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ルービックキューブ






切れかけの蛍光灯は、ちかちかと光り二人の男女を照らしていた。片方のリンは四角の物体を手慰み物にしつつ、軽く目を伏せている。白く華奢なその指で、彩色の豊かなそれを弄る姿はなぜか儚げだ。そんな彼女の指先を眺めるルキも、やはり端正な顔でそれを鋭く眺めていた。


「ルービックキューブ?」

「あ、はい。商店街の福引きで当たっちゃって」

へー、興味ないけど。ルキはそっけなくそう言うと、がちゃりと四方の立方体を机の上に置く。さっきまで彼女の手の中にあったそれは、一面だけ全部赤に揃っていた。夕焼けに照らされて濃さを増した赤は、リンの髪と同じくらいに目に痛い。彼は思わず目をしかめ立方体を手に取った。立方体のそれはルキの片手分の大きさだった。おかしいな、彼女の手なら結構大きく見えたのに。手中にある立方体から、視線少しずらしリンの碧い双眼に視線を合わせた。するとリンは口元を吊った様に上げている。もともと柔らかい顔付きだったため、口を上げただけでも、生粋の美少女が心から微笑んでいるように見えた、少なくともルキには。


「そういえば君と話たのは初めてですね」

「そういえばそうだね。席前後なのに」

あ、緑。そう呟くとルキの手の内で、緑色のシールが貼られた面が綺麗に揃っていた。
しかしよく見ると、シールは所々剥げていて雑然としていた。まあ、福引きの残念賞(だと思われる)だから仕方ないか。と今度は黄色の面を揃えようとしながら手が止まる。気づくとリンが揃えた筈の赤の面は、拡散していた。黄や青や白のシールが貼られた小さな立方体の中に、所々ある赤はリンの頑張りまで散ってしまった証だった。


「うーん中々難しいですね」

唇を尖らせながらそういうリンは、ルキの手から半端強引にそれを奪う。静寂に満ちている放課後の校舎では、がちゃがちゃと、けして滑らかではない音と彼女の吐息だけがルキの耳に届く。
ふわりと唐突に訪れた沈黙に、ルキは頬杖をつく。そしてゆっくりと目を伏せた。夕日の包容力のある暖かみに抱かれると、眠りに引きずりこまれそうになっていく。ゆっくりと、ひたすら無防備に。


「君は本当におかしな人間だ」

彼女の声は、ルキにとっては使い慣れた赤子の安心毛布だった。ボロボロのそれ。柔らかく、胎児をくるむように優しいそれ。
リンの声質は、けして優しげではない。そう思ったことに対して彼は小さく首を傾げた。


「そんなこと無いです。こうやって君と普通に会話してるじゃないですか」

ふわり。そんな風に、微笑めばいいという問題じゃない。ルキはリンにこんこんと教えてやりたかった。お前は、そうやって生きてきたんだろうけれど。あと少しで声に出そうとする。けれど、しなかった。いや、できなかった。だって彼女とは交流が今まで無かった僕から見ても、危うい。しかし危ういということは、至上最強の武器であることを知っていたルキは


「普通の会話が成り立てば、その人は普通なのか?」

「さあ。コミュニケーション障害ではないんじゃないですか」



ことりと置かれたルービックキューブ。相変わらず、なんの憂いもないように笑っている彼女。その華奢な指が揃えた黄色は彼女の髪とお揃いだった。でもそれはやはりシールで貼られたチープなもので。



「君とは初めて話したけど、君の根性がねじ曲がってることがわかったよ。実に女性的だね」

「そういうアナタは中性的な人ですね。なんというか、男性的なにおいがあまりしませんね」


リンの目を覗き見るとまた何度目かのあの笑顔が訪れる。タネがバレてる、ひとつ覚えの手品を必死にやってるみたいだ。なんだかもう痛々しいような気がした。外を見ると夕焼けはもう落ち掛けていた。


「帰らないんですか?」

「君が帰るまでは帰らないよ」


あたりは橙から紫に染まっていた。暖色のグラデーションの中にはピンクなんて色もあって、どことなく、メルヘンな空色だった。
グラデーションの紫が浸食していくほど、ゆるやかな空気が鎮座していた橙は、今にも終わりを告げようとしていた。





「じゃあ、君は一生帰れませんね。」











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