■ 再び、あいまみえる

ダリューンは私の方をちらりと見た。

「お主、いい香りがするな」

私は不思議に思ってダリューンを見る。

ダリューンは顔を真っ赤にして否定する。

「ち、違う!そういう目で見ているわけじゃなくてだな!!」

『ダリューンもこの香り、好き?』

私は布を外す。
絹のようにさらさらと肩口にこぼれ落ちる髪。

この香りは紅炎にもらった香油の香りだ。

「…ああ。良い香りがする」

『紅炎の、好きな香りだったんだよね』

私の言葉にダリューンは慌てた。

「紅炎殿……第一皇子だな。お、お前と紅炎殿は恋仲だったのか?」

なんとか話題を変えようとするダリューン。

しかし間違った方向に変えてしまった。

『恋仲、だったのかな。昔は違うと思ってたけど、今は分かんないよ』

そういって少し笑う。

「そうか」

私の悲しそうな笑顔を見てダリューンは何も返せなくなっていた。

悪いことしちゃったな。

私は布を頭に巻き直そうとする。
そのときだった。

ビリっとした感覚が私の頭に走った。

ダリューンも同じようで、目を見開くとお互いに顔を見合わせる。

石段の上に立っていたのは。


私はすぐに剣を抜いた。

ダリューンとほぼ同時だ。

相手はすぐに私に切りかかってきた。

そのスピードに対応する。

『君、見たこと、あるねっ!』

剣を弾き返す。

ダリューンが相手に切りかかる。

仮面の男、水路で出会った人物だ。

あのときも殺気を放っていたが、今回はさらに凄まじい。

私は髪をすぐに布で覆う。

仮面の男は声を上げた。

「その髪と瞳……見つけたぞ!!異界の娘よ!」

私ははっとして後ずさった。

なぜ私のことを知っている!?

