■ 水入らず

『賁様!無事に帰ってこられたのですね』

そう言って私は中庭にやってきた人物に笑いかけた。

笑いかけた相手は王賁様、私の許嫁である。

「ああ、姜麗も大事ないか 」

そう言って王賁様は私に向かってぎこちなく微笑む。

一見微笑みに見えないそれは、幼い頃からずっと一緒の私には分かるのだ。

『ええ、もちろんです』

私は軽装で座る王賁様に茶を出した。

王賁様はそれを飲む。

そう、戦から帰ってきた時はこれが習慣なのだ。

そんな時だった。

私の背中に誰かが触れる。

私は慌てて振り向いた。

「よっ、王賁と姜麗」

そこにいたのは蒙恬様。
蒙家の長男だ。

王賁様とは鎬を削り合う仲間だと聞いている。

『あら蒙恬様、お茶はいかがです?』

そう言って話しかける私の手を握る蒙恬様。

「やっぱり可愛いなあ。王賁じゃなくて、俺に嫁がない?」

がたっと背後から不穏な音がする。

振り向けば鬼のように怒った王賁様。

「蒙恬、貴様その手を離せ」

「あらら、王賁怒っちゃった?」

そう言ってぱっと手を離す蒙恬様。

王賁様は私の腰を引き寄せて、蒙恬様から離す。

『賁様、蒙恬様は冗談でこのような戯れをなさっているのですから』

私は苦笑した。

しかし王賁様は怒りを鎮めようとはしない。

「いや、こいつは隙あらばお前に近寄ってくる。お前も俺の許嫁なのだから、危機感を持て」

『え、ええ。分かってます』

蒙恬様をちらりと見る。

すると蒙恬様は挑戦的な目でこちらを見ていた。

「まだ俺の気持ち、冗談だと思われてたのか。もっと話して本気ってこと教えないといけないなあ」

そう言って軽く目を細めて笑う。

『え、蒙恬様……?』

王賁様は蒙恬様をきっと睨みつける。

「貴様いい加減にしろ、俺の許嫁だぞ。手を出すことはこの俺が許さん」

そして私の腰をさらに引き寄せる。

私の肩が逞しい王賁様の胸板に当たる。

『賁様……』

蒙恬様は残念そうに笑うと手を振って去っていった。


「……姜麗どこを触られた」

『えっ、触られたと言いましても、背中に少し触れられた程度で』

王賁様は私を正面から抱きしめる。

背中に手が回される。

「すまない、お前のこととなると頭に血が上る」

『いいえ、私嬉しいです賁様』

王賁様の手が解かれ、私は解放される。

離れていく体温を少し寂しく感じながらも、私は茶器を手に取った。

『さあ、お茶を淹れ直しますわ』

そして私は笑った。

蒙恬様のことが冗談でないとしても、私は王賁様を一生愛し続けると誓います。

心の中でそう思いながら、私達は二人の時間を過ごしたのだった。



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