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なつがくる








昨日まで降っていた雨も止み、碧空が私たちを見下ろしていた。
それなのに、地上はいやに湿気にまみれていて、まだ昨日の雨を引きずっていた。部屋につけられたクーラーはまだまだおやすみ中。扇風機は一応付いているが、じわりとうなじに汗がにじんだ。





ちゅーをした。
一言で言えることなのに、実際にしてみると呆れるほどに難しい。目の前にいる男は色ボケ野郎だから、こういうことは手慣れているはず。なのにどうしたことか。とうの本人は今にもパンクしそうな真っ赤な顔をしていた。


「グミヤ顔真っ赤。逆にこれじゃあ私のほうか手慣れているみたい」
「バッカ!違うんだよ!なんかこう・・・違うんだよ!」
「意味わかんない」

タンクトップの胸元を引っつかんで、引き寄せる。もう少しでちゅーしちゃいそうな距離の私たちは、じっとりと見つめ合っていた。目の前にいるこの馬鹿は始めての私なんかより、ずっとずっと真っ赤な顔をしていた。まるで処女のような反応。さっきまで私より経験者なんてずるいって思ってたのに、蓋を開けてみればこんな感じで本当呆れてしまう。

「処女みたい」
「処女だっつーの!」
「グミヤ下世話ー」


逸らされた目線が宙を泳いだ。頭もぐらぐらと落ちつかずに動かされていた。その動きに合わせて、生気に溢れる緑髪がゆれている。私はため息を吐いてぐるりと辺りを見回すと、ビタミンカラーやビビットトーンを多用している部屋に目をしかめた。派手な部屋は明らかに私の趣味じゃなくて、やはりグミヤの部屋で。一冊も本が置かれてない(ちなみに教科書すらない)オレンジの本棚や木綿の鮮やかな黄緑色のカーテンとか、全部全部目にいたいことこのうえない。落ちつかないし、居心地はよくはないがちゅーすらも照れてしまう馬鹿なグミヤを見るためなら、せっせと足を運んでもよいと思う。ショッキングピンクのミニテーブルの上に置かれている二人分のサイダーがしゅわしゅわと音を立てていた。


「つーか、お前こそ慣れてね?」
「慣れてませーん。どっかのだれかさんと違って清い処女ですので」
「随分図々しい処女だな」

グミヤはじとりとした目線を私に送ると、疲れたようにベットに倒れこむ。
あたりはまだまだ明るくて、健全さを保っていた。午後四時。夏至を終えていない空は、未だに青かった。ふと目に映った電信柱には、まだ喉の黒い雀が三匹くらいいて、やかましいほどじゅくじゅく鳴いていた。
未だに青い空とか、グミヤのまだ日に焼けていない足とか、不慣れなちゅーとか、ああ、夏はこれからだ。


「夏が来るね」
「夏が来るまでには、お前をぎゃふんと言わせたい」
「あんたこそ、夏に浮かれて浮気しないでよね」
「しねーよ」


どうだか。私はつっぱねてそういうと、ミニテーブルの上のサイダーを飲み下した。炭酸が、喉を焼くように刺激する。どうせこいつのことだから、夏休みには化粧の濃い女達を両手いっぱいにかかえていることだろう。ふと、化粧っけのない自分の肌を撫でて、少しくらい化粧を覚えようかと思案する。


「お前をさ、部屋に連れ込んでさ」

グミヤは布団に顔を埋めたまま、ため息混じりにつぶやいた。

「うん」
「やらしいことでもしてやろうかと思ったけど、まさか自分がヘタレるとはなあ」
「あんたそんなこと考えてたの?アホ丸出し」
「うっせー。健全な証拠だろうが」

サイダーの中に入れられていた氷を噛み砕く。まだ剣のあるそれを飲み込むと、いつのまにかコップの中は空になっていた。体操座りをして顔を埋める。ああ、夏が来る。背中に滲んだ汗が不快だ。グミヤが日に焼けて、日が沈みのが早くなるころには、何か私たちはなにか変われているのか。もっと健全で不健全なにかが、私の足元でとぐろを巻いている。夏が、来る。


「あいしてるよ、グミヤ」

















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