■ 狼と、対峙する

ぐるるという唸り声。

『これは完全に敵意剥き出しだね』

私は襲いかかってくる狼を素早く避けた。

獣に対する無闇な殺生は避けたい。

しかし、先ほどの男には気づかれてしまっただろう。

背後からもう一匹が躍り出る。

私は避けきれずに狼の牙を受けた。

『いったあ!!』

肩に噛み付いてくる一匹。

もう一匹は私の右足に噛み付いてくる。

ピィーーーと甲高い音。

指笛だと気づいたのは先ほどの男が目の前にいたためだった。

「お前は、ルシタニア兵ではないな」

『そちらこそ、敵じゃなさそうだね』

牙が食いこむ。
幸運なのはまだ若い狼のため、そこまで痛くはないことだろうか。

「お主の名前は」

『そっちが先に名乗るのが筋なんじゃないのかな』

ぎりっと牙が骨にくいこむ。

「……イスファーン。パルスのエクバターナより東方のペシャワール城塞へ行こうとしていた」

私は目を見開く。

『え、イスファーン!?』

狼達が私の声に驚いて、牙を解いた。

二匹はイスファーンの周りにもどる。

『イスファーンって、あのシャプールの……』

「万騎長シャプールのことを言っておるのか。俺はその弟だ」

これで確信した。

イスファーンだ。

あの、私が見た時はまだ3歳だった。

大きくなったね。

『生きてて、本当に良かった』

私は笑った。

イスファーンは私の顔を見て後ずさる。

「お主、俺を知っておるのか」

私は胸元に隠していたガーネットの首飾りを取り外し、イスファーンに投げた。

いてて、と血の出る肩と足を抑えながら私は叫んだ。

『それに見覚えはないかな』

イスファーンはその宝石を見た瞬間、私と見比べる。

「まさか、姉者……」

まだ姉者って呼んでくれるんだ!
本当に嬉しいよ。

イスファーンは自分の首にかかったガーネットを取り外す。

「間違いない。その髪、その瞳、しかしどうしてだ、あの時のままだ」

イスファーンは私の方に近寄ってくる。

私は勢いよく飛びついた。

『良かった!!本当に生きてて嬉しいよ!』

イスファーンはすぐに私の腕を解き、私の肩を掴んだ。

「こちらのセリフだ!あのときの熱傷、幼心に覚えておる!!」

『ああ、これでしょ?』

私は右腹の包帯を軽く解く。

そこから現れたのはまだ癒えてない火傷痕。

イスファーンは顔をしかめた。

「なぜ、まだ癒えておらんのだ。あれから何年が経ったと」

『それがね、こちらの世界ではまだ君たちがいなくなってひと月も経っていないんだよ。だから私の姿が変わらないのも当然だし、傷も癒えていない』

イスファーンは納得したようだった。

「す、すまない!バハーラムとカイヴァーンが噛み付いてしまったな、手当をしよう」

そう言って、イスファーンは私を連れて森の奥へ。

バハーラムとカイヴァーンというのは二匹の子狼の名らしい。

『いや、自分で治すよ。首飾りを貸して』

イスファーンに渡していた首飾りを受け取り、首にかける。

『フェニクス、頼んだよ』

ペンダントから大きな鳥が出てきて、その光を浴びた私の傷は塞がる。

二匹は怖がってきゅんきゅん鳴いている。

「……紅炎殿か、懐かしいな」

私はぎこちなく笑った。

『そう、だね』

「実を言うと、3歳の時のことなどほぼ覚えておらんのだ」

恥ずかしそうに笑うイスファーン。

私は急に頭を撫でたくなる衝動に駆られた。

それを必死に抑える。

『そりゃそうだよ。ただ一つ言えるのは、君は泣き虫だったってことかな』

そう言って笑うと、イスファーンは顔を赤くさせた。

「仕方あるまい!まだ幼子だったのだから」

イスファーンはふと何かを思い出したように私の手を握った。

「そうだ!驚いて忘れておった!近くに兄者も居るのだ!エクバターナで兄者を助けてくれたこと、本当に感謝してもしきれぬ」

そして深深と頭を下げた。

『シャプールも近くにいるんだね、良かった!エクバターナのルシタニア侵攻のあと、病室にいったらすでにシャプールがいなくてさ』

行き違いになったんだよね、と付け加えるとイスファーンは頷く。

「兄者が囚われた瞬間から俺は動いていたのだが、謎の絹の国の人物が助けてくれたと聞いてな、すぐに医務室に迎えに行ったのだ」

それが正解だよ、と私は笑う。

それにしてもシャプールが近くにいるのか。

なんだか会いづらい。

「兄者に会わせよう!付いてきてくれるな!」

私は首を横に振った。

『私達もペシャワールに向かっているんだよね、だからそこで会える。私の所にはアルスラーンもいるんだ。少しでも離れたくはないからね』

アルスラーンという言葉にイスファーンは目を見開いた。

「陛下は無事であったか……!本当に良かった」

イスファーンは続ける。

「ならば警備は多いほうがいいのではないか。ペシャワールまではまだ五ファルサング以上はある」

私はまたも首を横にふる。

『少数で目につかない方がいいと思うけどね、私は』

イスファーンは渋々頷いた。

「分かった。ペシャワール城塞で落ち合いましょうぞ、姉者」

そしてイスファーンは深く礼をする。

私は髪を一本抜き、イスファーンに渡した。

『私と会った証拠だよ。シャプールに渡して欲しいな』

一本だときらきらと煌めくその柘榴色の髪。

イスファーンは頷いた。

バハーラムが私の足に擦り寄ってくる。

もう一匹のカイヴァーンは反対側の足に。

傷口があったところをぺろぺろと舐めている。

申し訳ないと思っているのだろうか。

『二匹も、ペシャワールで会おうね。その時は野山を駆け回ろう』

私は笑った。

頭を撫でてやると甘えた声を出す二匹。

私は思わずイスファーンと顔を見合わせ、笑った。

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