その日の夜、いつものように合宿所の風呂に入る。
温泉でこそないものの、疲れた体を癒せるのは最適だ。
拙者は昼間の出来事を忘れようと湯船深くまで浸かる。
「よう魁ちゃん!」
ざばりと湯船に飛び込んできたのは小饂飩。
「なにか思い詰めてるな、何かあったのかよ?」
小饂飩は拙者の顔を見て何かを察したようで、少し眉を潜めた。
「…小饂飩は、好いた人ができたとき、それを相手に伝えるか」
小饂飩ならばなにか助言をくれるやもしれぬ。
そう思って、悩みを打ち明けた。
しかし小饂飩は大笑いし始める。
「俺ァずばり魁ちゃんの好いた人っての、ピーーーッと分かるぜ」
そしてがっと拙者の利き腕とは逆の肩をつかむ。
「仮名ちゃん、だろ」
その言葉に拙者は目を見開いた。
何故、分かっているのだ?
「かーーーっ!魁ちゃんから恋愛相談されるなんて傾奇者の極みだねぇ。嬉しいぜ」
「ふざけるでない。拙者は真面目に尋ねておるのだ!」
拙者がすこし声を張り上げると小饂飩は少し真面目な顔になる。
本当に少しだが。
「魁ちゃん、確かに俺ァ今の関係性ってのも大切だと思う」
拙者は黙って聞く。
「しかしな、それを壊さねぇ限り、自分の思いは伝えられない。何かを犠牲にしなきゃ出来ねぇもんってのがあんのよ」
小饂飩の言う通りだ。
「今のままだったら絶対に魁ちゃんは後悔することになるぜ。失敗したっていいじゃねェか、それだけで崩れるようなヤワな信頼関係じゃねぇんだろ」
小饂飩はそういってこちらに向かって笑う。
なるほど、小饂飩は全てを分かっていたということなのだろう。
いつの間に近くにいた沖がボソリと呟いた。
「仮名…さんは強い人だと思う、けど、なにか抱え込んでる。それをキャプテンは理解しているんでしょ」
湯気でいつもの怨霊は見えない。
そこにやってくる緋慈華汰。
「僕らはね、やきもきしているんだよ。つまりだね、君が悩んでいては僕らも悩んでしまう。キャプテンがしっかりしてもらわないと困るのだよ」
結んでいる髪の毛をはらりと払い除けながら、緋慈華汰は笑った。
口こそ上から目線だがはっきりと物を言う、それが緋慈華汰のいいところだ。
「皆、ありがとう」
拙者は皆に聞こえるか聞こえないかの小さな声で感謝した。
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