※「劣化した惑星の胎動」と繋がっているような。
ふたつの声を出せるということは、ボーカロイドにとって、素晴らしい力だ。一人で二つ、ひどくお手頃なソフト。身体が女なのは世間の為かと息を着く。
女声はこの身体に仕舞われたとして、これではもうひとつの男声が仕舞われる身体は、どこなの。
私は世間には発表されてなく、毎日ひとりで体操座りをしている。
たまに調整される以外の動作なんて私には要らないのだ。
私がつねに体操座りをしている場所は、鏡の部屋だった。
君をここには入れたくなかった。と連さん(この人は私の面倒を見てくれる人らしい)がぼやいていた。
その言葉の意味など学のない私には到底わからなかったのだが。
まあ、連さんが言ったように、右をみても下をみても左をみても鏡に埋め尽くされていて少しの光をも反射し、きらきらとした粒のようだ。だが、困ったことに夜になると、合わせ鏡のようになっていてこの上なく不気味なのだ。
連さんがここは発表直前の正規が三角座りをして待つ場所だと言っていたため、説明を順々に勤め、私は三角座りをしていた。「リン、リン」
不気味な声がする。
男性である連さんの低いノイズだらけの声は、いつも私の恐怖源だ。理由は、私の出す男性声とは全く違うから。私のそれはもっときれいなのだ、そういう風に作られているから。
恐怖源の彼が言うには、明日、私は世間に発表されるらしい。
これから素晴らしいと称える声も、嫌みな誹謗中傷もやわらかな心でひとりで受けなければならない、考えただけで恐怖だった。
発表される前の私は、兎に角沢山のことに怯えていた。そして、思考回路が実に単純かつ明快だった。
そうだ、もう誰が一緒にいってくれればいいんだ。称える声も貶す声も、誰かと一緒なら怖くない、とひどくシンプルな考え。
それから、私の行動は早急だった。彼にそれを頼むも、無理だと議論にすらならない。
じゃあ自分で造るしかない、という境界線ぎりぎりな思考に蓮さんもやっと折れた。
「わかった、わかったよ」
連さんは折れたようにそういい、次の瞬間私の喉は焼けるような痛みが刹那に走る。
「れ、んさん?」
「ごめんな、リン」
こんな痛みは初めてで、声にならない声を上げた。
「ごめんな、リン。」
喉は焦げたように痛い。
じりじりと焼き印で焼き潰していくようだ。
連さんの低くノイズがかった気味のわるい声は今ではとても切なく、なにかを喪失する象徴のように思える。
私は言語化などで出来るはずのない、この上なく高い悲鳴と共にそれをどこか遠くのほうで聞いていた。
ぐらりぐらりと目の前を横切る極彩色。
おかしいな、ここには彩色なんてないはずなのに。狂うほどに目まぐるしい極彩色は、私の目を焼き付けるようにして回っていた。
気付くと私は世間に放り込まれていた、鏡音リンと鏡音レンとして。
日々はあの極彩色のように目まぐるしく変化し、私もそれにうまく対応している。それもこれも、全てはこの子のお掛けだ。
「レン」
そして私たちはふたりでひとつになった。
蓮さんは私の前からいなくなった。研究者の蓮さんは私に大切な大切な弟にあたるレンを残していってくれたのだ。
私は男性声と不の感情を無くした。
私はもう何かに嫌悪することも恐怖することもない。
そのお陰で、私はさらさらと流れる川のように穏やかなのだ。
ただ、それが原因でレンには、男性声とそしてありったけの不の感情を背に積まされていることだった。
全ては代償なのだ。
私はあの子を手に入れたと同時にあの子を犠牲にしたのだ。
あれから数年たった今でも、あの子が初めて話した言葉がじりじりと耳に焼き付く。まるで、あの日の喉のように。
「もう、殺してくれ」
「壊してくれ」
「なんでオレなんかを作ったんだよ、姉さん。」
恨み言のようなあの子の言葉、一言一句残さずに耳に焼き付いて離れないのだ。
離れない、のだ。
タイトル 空想アリア様
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