近すぎて近付けない
『実はね、好きな人ができたんだ』

その言葉に胸が締め付けられた。

汗も一瞬でひいた。

なんと返すべきか分からなかった。


まるで道化ではないか。

自分の好きな相手はお主だというのに、そのお主から問われた言葉に拙者は答えなかった。

その上、お主の口からも別の好きな男の話を聞くことになろうとは。


自己中心的だということは重々承知している。

しかし、拙者の心の中ではどす黒いものが渦巻いていた。


その男は誰だ。


そう問い詰めたかった。

しかし仮名の問に答えなかったが故にその言葉は喉の奥に張り付いて出てこない。

拙者が口出しできることではない。

仮名との間に己から初めての秘密を作り、己との間に仮名から初めての秘密を作った。


そうだ、拙者は。


大きな過ちを犯したのだ。


それに気づくのにそう時間はかからなかった。

相手を傷つけたくない、今までの関係を崩したくないが故に発しなかった言葉が、別の言葉となって我らの関係を崩している。

これでは本末転倒ではないか。



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