24 | ナノ




2013/10/20 19:58




始めて見た瞬間、息を飲んだ。きれいな目と、きれいな鼻と、きれいな唇。それらを合わせ持った彼女は美しく弧を描いて微笑んでいた。
私と彼女は、おんなじ美術の予備校に通っていた。市役所みたいな見た目で、髪の長い男が教師だった。絵は上手いんだろうが、美意識の欠片も感じられなくて、いつもそいつの授業のときは顔をを顰めていた気がする。私のいた油彩の教室は、先生が最悪なわりには、有名な教室だった。人数もそれなりにいたような気がするし、それに生じてか、顔がきれいな人はたくさんいたけれど、彼らが描く絵にはどことなく野心が滲みでていた。(その頃の私は作者の才能とかセンスとかはとんとわからなかったが、なぜか野心の持ち具合はこれでもかと理解できた。)
理解できないわけではない。なにしろ、私も当たり前に持ち合わせていたのだから。肯定もしなければ、否定もしない。けれど、捨てきれないプライドを背負ってしまって、自分の才能の無さを認めることができなくなった馬鹿を、私はきれいだなんて思わない。


あの日はやけに寒い日で、黒いカーディガンを羽織って、いつもの癖でイーゼルに足をかけて、猫背になっていた。あの時の記憶はやけに白昼夢のようにぼやけているが、彼女が、とん、と私の肩を叩いた感触だけは生々しく肩を這い回っている。


「すごいと思うわ。きれいな色」


その時の彼女は腰までの長い髪ををひとつにまとめていた。華奢な腕が、私のキャンパスに伸びた。ゆっくりと弧を描いた唇には、薄い赤の口紅が塗られていた。(常々思うが、薄い赤とはなんの色のことだろうか。朱色でなければ、桃色でもない。私は思考を停止し、薄い赤と形容している)

その帰りに、廊下に飾ってある彼女の絵を見た。その時はどんな絵かさっぱりわからなかったが、いま思えば嵐が丘のイメージ画のような気がする。
野心が僅かにも感じられない絵だった。私は驚いて目を白黒させる。そして、顔に熱が集まるのを感じた。ああ、恥ずかしい恥ずかしい。見ているだけで、こうゆう無垢な者はいつの時代も腹が立って、苛立って、恥ずかしくて、それでいて妙に愛おしいのだ。







私にも、そんなことを思っていたことがあった。数年立って、気づいたことはひどくつまらないことだった。彼女は、なんにも見えていない。私のことも、私の絵も、なにもかも。
ひたすら絶望した。彼女の世界は、自分の感性と自分の絵だけだったのだ。私など、入り込む隙間もない。彼女が褒めた絵は今頃炎の中だ。重ねられた油絵の具がぬるりと溶けているだろう。いい、いい。もっと溶かしせばいい。気づいてしまった私には、きれいな絵は到底似合わないのだ。
ただ、その燃えている絵画を思うと、だんだん何かが渇いていくように思えた。ヒースクリフが、嵐が丘に再びやってきた意味が、やっとわかった気がする。乾いた唇を、舌で舐めた。僅かに血の味がして、小さな手鏡で見てみると、そこは薄い赤に染まっていた。お揃いだね。密かにつぶやいた言葉は誰にも拾われる事なく浮遊し、そしていつのまにか攫われるように消えてしまった。それでもなお、きれいなものを愛してやまない私は、いったい。







「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -