世話係最終日。
私はそのことを慶舎に伝える。
『今までありがとう。私は今日で世話係を下りることになった』
そういった時だった。
明らかに慶舎の瞳が揺れた。
『もう李牧様のところにきて随分立つ。私がついていなくてももう大丈夫だから』
慶舎は目をそらしている。
拗ねているのだろうか。
なんだか、嬉しかった。
初めて子供らしい姿が見れた。
『慶舎』
そして私は初めて名前を呼んだ。
慶舎はぱっとこちらを見た。
その瞳は確かに見開かれていた。
驚いているんだ。
『私は世話係として失格だったかもしれない。慶舎のことを名前で呼んであげなかったし、慶舎に李牧様の教えを全然伝えてあげられなかった』
慶舎は黙ってこちらを見つめている。
肩が僅かに震えている。
私はその肩に手を置いた。
『私は、これを伝えたかった』
そして李牧様のようににっこりと笑った。
『慶舎の居場所はここなんだ、ここには慶舎が必要なんだ』
そして私は斜め上を見る。
『なんだか、ごめん。やっぱり李牧様のように上手く伝えられない』
そして肩から手を下ろす。
『慶舎は勉強も出来る。戦術を考えるのも上手い、馬術もできるようになった。剣術も』
そして私が今、本当に思っていることを言った。
これは私の本音だし、私が李牧様から言えと言われたものでもない。
『慶舎がいて、私は初めて学んだことがいっぱいあったと思う。今まで分かっていたようで分からなかったことも、再認識できた』
そしてあの時の李牧様のように、慶舎の頭の上に手を乗せた。
『慶舎、ここに来てくれてありがとう』
あ、なんだか泣きそうになってきた。
私はそれを我慢して慶舎の頭を撫で続ける。
別にどちらかがここから去るわけでも会えなくなるわけでもない。
ただ、いつも一緒にいたから、なんだか寂しいと思ってしまっただけで。
私は慶舎の目線に合わせていた位置から、腰を持ち上げる。
『あー言えた言えた』
すっきりした。
慶舎に伝えたかったことは伝えられたし、これで心置き無く世話係を卒業できるというものだ。
腰に違和感がある。
下を見ると、私の服の裾を慶舎が握っていた。
口が少し震えている。
「も……」
え。
今、慶舎。
「私、も……」
私は固まった。
慶舎の口から、音が聞こえる。
驚いた。
「あり、がとう」
確かに、ありがとうって言った。
半年以上口を開かなかった慶舎が。
『慶舎、言葉』
「…っ」
慶舎は私の腰に抱きついてくる。
えっ、待って。
心と頭が追いついていない。
慶舎が話した。
『り、李牧様に伝えなければ……!!!』
あの時、抱きついたのは
誰にも渡したくなかったからで、
その時からこの気持ちは、始まっていたのかもしれない。
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