20th down
清香はロビーの待合室横の部屋の自動販売機でジュースを買っていた。

『今更だけど、春人に差し入れすべきだったのかな』

ぷしっ…と炭酸のフタを空ける音が誰もいない部屋に響いた。

ここは喫煙所も兼ねているのか、少し壁が黄ばんでいる。

それを見ながら清香は窓際へ移動した。


桜庭から離れたことで、行く前に考えていた大和猛のことが頭にどうしても浮かんでしまう。


『私、そんなに大和に会いたいのかな』

自嘲気味に呟く清香。


ガコンという音がして慌てて振り向くと、そこには工事場の服…鳶服を着た男が立っていた。


聞かれた…!?


そう思うが、別に大和が誰か知っているはずも無し。

清香は軽く会釈する。

独り言をする変人と思われただろうか。


「吸ってもいいか」


清香の心配は杞憂に終わったようで、喫煙の許可を求める男。

清香は頷いた。


「…聞くつもりはなかったが」


口から煙を吐き出しながらぼそりと呟く男。


「王城のマネージャーか」


清香は目を見開いた。


『な、なんで…』

「アメフトをちょいとかじっててな。王城のやつが入院してるってのは知ってた」


清香は黙る。


「そいつに会いに来る…彼女かとも考えたが、中庭の雰囲気を見る限りそれはないだろうな、と」

『覗き見なんて趣味悪いですよ?』


清香はため息をつくと、仕方ないというように笑いかけた。


『中庭でそんな話する私が悪いんですけどね』

「勘違いするな。別にスパイとかじゃねえよ」


軽くその男が笑うと見た目よりとても若く見えた。


『ヒゲ、そらないんですか』

急にこんなことを聞く女は変だろうか。

前もヒゲの会話した気がするな。
そのときも変な顔されたっけ。

清香はそう考えたが、一度考えた言葉はすぐに口を出た。

案の定きょとんとするその男。

「そらねえよ」

『うーん…なんだか、それば若く見える気がするんですけど』


鳶服のだぼっとしたズボンでは下半身の筋肉の付き方はわからない。

だがさすがにここでズボンを脱げというほど清香は焦ってはいなかった。


上半身で考えると適度に筋肉はついている。

これは鳶職で鍛えられたと考えるべきか、アメフトをやっていたと考えるべきか。

やはり下半身の判定がなければ不確定要素が多すぎる。


『失礼ですけど、おいくつですか』

「17歳だ。老け顔だろ?」

『ぶっ』


清香は思わず飲んでいた炭酸を吹き出す。

ま、まさか同い年!?


『え、えっと、同い年…なんだね』

「そうみたいだな」

『年上だと思ってた。私は進清香』

「俺は武蔵厳。……進か」


やっぱり反応するんだ?

と清香は首を傾げた。


『やっぱりアメフト経験者だよね?えっと…武蔵くん?』

「いや、厳でいい」

『あ、そう?私も清香でいいよ。それで?答えは』

「…やってた」


清香は心の中でガッツポーズをした。

下半身も判断材料に入れなければ正確には分からないが、清香の予想はあっていたと言える。


『厳はアメフト、もうしないの?』

「ああ」


キッドにも様々な理由があったようにその他の人にも様々な背景がある。


清香はあまり突っ込まないことにした。


『そっか』


吸い終わった殻を潰して、灰皿へ捨てる男…武蔵。


「聞かないんだな」

『うん』


人間、聞いてほしくないことの方が多いものだ。


「もうこんな時間か。今日は楽しかった」

『私も楽しかったよ』

「また、話せる機会があればいいな」


清香は笑った。


『必ず!』


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