートさん」
「何だ」
「未来の情報を教えるって言いましたですけど、あなたにとって有益な情報は私、話しませんので、その辺よろしくお願いします」
「……なぜだ?」
「先のことなんて知っていたって、運命というのは変えられないものだと私は思いますし、それに、先の知れた人生なんて、攻略本片手にやるゲームと同じでつまらないでしょう!」
「……ほう」

一理あるでしょう、と。
そんなやりとりを繰り広げていたらこんこん、と耳に心地よいノックの音がした。
私が答える前に「入れ」、と彼が簡潔に言う。あの、ココワタシノオヘヤ……。まあいいのだけど。この屋敷の持ち主は卿ですしおすし。
失礼します、という些か緊張の混じった声と共に入ってきたのはルシウスだった。私の可愛い執事……と心の中では思っているけれど、残念な事に、彼は目の前の性悪男に心酔していて、所謂腹心の部下、というものだ。ちなみにこの間二人の時にルシウスさんは私専属の執事なんですよねえと言ったらまったくもって違いますと一刀両断されました。ノってくれたっていいのに。

ふと、何だか良い匂いが鼻を刺激する。
美味しそうな、甘いお菓子の香り。匂いを辿ると、ルシウスさんが押してるワゴンに、確実に高級で、値段が馬鹿みたいに高そうなお菓子が並んでいた。後、紅茶。
自然と目が輝いて、ごくんと唾を飲み込んでしまう。それ位美味しそうだった。
みずみずしいフルーツが乗ったタルト、ジンジャークッキー、チョコレートケーキ……あああ、この間私が食べたいと零していたショートケーキも……!

「わあああ……、めめめがっさ美味しそうなのです!」
「……めがっさ……? 好きだな、お前も」
「えっへっへー! これ食べていいのですよね!」
「お前以外に誰が食べる」

お菓子を目の前に目を輝かせる私にフン、と満足そうに鼻を鳴らす彼。どうやらご機嫌のようだ。もしかして卿もお菓子好きなのかな。隠してるだけで。何それかわいい。べ、べつに甘いものなんて好きじゃないんだからな……みたいな?
とかあほっぽいこと考えつつも視線はお菓子、お菓子、お菓子。私にとって甘味イコール燃料なのです!
親切にも、卿はタルトを切って皿に取り分けてくれた。め、めずらしい。何があった?ちょっと怖い。けど、良い。目の前にこんなにも、美味しい食べ物があるのだから。乙女にとって、そっちが最優先事項に決まってる!

「おいしいお菓子ありがとうございますです! いただきまーす!」




世間では恐れられてる殺人鬼のおうちでも、幸せなものは幸せなのです。異論は認めん。

  


[main] [TOP]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -