■ 兄弟、長兄と話す

三人はすでに紅炎の部屋の前にいた。

怪訝そうにシャプールがこちらを見る。

「アスラ、遅いぞ」

『ごめんごめん、白龍と打ち合ってたら忘れてた』

紅明は笑う。

「シャプール、私の言ったとおりだったでしょう?」

「ああ、ほんとにアスラはバカなんだな」

どうやら予想していたらしい。

慕ってくれていたシャプールにもバカと言われるとは、かなり心外だ。

『シャプール、姉者は悲しいぞ』

「あねじゃ、どっかいたいのー?」

気づいたイスファーンが不安げにこちらを見てくる。

『天使だ』

「イスファーン、こいつはどこかが痛いんじゃない、大丈夫だ」

バカと言ってきたシャプールもイスファーンの勘違いに笑う。

紅明もそれを見て笑っている。

「さて、入りましょうか」

紅明は兄王様!と呼びかけるとゆっくりと扉を開いた。


開いた先にいたのは文机に座る炎帝、紅炎である。

『おはよう、紅炎「昨日はなぜ来なかった」

ああ、これは、怒っている。

背中に冷たいものが触れた気がした。

笑顔が固まるのが分かる。

今までに無断欠勤をしたことがないわけではない。

紅炎の怒りはそれだけではないようだった。

「兄王様の怒り方が異常ですが、アスラあなた何かしたんですか」

『わわわかんない。なんかやっちゃったっけ』

普段の口調を忘れつつある。

笑顔が引き攣るのがわかる。

横にいたシャプールとイスファーンはさすがに紅炎をただの皇子とは思っていないようだ。

紅明を目にした時とは明らかに態度が違う。

「ぶ、無礼をお許しください。しかし、私共は貴方様のお力添えが必要なのです」

シャプールが拝礼する。

紅明もゆっくりと拱手した。

普段は絶対にしない私もさすがに拱手する。

そうさせるほどの威圧感が紅炎にはあった。

紅炎が席を立ち、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

「宝石商から聞いた」

紅炎がゆっくり話し出す。

あ、これはまずい。

反射的にそう感じた。

「貴様、いつから子を持っていた」

ああ、やはり。

さすがに笑いがこみ上げてくる。

「兄王様、この兄弟がアスラの連れ子だと?」

紅明は拱手して俯きながら話す。

肩が震えているということは、笑っているようだ。

『紅炎、こんなにしっかりとした子が私の子だと思うのかな』

私は拱手をとき、肩をすくめる。

「俺との子ならば」

紅炎の呟きにしんと場が静まり返る。

シャプールがこちらをぎょろりと見る。

目が怖いよ君。

紅明も拱手をしたままこちらを見つめる。

その口はだらしなくあいている。

『百歩譲ってこの子が紅炎との子としようか。私は何歳で産んだことになる。その間私の出仕が途絶えたことがあったかな』

紅炎はふんと鼻を鳴らす。

「冗談が通じんやつだ」

そういうとどかりと椅子に腰を下ろす。

「ちょっと待ってください兄王様。アスラの紅炎との子という発言はなんですか。そんな既成事実があったとでも」

私と紅炎は何も話さない。

シャプールは察したようで私から目をそらした。

紅明は顔が青ざめている。

『冗談が通じないのは紅炎のほうだよね』

「まあ一晩でできる方が珍しい。ないとは言いきれんがな」

その言葉に紅明はがっくりと肩を落とす。

今の紅炎の発言で分かってしまったのだ。

私と紅炎が一度とはいえ、関係を持ったということを。

『そんなことはどうでもいい。家臣とできてしまう王など歴史上いないとは言いきれないからね』

そんなことよりパルスだ。

私はシャプールとイスファーンを紅炎の目の前に出す。

『この二人の出身国を調べて欲しい。そして私の全権限を使って送り届けるからさ』

「その子供たちがお前にとって大事であることは分かった。調べてやらんことはないが、お前は何を俺に寄越す」

私は顔をしかめた。

家臣のいうことぐらい聞けってのコケシ顔め。

『好きにすればいいよ。まずは国について調べてほしいかな』

紅炎は分かった、と静かに言う。

部屋の奥に控えていた李青秀が立つ。

まずい、四家臣にも聞かれていたんだろうか。

青秀はこちらを見てにやにやと笑って、部屋から出ていった。

これはあとで聞かれるな。

「ところで、眷属は増えたか」

『今のとこなんもなし。まだ仕え始めて短いからね』

紅明は自分のことだと思い、羽扇を見つめる。

「ダンダリオンに好かれるかはアスラの器によりますからね」

仕えてもいないのに眷属器使いとして認めたヴィネアが異常なのかもしれない。

紅覇のレラージュは浮気者が嫌いと聞いたし、これは先にダンダリオンに好かれないといけないな。

『まだ紅明から貰った金属も馴染んでないんじゃないかな。半年たったくらいだよね』

右耳の耳飾りに触れる。

私のものは普段は長い横髪に隠れていて見えないが、紅明とお揃いらしい(と本人が言っていた)。

「…右耳の耳飾りか。紅明、お前はどちらにつけていた?」

紅炎は少し眉をひそめながら尋ねる。

紅明は左ですね、と答える。

「意味を分かってつけているのか」

「ええ、もちろんです」

紅明と紅炎が睨み合っているように見える。

私だって意味は分かっている。

『私も知ってるよ。右耳の耳飾りの意味』

紅炎がばっと顔をこちらに向ける。

そんなに慌てるものだろうか。

紅明もすこし驚いた様子で、しかし少し嬉しそうにこちらを見た。

『女性が右耳につけると、優しさと成人女性の証なんだよね』

紅炎は顔を押さえて笑っている。

「ああ、お前は賢いな」

紅炎から珍しく褒められる。

正解したんだろうか。

「…いずれ教えてあげますよ」

紅明は羽扇で顔を隠して俯きながら呟いた。

「ちなみに男が左側に耳飾りをつけるのは勇気と誇りの象徴だ。もっと賢くなったな」

紅炎は肩が震えるほど笑っている。

へえ、紅明のはそういう意味だったのか。

「ほんと底抜けのバカですね」

紅明は少し怒ったようにこちらに眼をむけた。

炎明両兄弟を怒らせるとは思わなかった。


「待たせたな」


青秀が多くの地図を抱えて部屋に入ってきた。

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