「はぁい身だしなみチェックしますよ〜?」

 いつの間にか至近距離に立っていたソイツは、愉快そうに笑いながら言った。

 元々制服はなんだかキュウクツに感じ、あまり好きではなかった。縛られている、とは可笑しな言い方だろうがそんな感じがして。

 だから中学に上がり校則として定められた制服着用を、無視するとまではいかないが、叱られない程度の範囲で着崩し着用するようになった。
 高校は自由に通う場所を選べるから私服でも大丈夫そうなトコを選べばよかったんだろうが、面倒で制服着用の高校を受験した。
 そして、高校でも中学の時のように制服を着崩せばいいだろう、とタカくくってた俺だったがその考えはどうやら甘かったらしい。風紀委員会なるものが存在しやがった。

「つか、ちけぇ」
「ん? 気のせいだよ」

 ソイツはケラケラと笑った。さっきよりも近くなったきがする。

「とか言いながら距離詰めんな!」
「あはは」

 嗚呼…調子が狂う。

 高校に入ってからも、制服は着崩していたがそれは中学時代と変わらず、そんなに気にならない程度のものだった。

 しかし、高校はいろんなところから集まる。ギャル系から地味系まで様々だ。中には高校からデビューした奴や少々ガラの悪いような奴まで。
 そんな周りに感化されてしまった俺は、前よりも酷くなってしまったのだ。

 人相は悪いほうではないと思いたいのだが、つり目だしなんだしでいろんな不良と呼ばれる人種に喧嘩を売られるようになってしまった。
 そうするとなると、買わなければ済む話なのだろうが、なんだか負けている気がして躊躇うことなく買ってしまった。

 あの時、喧嘩なんて買わなければ、そもそも私服でも大丈夫な高校を選んでいさえすれば、なんて後悔したって今更遅いんだけどな。

「ちょっとボタン開けすぎじゃあない?」
「別に普通だろ」

 俺の巻いているネクタイをグイッと上に上げながら言ったソイツは、平凡の容姿をしたほぼ俺の専属と化している風紀委員だ。
 間延びした話し方は、聞いているこちらが気の抜けるような感覚に陥るほどだ。初めてその声を聞いた時はあまりにもイライラし、殴ってしまいたくなる衝動に駆られたが、いざ正面からその平凡顔を見たら何故だかそんな気には成れず殴ることはしなかった。

「そんなだから絡まれちゃったりするんだよ?」
「ヤられたらヤりかえすだけだ」
「血の気が多いのも、問題みたいだねえ」
「うるせぇ」

 そう言いながら、ソイツが手にしていたネクタイがしゅるりと解かれたことに気づいた。
 だけどそれを止めるつもりは毛頭ない。

 周りに流されるままに、髪を染めたり、アクセサリーやピアスをたくさん着けるようになった。校則が緩い学校ではなかったが、まともに制服を着用しているのは風紀委員会くらいだろうな。

 別に誰かに強要をされたとかではない。なんとなく周りに流されてみただけであって、深い意味はない。
 そんなこんなで益々見た目が不良になった俺は、そういう部類の奴らに余計に絡まれるようになったのだ。
 絡まれるようになった理由は、誰よりも目立つ外見をしているからだろうか。今となっては髪も地毛である黒に戻したので派手ではない方だ。相変わらず絡まれるのは絡まれるけどな。

「ちゃんとやってくれないと、俺仕事してないみたいじゃない」
「無理難題だな」
「委員長に怒られるのは、俺なんだからね」
「知るか」

 絡まれるようになってから、度々風紀委員会の奴らには世話になるようになった。
 風紀委員長に身だしなみをもっと抑えろと再三言われたが、それを聞き入れずに無視した俺に、一人の風紀委員が宛がわれた。

 その風紀委員と言うのが、今俺のネクタイを解いた平凡な容姿をしたコイツだった。

「ところで、今すぐ俺に押し倒されるか、ボタン閉めるかどっちがいーい?」
「は………?」

 言いながら、はだけた胸元にするりと触れたソイツは不適に笑う。思わずぴくり、と肩が揺れたのが分った。
 体温が上がっていくのが分る。…あちぃ

「ねえ、どっち?」
「…聞く割には既に押し倒してんじゃねえか」
「だってほら、お仕置きだもの」
「すきにしろ」


 言うや否や、ソイツに身体を預けて目を閉じた。閉じる瞬間見えたソイツの深くなった笑みを焼き付けて。

 そもそも俺が素直に注意を聞き入れないのは、制服を正しく着用したくないからもあるが、単にコイツが離れていってほしくないからであって。
 いつもその後のことを考えるのが嫌で、聞く耳も持たないようにした。

 コイツの気持ちを知らないわけではない。でも、絶対なんてことはねぇだろ?

…なんて、らしくないことは死んでも言ってやんねぇけど。今はこのままで十分なのだ。




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