■ 追いかけっこ

どうも私は大変なところへやって来てしまったらしい。


『えええっちょっとおおおおお』


到底女子とは思えない叫び声をあげながら私はひたすら逃げる。

その理由は後ろから追い掛けてくるひとつの影。


ドドドドと日常生活では聞いたことがない音を轟かせながら追いかけてくるのは馬に乗った一人の男。

どうして。

私はただ一人で飲み会の帰り道を歩いていただけだ。

少し飲みすぎたのか感じる小さな頭痛を我慢しながらゆっくり歩いていただけなのに。


『追いかけてこないでえええええ』


そうは言っても追い掛けてくるのは私が逃げているからだろうか。

逃げる者は追われる運命なんだね、ふふ。


『いや、笑い事じゃないし!!!』


あまりに非現実的な状況に精神を病んでしまっただろうか。

独り言を言いながら走り続ける私。

そういえば向こうが馬にしては追いついては来ない。

待って、私すごいスピードで走ってるんじゃない?

これが火事場の馬鹿力ってやつ?

あら、私やるじゃない!なんて現実逃避をしながら、走り続ける。


事の発端は、歩いていたら急に何につまづいたことから始まる。

つまづいてよろけた時に急に感じた落下感。

次の瞬間私はコンクリートではなく、土に足をつけていたのだ。

こんな大都会(というほどでもないが)に舗装されていない土の道なんてそうそうない。

緑地公園や自然公園なら別だが。

もちろん私が歩いていたのはそんな道ではないし、一般のコンクリートでがちがちに固められた歩道だ。


そして土に足をつけ、次に顔を上げた時には倒れ込む人の後ろ姿。

落下感に気を取られていたが、どうも私はこの人に見事なかかと落としを食らわせていたらしい。

あ、確かに私の左足のかかとに少しじーんとした痺れがあるはずだわ。

そしてその倒れた人の奥にいたのが、今私を追いかけている馬に乗った甲冑を着ている人だ。


走り始めて気づいた。

全身を甲冑で固めている現代人からすればアイタターな人などと思っていたが、周りを見ると甲冑で身を武装した者ばかり。

むしろ時代を間違っているアイタタ人間は私だ、と。


なるほど、だから追いかけてられているのか。


そう納得もしたが、甲冑で固めるその腰や背には立派な剣がささっているわけで。

捕まったら殺される、という風に思うのは人間がまだ野生動物だったときの本能なのだろうか。

つまり、私は馬に乗った人物に追われているが、本能で逃げ続けているのであった。


馬に追われてもなかなか捕まらず、これだけ走っても疲労や息切れすることもない。

それを考えると、私の身体も少し変化をしているらしい。

飲み会に行く時の服が、カジュアルなパンツスタイルで良かった。

心からそう思った。


と、急に目の前から別の馬が現れる。

その馬に乗っているのは困惑めいた表情を見せる男。

私が今追われている人と知り合いなのだろうか。

ひたすらアイコンタクトを取っている。

髭が違う方向に三つ生えてる。

変なおじさん……。

私は急ブレーキをかけつつ右に曲がろうとした。

捕まってたまるか!

少し足を緩めた瞬間だった。

私の身体が宙に浮く。

腰をがしりと捕まれ、私はあっという間に後ろからやってきた馬上の男に抱えられていた。

『えっ!!?』

その手を振りほどこうとするとさらに深く腰がしまる。

痛いと怖い。

その両方の感情が私の頭に流れ込んできた。

ああ、私は殺されるんだな。

客観的に捉えていた物事が急に現実味を帯びる。

自然と涙が出てきた。

殺すなら一思いに殺してほしい。

腰を掴まれて、仲間の元に連れ去られるのだろうか。

『は、放してください!このまま晒されるくらいなら殺してください!』

殺す。

自分の口からその言葉が出た瞬間、震えが来た。

そう、死ぬのだ。

「……怖がってんじゃねぇか」

ぱかりぱかりと馬の歩を緩めてやってきたのは私の目の前に現れた三つの髭のおじさん。

私を見て困惑した表情を浮かべている。

「面白いから連れて帰ろうと思ったんだが」

私を抱える男はそう呟く。

「おい、そこの娘。なにもとって食おうって訳じゃねぇんだから泣くな」

私に言われている……?

私はちらりとその三つ髭の男を見た。

『で、でも殺すんじゃ…』

「いや、殺すつもりで追ってたんじゃない。多分、気まぐれだ」

そしてその男はちらりと私を抱えている人物を見た。

私もそちらに目を移す。

ウェーブがかった髪に髭が特徴的だ。

「面白い女が戦場に紛れ込んだと思ってな」

『面白い女…私のことですよね』

その男は表情を変えない。

「目の前にいた敵がお前が落ちてきたことによって倒れた。そして私を見るなり逃げたのだ。追わぬ理由がない」

『いや、追わないでください』

私が抗議すると、その男は私を馬鞍の前に座らせた。

「名はなんという」

『えっ、姜麗…ですけど』

「そうか、一緒に来い」

『え』

そして私を抱き抱えるように腕を伸ばすと、そのまま馬を走らせる。

必然的に私はその男に掴まるしかなかった。

『えっ、あのっ!』

「騰」

『え!』

「名は騰という」

今自己紹介されても!!

落ちないように軽く支えられる手の温もりに少し安心感を抱いた。



「(俺、置いていかれたんだが……!)」



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