数年後


「戦の準備は出来ましたか」

そう言って私の部屋に入ってくる李牧様。

私は男物の甲冑を着るためにさらしを巻いている途中で、李牧様は軽く、すみませんと呟いた。

『私も出陣とは、一体誰がこの戦の大将なんです?文句を言ってやりたいです』

私はしばらく戦に出ていなかった。

李牧様の身辺警護を任されていたというのもあるし、女というのもある。

最近カイネという女剣士が李牧様の身辺警護をやり始めてからは、確かに少し暇だったのだが。

「総大将は慶舎です」

私はさらしを巻く手を止める。

『はあ、なるほど。私は慶舎の初の総大将としての戦に駆り出されたと』

「慶舎直々に私に言ってきましたからね。総大将の言うことを断ることなんてできません」

そして笑う。

悪いお人だ。

李牧様の方が立場が上なのだから、李牧様が嫌だといえばそれは無くなるというのに。

私はさらしの上から男物の甲冑を着る。

ずしりとした重みが両肩に響く。

李牧様が私の方に近づいてきて、昔のように頭に手を載せた。


「ご武運を」

『は!』


私はいつものように跪き、拱手をした。


馬場に行くと、愛馬敏の隣には慶舎の馬が繋がれていた。

これは、鉢合わせするんじゃないだろうか。

こういうときの予感は大抵当たるもので、私が敏の手綱を解いたときに後ろから声が掛かる。


「名前」

『久しぶり、慶舎』


私は振り向きざまに答えた。

慶舎の背は私より高くなっている。

しかし髪型はあのときと変わっていない。

唯一変わったものといえばやはり、私には饒舌になった事だろうか。

「名前を呼び出してしまってすまないとは思っている。しかし私の総大将としての初陣には着いてきて欲しかった」

私は軽く笑う。

『いいよ気にしてない。私も慶舎に会いたかった』

どれほど成長しているか、楽しみだ。

私は左に差している剣を抜いた。

『私もどこに配置されるかは知らないけど、慶舎の初陣に恥じない活躍をするつもり』

「そうだな」

そして慶舎は愛馬に跨る。

慶舎の愛馬には格子状の馬用甲冑が付けられている。

そういえば慶舎の髪布もいつの間に格子状になったのだろう。

私が知らないことだ。

私も敏に跨り、歩み始めた慶舎に並ぶ。

『ところで、配置は』

「私の横だ」

『は?』

「私の身辺警護と言えば良いか」

『はあ』

私は驚いて生返事を返した。

そうか、私は慶舎の身辺警護をすれば。

待て、李牧様にはカイネがいる。

このままだと慶舎の身辺担当は私になるのではなかろうか。

別に嫌な訳では無いが、かなり驚いている。

私は話題を替えようとした。

『勝算は』

「無ければ李牧様は私に任せたりはしない」

それはそうだ。

私は自分の質問を恥じた。

『李牧様が任せたんだから、私が心配することはなにもないか』

そして私は安心したように笑う。


城門の前には今回の戦の兵三万人が群をなしていた。

その総大将が今、横にいる慶舎だ。

あのとき小さかった子供がこんなに凛々しくなるとは、吃驚だ。

「名前、行くぞ」

慶舎は副官に二言ほど指示をすると、私の方を向いた。

号は副官がかけるらしい。

それは物静かな慶舎らしいというか。

号が終わり、兵は火がついたように雄叫びをあげる。

そして、ゆっくりと進軍を始めた。


進軍中、慶舎は私から離れることは無かった。

敏も疲れている様子はない。

歩みは順調だ。

「名前、変わったことはないか」

慶舎が話しかけてきた。
目線は前を向けたままだ。

『ああ。順調だよ。一ついうならば李牧様の身辺警護はお休みだ』

慶舎は少し怪訝そうにこちらを見た。

「何かあったのか」

『いや、カイネという女剣士が来てね。カイネと変わったんだ』

慶舎は少し考え込むように顎に手を添えた。

「…婚約者でも、探すのか」

『え』

突然の慶舎の台詞。

私は少し口がひきつった。

李牧様の身辺から離れなかったせいで、婚期を逃したなどと、言えるはずがないだろう。

『慶舎、お前は二十を大幅に過ぎてしまった者を娶りたいと思うのか』

そしてあからさまにため息をついた。

『気づけばこの歳、私も先日気づいて驚いたよ。婚期など五年以上前に過ぎてしまっていた』

慶舎はこちらを黙って見つめている。

『やはり李牧様に付き過ぎたのが駄目だったか。しかし李牧様のお付きになれたのは私にとって最高の喜びだったから』

半ば独り言のように愚痴る。

そう、李牧様のお側から離れたくはなかったのだ。

李牧様は私を取り立ててくれた恩人。

その恩に報いずしてどうして日々を過ごしていられよう。

「名前は、李牧様を想っているのか」

『……いや?そんなことはない』

「本当か」

そう、想ってなどいない。

どちらかと言えば、李牧様は兄のような感覚だろうか。

父親ではないし、叔父というほど関係が遠い訳では無い。

『兄のような感覚、といえば通じるか』

慶舎は少し間を置いて頷く。

私はそんな慶舎を見て笑った。

『兄から離れると少し寂しく感じるものだ。そうだろう』

慶舎は再度頷く。

『慶舎は私の弟のようなものだ。だからずっと会いたかったし、離れている間寂しかったよ』

そう言って慶舎の肩をぱしんと叩く。

後ろの副官から注意を受けたが、私は軽くわらって誤魔化した。

そして慶舎を見る。

『慶舎?』

少し目を見開いて固まっていた。

『慶舎、どうしたんだ』

「い、いや、なんでもない」

そして慶舎は馬の足を早めた。

私は慌てて敏に指示をして横につく。

「……私は、そろそろ誰かを娶らねばならない」

『ああ!そんな歳だね』

慶舎ももう妻を娶らねばならないのか。

成長したものだ。

うんうんと独りで頷いていると、慶舎は副官に言って進軍を止めさせた。

確かに日は沈みつつある。

ここは盆地で、丘から偵察もできる。

屯駐するには良い場所だと言えよう。


「今夜はここで休む」


慶舎はそう言うと馬を下りた。




好いた人かどうかを聞いたのは


不安を消したかったからで、


まさかさらに不安になるとは思っていなかった。


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