■ 料理は根性
「なァ、いいだろ……」
『でも、本当によろしいのですか?』
「お前がいい、そう言ってるだろ。何度も言わせるな」
『しかし、私なんてしがない女です。桓騎様には合うはずがございません』
「…強情な女だ」
私の家であり、働き場所である大衆食堂にとある男が来訪していた。
その男というのは桓騎。
この秦国の将軍として市井に知られている。
もちろん私もその事は知っている。
桓騎様はその容貌から、街の娘達の羨望の眼差しを受けていることも。
その桓騎将軍が何故かこの食堂にやってきたのだ。
「くどい、俺の屋敷に来いと言ってるんだ」
『しかし』
桓騎様は私の近くに詰め寄り、急に私を勧誘し出したのだ。
確かに今までに桓騎様がこの食堂に足を運んでくださっていたのは知っている。
私を屋敷に呼ぶほどに私の料理を気に入ってくださったのだろうか。
それは私としても誇らしいものがある。
「なんだ、お前は俺よりこの店の方が大事だとそういうのか」
桓騎様の言葉が私の耳に響く。
私は頭に血が上るのがわかった。
祖父以前の代からこの店はある。
その跡取りとして育てられた。
店が大事でないはずがない。
むしろこの食堂が私のすべてだ。
次の瞬間には私は桓騎様に歯向かっていた。
『恐れながら、その言葉は私共料理人の魂を貶すことにほかなりません。店があってこそ、客がいてこそ私達の役割を果たすことが出来るのです。それをあろうことか奪おうと仰せですか』
しまった。
そう思った時には後の祭りだ。
なんと恐れ多いことをしてしまったのだろう。
桓騎様の表情に背筋が冷えた。
これは、殺される。
思えば短い人生だった。
父が病気になってから私はこの店を継いだが、料理はすでに学んでいたので人並み以上には出来ていたはずだ。
せっかく波に乗ってきたところだったのに。
「気に入った」
そう、気に入った、また来たいというお客さんも多くいらっしゃっていたのに。
……え?
ばっと顔を上げる。
桓騎様と目が合う。
その目はおもちゃを見つけた時の子供のように輝いていた。
「こんなに俺にずけずけものを言う女は初めてだな」
私は声がでなかった。
「気に入った、やっぱりお前は俺の屋敷で働いてもらう」
ぎゃははと笑う桓騎様を呆然として見つめる私。
桓騎様は私の方に腕を伸ばすと私を米俵のように担ぎ上げる。
『は、離してください!』
「やなこった、てめぇ逃げるだろ」
お父さん、私、どうすればいいのー!!
私の心の叫びに答えてくれるものはもちろんいなかった。
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