ダリューンは私の前に出て、相手に連撃を浴びせる。

それを器用に受けながら仮面の男は笑った。

「お主の力が欲しい。この俺の元へ来い!」

ダリューンは一段と強く剣を振り下ろす。

それを受けると仮面の男はダリューンに視線を移し、尋ねた。

「痴れ者、名を聞いておこうか」

ダリューンが名乗ると、仮面の男は顔を歪ませさらに大きく笑い出した。

「ダリューン教えてやろう!貴様の伯父ヴァフリーズを殺したのはこの俺だ!!アンドラゴラスの飼い犬めがそれにふさわしい報いを受けたわ!」

ダリューンからとてつもない殺気が放たれる。

私は加勢をするためアシュタロスを発動させようとする。

しかしそれはなにかによって妨げられた。

『っああ!!』

足元に何かが触れたと思ったら、私の右足はざっくりと切れていた。

何故?仮面の男はあそこにいる。

そうして足を見る。

『なんで……!』

血が溢れでている。
私は頭に巻いていた布で止血をした。

ここでフェニクスを使えば、体力の消費で戦えなくなる。

それを見越してのことだ。

ぎちっと足を痛いほどに締め付ける。

血が止まるのはしばらくはかかるだろうが、戦いはできるはずだ。

そうして立ち上がろうとした時だった。

きらりとした煌めきが私の視界に入り込む。

それを素早く避ける。

『……魔法かな?』

地面から手が生えている。

その手に握られたのは血まみれの短剣。

私の足を切ったのはこれだ。

剣を振り下ろす。

しかしそれは消えた。

『地面に関わる魔法なんて、アガレスみたいなことするね』

痛む右足を引いてこちらもアガレスを発動させようとした時だった。

仮面の男の絶叫が響く。

ダリューンの剣が仮面の男の仮面を切り裂いていた。

その顔の右半分は火傷の痕が覆っている。

私は反射的に右脇腹に手をやった。

そこには私も火傷の痕があるのだ。

仮面が外れた男は剣のスピードがあがる。

ダリューンはその気迫に負けてどんどん後退していく。

ダリューンの剣が間に合わない。

私は左足で地面を蹴った。

ダリューンの方へ少しでも寄るんだ、意識をダリューンから少しでも外させるんだ。

男の剣がダリューンの頭に向けられた時だった。

後ろからもう一つの剣。

ナルサスだ。

私は勢いのままナルサスの横に並んだ。

地面からの手は消えていた。

最初から私の邪魔をするためだけだったのか。

「誰だ、道化者」

ナルサスは名乗る。

「我が名はナルサス。次のパルス国王の世に宮廷画家を務める身だ」

「宮廷画家だと……?」

男は右半分の顔を覆いながら呟く。

「画聖マニの再来と心ある人は呼ぶ」

「誰が呼ぶか!」
『何言ってるのかな』

私とダリューンの声が被る。

こんなときにナルサスは何を言っているのか。

男は私の右足に少し視線を移した。

「異界の娘よ、主も名を名乗れ」

『……アスラだよ』

私は剣を構えたまま答えた。

ナルサスとダリューンと私、そして男が向かい合う。

周りがうるさくなり始めた。

住民が起き始めたようだ。

男は呟く。

「勝負は後日にあずけた。今日は引き分けにしておこう」

ナルサスは笑った。

「今日出来ることを明日に延ばす必要は無いぞ!」

男はそれを避け、木材を蹴った。

「さらばだ、へぼ画家。今度会うときまでに絵の腕を上げておけよ」

そして私に対して叫んだ。

「俺のことを覚えておけ、アスラ。必ず迎えに行く」

がらがらと崩れ落ちた木材が小道を阻む。

追いかけようとするが、ナルサスの小刻みに震える腕に止められた。

不思議に思ってナルサスを見る。

「あやつ俺のことをへぼ画家とぬかしおった!!芸術も文化も理解せぬ奴らがでかい面で横行する!末世と言うべきだな!」

怒りで震えていたようだ。

私はため息をついた。

『ダリューンも危なかったね』

「ああ、ナルサスが助けてくれなければ脳天を叩き割られていただろうな」

その恩人は怒り狂っているわけだが。


ナルサスとダリューンは先ほどの男の正体を考えている。

「あの酷い火傷では顔を隠さざるをえんだろうな」

「あの顔、火傷がなければ思い出せそうな気がするのだが……」

私は先ほどの地面から生えた手のことを考えていた。

右足をちらりと見る。

『え』

私は驚愕した。

きつく縛っていて感覚がなくなっていたのだが、感覚がなくなる原因はそれだけではなかったようだ。

止まることなく布から溢れ滴り落ちる血。

患部の周りの色は紫色に変色していた。

『……毒が塗ってあったのかな』

少しくらりとして倒れそうになるのを剣で支える。

近くにいたダリューンがそれに気づいて、私の体をさっと支える。

そして傷口を見て眉を寄せた。

「なんだ、これは」

ナルサスは私の足を見るやいなや患部の布を剥ぎ取る。

血が止まらない。
出血毒だろう。

さらに感覚もない。
神経毒も混じっていたのか。

『大丈夫……だよ』

呂律が回らない。
やはり毒だ。

フェニクスを発動させようとするが、力も出ない。

神経毒は筋肉を弛緩させる。

心臓も止まることがあるという。

私はその場に座り込んだ。

私はファナリスだ。
身体能力が高い。

毒なんかで死んでたまるか。

ダリューンが私の右足の傷に口をつける。

『!!汚いよ、ダリューン……』

口に血を含み、吐き出す。

ぬるりとした感覚が私の右足に触れた。

「アスラ、毒を吸い出すにはこれが手っ取り早い。我慢しろ」

口が血塗れのダリューンが私を宥める。

私はゆっくり頷いた。

血が吐き出されるたびに身体が冷えていくのに対して、身体の痺れは少なくなってゆく。

「ダリューン、これくらいでいい。すぐに戻ろう」

ダリューンは口を拭う。

そのまま私を横抱きにする。

普段されないことに私は戸惑うが、力があまり入らないので、されるがままだ。

『ダリューン……あり、がとう』

私の言葉にダリューンは優しく笑った。

なんだ、そういう笑いもできるんだね。

そのまま私は意識を手放した。



prev next

back
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -