小説 | ナノ
 

嗚呼、さらば天国





※双子鏡音

※近親相姦








私は、進学を決めた理由をきっと一生答えることはできない。
提出日前日まで悩みに悩んだ進路希望。第一希望の枠の部分は、何度も消したせいで擦れて破けそうだった。
そんな迷いに迷った高校の受験も終わり、真新しいパリパリのブレザーに袖を通した。


「何でリンはこの学校にしたんだよ」


四月の某日、放課後の、某ファーストフード店で切り出された。まさか弟から聞かれるとは思わなかった。パチパチと幾度となく瞬きを繰り返す。一瞬だけ、まわりの喧騒から隔離したみたいな瞬間的な錯覚。


「へ?」

「お前あの女子校行きたがってただろう。ほら、なんちゃら女学園。」

「ああ、まあね」

「何でいかなかったんだよ。偏差値ふつーに足りてただろ?」


そうだね、適当に濁してストロベリーシェイクを啜る。そうだね、うん。食べていたポテトはイヤに味気なくなっていった。
私が弟と同じ学校に行くと告げたとき、ママやパパはいい顔はしなかった。偏差値は、私が当初希望していた学校よりも幾分か下だっただけではないだろう。せめて、学校だけでも離れて欲しかったんだと思う。そもそも、女子学園は寮を推奨していた。あわよくば、家も離してしまいたかったみたいだし。まあ、ママたちが柔らかく清潔なシーツを好むのは、当たり前のことだったのだ。



「私があそこの制服着てたら驚きだよ」

「そうか?孫にも衣装な感じで似合ってたかも」


頬杖をつき、私と目線をかち合わせないように道行くサラリーマンたちに目を向けて笑っていた。しかし私は顔がひきつるばかりで、口角をあげることも出来なかった。私は、レンにとって不要物なのかも知れない。あの日以来、私は上手く弟の気持ちを汲み取ることが出来なくなった。
笑えない、笑えないよ。レンのことを冗談めかして怒ることも。話の肴にして笑うことも。今の私には出来なかった。なんで、そんなこというの。
あなたにとって、あの日したキスはなんだったの。
頭に浮かんだのは、昨日読んだ携帯小説のかわいらしい女の子の台詞。だけどその後ちゃんとお決まり通りに幸せになるんだ。あぁ、今あの女の子とおんなじ台詞を呟いたら、幸せになれるのかな。口に出しかけてハッとした。そうだった。私とあの子じゃ、なにもかもが違うんだ。背景事情も、関係性も全部、全部。


「馬鹿みたいだな。オレたち」


何が?とは聞かない。無駄な質問は合理性を重視する私たち姉弟が嫌うことだった。
大体、この関係自体が不毛なのだ。生産の見込みのない、トチ狂ってる恋情を絡めあうだけ。ちりちりと焼け付く記憶。雪が降ったクリスマス。神様や両親、全てを裏切ったあの日、私はこの弟をひとりの男として見ていることを突きつけられたら。過呼吸に似た呼吸で、言葉にならない声で、ひたすら、好きだ好きだと吐き出していた。そういえばあの時、レンは私を慰めることはしなかった。しなかったの?出来なかったの?レンはいつも小さな頃から、私が泣くたびに隣に来てくれた。ひどく不器用な言葉たちと一緒に。昔の情景は断面的で、特にあの日の記憶は欠落だらけだった。


「キスしようか」


唐突な誘い。喉に綿を詰めた時のようなどうしようもない閉塞感。私は返事をすることはできなかった。
弟は私の返事を待たず、身を乗り出した。視界は真っ暗。いつもの唇の感触と、微かに鼻孔を擽る弟の香り。まわりの喧騒と感じる視線。ゆるやかな失墜。全てはこの弟のせい。最近、弟の感情のベクトルがわからない。その目が何を見ているのか、わからない。癖で閉じた瞼の先には、また知らない男のような弟がいるのだろうか。




 










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