11th down


駆け足の清香に追いつく一つの影。

もちろん清香にはそれが誰か分かっていた。

『阿含』

「もう少しゆっくり行こうぜ。せっかく二人っきりになれたんだからよ」

清香は駆け足をやめ、後ろをチラと見る。

セナとまもりとは距離ができた。

この距離ならば二人で並んでいても遠目からは分からないだろう。

『これで第二クォーター始まってたら阿含のせいだからね』

ククッと喉の奥で笑う阿含を睨む清香。

「こえーこえー。元チームメイトじゃねえかよ」

『今は敵だよ。特に今日は』

そう。
今日は神龍寺対王城。
事実上の決勝戦とも言われる試合だ。

「ほら、こんな風に二人で出かけるなんて初めてだろうがよ。特にお前は女の格好だしな」

神龍寺では数人を除いて男として扱われていた清香。

極力他の生徒と関わらずにいたものの、やはり神龍寺にいる以上は男のまねをして暮らしていた。

『まるで今日がデートみたいに言うんだね。それに私はマネージャーの格好だからジャージなんだけど?』

「道着よりは全然マシだ」

うざってえとでもいうように自分の着ている道着をはだけさせる阿含。

下に着ているのは黒字に龍の絵が水墨画風に描いてあるTシャツ。

「俺としちゃあもっと身体の線がくっきり見える服が良いんだがな」

阿含の含み笑いに清香は怪訝そうな顔をする。

『女の敵だよね。阿含って』

そういってため息をつく清香。

「何言ってんだ。俺はお前が一番だって」

そう言って清香の肩を抱き、自分の元に引き寄せる阿含。

ふわりと清香の鼻腔に阿含の匂いが広がった。

しかし、すぐに清香は阿含を押し返す。

『香水臭いんだけど』

しかも女物。


阿含が試合を遅れる原因なんて限られている。

一に、出る気がない。
二に、忘れていた。
三に、女の元に行っていた。

ただ今日は三番目だったという話だ。


「嫉妬か。嬉しいね」


阿含がにやりと口角をあげるのを見て清香は今日何度目か分からないため息をついた。

『あのねえ、なんで私が阿含の何人もの彼女に対して嫉妬しなきゃなんないの?』

「俺が他の女と一緒に過ごしてんの気に食わねえんだろ?」

それは違う。
その尻拭いを雲水がするのに腹が立っているのだ。

そして阿含が才能を無駄遣いしていることにも。

阿含は清香が何も言わないことを肯定ととったのか、機嫌が良くなる。

「お前がその気になってくれたら他の女となんてすぐ別れてやるよ」

それは他の女とやっていることを自分ともやるということなのだろうか。

そう考えると、清香は寒気がした。

『やだ。私は真面目な人が好きなの』

「てめえ自身や進が生真面目だからか」

考えたこともなかったが、そういうことなのかもしれない。
今まで興味を持った人が皆真面目なのは清十郎がそうであるからなのだろうか。

清香が黙り込んだのを見て阿含は露骨に機嫌が悪くなる。

「あーーだりい。やっぱ今日試合出ねえわ」

『は!?』

そういうとこが嫌いなんだよ!

そう言おうとしたが、ギリギリで言いとどまった。

これ以上機嫌を悪くしたらいろいろ面倒だ。
雲水や他の皆にも当たり散らす可能性がある。


さりげなく阿含が、清香が迷わないように江ノ島フットボールフィールドに案内していたことに気づいたのは、阿含と別れた後だった。


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