■ 認めてくれるなら

「さて、書庫にでもいきますか」

立ち上がり、首を鳴らす。

長時間の座り仕事で全身が凝り固まっている。

私は少し苦笑いを零しながら近くにいたカイネに机に散らばった竹簡を纏めておくよう頼んだ。

いるものと要らないもの。読んだものと読んでないものに仕分けするのはまた後だ。

まずは足りない情報を補わねばならない。


足取りは軽かった。

書庫に行くのは気分転換になるし、何しろ人がいない。

いつも行くのが深夜帯のため、人がいないだけかもしれないが。

今日は久しぶりに日中に書庫に向かうのだ。

手元に灯を持つ必要はほとんどないだろう。

あれのせいでいつも片手にしか簡を持てない。


書庫につき、簡易的ではあるが湿気を出来るだけいれないようにするための扉を開く。

中はいつもと違って明るかった。

竹簡を読むのは嫌いではない。

新たな情報、地方の情勢、他国の政情が分かるのだから。

ただ、この途方もない量からそれらを逐一探し出さねばならないという点を除けば、だが。

手前の棚を覗く。

乱雑にしまってあるように見えるがよく見れば年代順に並べてある。

暗い時には気づかなかった。

がさ、と音が聞こえる。

やはり自分の他にも人がいるようだ。

曲がり角を出てきたのは若い青年。

どこぞの屋敷の侍郎だろうか。

見たことが無い。

両の手に抱え込むようにして軽く礼をするその青年が通り過ぎる。

なるほど、昼間は様々な者が利用する場らしい。

次戦うであろう相手、秦国の竹簡が置いてある棚にたどり着く。

手を伸ばそうとした時だった。

その竹簡を先に取ったものがいた。

「!?」

手と手が微かに触れ合い、私は驚いてその華奢な手の持ち主を追った。

『申し訳ありません、李牧様でしたか』

色白なその肌を纏うは決して華美ではない官服。

官女か。

その顔を見た。

後宮にいるような美人とは言えない。

しかしその表情はその後宮の女官にも作れないほどの色気があった。

軽く目を伏せ、謝罪するその官女から差し出される竹簡。

私はそれを受け取ることも忘れ、ただ見つめていた。

『あの、李牧様?』

「あ、ああ。申し訳ありません。こちらは頂いてゆきますね」

受け取った後、その官女は軽く礼をすると腕に抱えた竹簡を持って、別の棚へ行ってしまった。

しばらく、放心した。

見たことがない官女だ。

長年ここに仕えているが、後宮で仕えている女官以外に私の知らない官女がいたのか。

私は少し微笑むとその官女を追った。


背伸びをして竹簡を取ろうとする官女。

私は背から回り、その竹簡を取った。

「これでよろしいですか」

『李牧様、どうもありがとうございます』

そしてまた去っていこうとする官女。

私は咄嗟に引き止めた。

「貴女は、この書庫で働いているのですか」

立ち止まる官女。

そして少し目を細め笑った。

その表情にも胸が高鳴る。

『ええ、日中はこちらで竹簡の整理をしております』

「そ、そうでしたか。名は」

細めていた目を少し見開くと、その官女は気まずそうに口を開いた。

『宰相李牧様に名乗るほどのものではありませんわ』

首を縦に振らない官女。

私はどうして自分が必死に名を聞き出そうとしているのか、分かっていて知らないふりをしていた。

『そうですね、貴方様が宰相李牧様ではなく、書庫に訪れる殿方となった時には、お教えしますわ』

そして官女は私の手から先程とった竹簡を受け取ると、書庫の奥の方に歩いていってしまった。


まさか、自分がこんなにも一人の女性に固執してしまうなどと。

あってはならないことだ。

一番初めに取った秦国の竹簡をぎゅっと握りしめる。

「ええ、いずれ貴女が認めてくださるまで」



時を置き、昼間この書庫に男女の談笑が聞こえることとなる。




謝謝 嵜様





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