■ 兄弟、いってきます

ペシャワール城塞にたどり着くと、キシュワードから話しかけられた。

もちろん私はキシュワードとは始めて会う。

「お主がアスラだな、待ち人がいる。まずはそこへ案内しよう」

キシュワードの言葉に目を見開く。

待ち人と言えばこの二人しかいない。

『やっと、会えるんだね』

キシュワードは頷いた。

「シャプール殿があんなに子供のような表情を見せるとは思わなかった。お主彼らのなんなのだ」

『そうだね、家族かな』

私は昔を思い出した。

自然と笑みがこぼれる。

耳の耳飾りが煌めく。

そのことを気づいたものはいなかった。

キシュワードはとある部屋の前に止まった。

私は唾を飲み込むと、その扉を開けた。

私を迎え入れる二つの双眸。

懐かしい気持ちがこみ上げてくる。


『ただいま兄弟』


あのときのように、話しかける。


「おかえり、アスラ」

「おかえり!姉者!」


二人は笑いながら近寄ってくる。

ああ、これで私がこの世界に来た甲斐があった。

成長したふたりを見て、心からそう思う。

私は二人を抱きしめた。

『会いたかったよ!二人とも!』

「俺もだ」

「ああ、姉者。俺もだ!」

嬉しくて、シャプールとイスファーンを持ち上げる。

微笑ましそうに見ていたキシュワードもさすがにこれには驚いたようで、部屋の中に入ってきた。

「な、なにをやっておるのだ!」

『あ、キシュワードも持ち上げて欲しいかな?』

そういう事ではない!と慌てるキシュワード。

シャプールは慣れた様子で、私に持ち上げられている。

「キシュワード、以前言った異世界の話を覚えていないか」

「そういえば、その者の名もアスラであった。まさか」

そのまさかだ、とシャプールは頷く。

私は二人を下ろした。

『異世界から来たアスラだよ。よろしく』

私は笑ってキシュワードに手を差し伸べた。

それをおずおずと握るキシュワード。

「姉者はすぐ人に慣れるから、キシュワードも持ち上げられないように気をつけろよ」

イスファーンは笑った。

昔よく抱っこしていた面影はほとんど残っていない。

でも、無邪気な笑顔は昔のままだ。

「あ、ああ。気をつけよう」

シャプールはふと私の耳飾りを見る。

「先程から思っておったのだが、お主の耳飾り、何故光っているのだ」

疑問に感じたのか、私の耳飾りを触る。

その時だった。

ぱちっとシャプールの指が弾かれる。

そして私の周りには八芒星。

『えっ』

私は目を見開いた。

そういえば、これはダンダリオンが宿った眷属器。

発動したことは無かった。

今、ここで、発動するというのか。

その能力は。

『空間転移能力……まさか!』

今日で10日目だというのだろうか。

「アスラ!」

シャプールは私の手を掴もうとする。

しかしその手は私の身体をすり抜けた。

私は感情を抑えずに、叫んだ。

『シャプール、イスファーン!大丈夫、私は元の世界に帰るだけだよ』

はっとするシャプールとイスファーン。

「そんな、姉者!せっかく会えたというのに!!」

八芒星が光輝く。

もうすぐだ。

もうすぐ、きっと。

『ごめんね、私ももっと二人と話したかった』

「お前を愛している、その言葉は取り消さぬぞ」

触れない私をなんとかして掴もうとするシャプール。

私は首を横に振った

『運が良ければ、また会えるかもしれないね』

私の目から涙が零れた。

『ごめん、シャプール。返事は返せなかったね』

目を見開き、黙り込むシャプール。

『イスファーン、私がシャプールを助けたのはきっと偶然じゃないんだよ。そのために私はここに来た気がする。だから、しっかりシャプールを守ってあげるんだよ』

触れない手でイスファーンの頭に手を置く。

もちろん感覚はない。

「姉者……嘘だ」

イスファーンの双眸から涙が溢れ出す。

泣き虫ってところは変わらないなあ。

『私がいなくなることは分かってたんだよね。だからギーヴとナルサスには伝えてある。私の代わりにアルスラーンの即位を見届けて欲しいな』

シャプールに対して言う。

『あーあ。もうちょっと、この世界で、過ごしたかったなあ』

私は紅炎の剣を撫でる。

「アスラ、アスラっ、お願いだ行かないでくれ」

シャプールは頭を下げ、叫んだ。

『それじゃあね、兄弟』

シャプールの手が空を切るのが最後に見えた。


『いってきます』

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