■ 私は、生きてゆく

この世界に来て三日が経つ。

寝床について寝るのは初めてだ。

私はエラムの隣の薄布を敷いた寝床につく。

アルスラーンは一番立派な寝台。
(もちろん寝台と言えるほど立派なものではないが)

ダリューンは壁に寄りかかって。

ナルサスも私と同じような薄布の上で。

ファランギースとギーヴは壁に寄りかかって薄布を身体に巻いている。


ファランギースが小声を出す。

「アスラ、お主何故アルスラーン殿下に敬語を使わぬのじゃ」

アルスラーンは少し遠くの寝台なので、聞こえているのはそれ以外の人だけだった。

私はゴロンとファランギースの方を向いた。

『私はバカだからね、敬語が使えないんだよね』

困ったように笑う。
ファランギースはその答えにびっくりしたようだったが、すぐにあきれたように笑った。

「王族を見るのは初めてなのか」

私はちらりとアルスラーンの寝台を見る。

寝息をたてており、しっかり寝ているようだった。

私は頭を振った。

『私がいた国、煌帝国では王族の直属の部下だったよ』

ナルサスが話しかけてきた。

「シャプール殿も言っていたな。王族と一番近い位置にいる戦士だったと」

恥ずかしいなーと笑いながら私は続けた。

『パルスはどうやら跡継ぎがいなくて困ってるようだけど、こっちは逆さ』

頭の中に紅徳様と白徳様のそれぞれの御子の顔が浮かぶ。

『私が助けられたのは、その国の第一皇子だった。歳は私より上だったよ』

紅炎のことだ。

私の表情を見たエラムは少し眉をひそめる。

「アスラは、その皇子につかえていたのか」

エラムの問いに頷いた。

『最初はね。でも後から金属器を持っていた皇子皇女に仕えるようになったんだよね』

ナルサスは金属器という言葉に疑問を呈す。

金属器はジンが宿るもので、迷宮(ダンジョン)と呼ばれる迷路を攻略することで王の器に選ばれたものがそれを手にする。

そう簡単に伝えた。

「第一皇子はその金属器とやらを持っていたのか」

ダリューンは真剣な表情で尋ねてくる。

私は肯定した。

『第一皇子、紅炎っていうんだけど、紅炎は三つの金属器を持っていたよ』

懐かしい。
三日あっていないだけなのにこんなに懐かしく複雑な気持ちになるのか。

金属器を持つ者に仕えていると、持っている金属品にその金属器の力が宿ることがある。

それを眷属器という。

そのことも簡単に伝えた。

ナルサスはすぐに理解したようだった。

「お主が持っている魔法武器がそれだな」

『そうだよ』

そう言って肌身につけている腕輪を撫でた。

「しかしお主の持っている眷属器は複数有るはずだ」

ナルサスは鋭い質問をしてきた。

私は苦笑する。

『そう、眷属器が複数発動する例はないらしくて、だから私は珍しいと思われたんだろうね。それから第二、第三皇子にも仕えることになったんだよ』

ギーヴはひゅうと口笛を吹いた。

「そのような強大な力を持って、怖いとは思わぬのか」

ファランギースはギーヴを諌めながら、問うた。

私は少し黙り込んだ。


怖くないといえば嘘になる。
でも今まではちゃんと私の暴走を止めてくれる人がいた。

紅明は頭がいい。
紅覇も物事をちゃんと理解している。
紅玉は普段はおどおどしているが、戦闘の時になると性格が変わる。
紅炎は……。


『怖いなあ……』

私は紅炎の剣をぎゅっと抱きしめた。

エラムが心配そうに私をのぞき込んだ。

『私の帰る場所は、煌帝国だよ』

自分に言い聞かせるように呟いた。

『私が仕えているのは、煌帝国……紅炎、紅明、紅覇、紅玉だよ』

肩が小さく震えた。

私は何をやっているんだろう。

今、煌帝国は戦争中だ。

紅炎が、紅明が。

死ぬかもしれないって時に。


『なんで、何も出来ないのかな……!』

ナルサスは私の頭を軽く撫でる。

「落ち着け」

ナルサスの声が耳元に響く。

「お前が生きていた場所は煌帝国だ」

低く、綺麗なその声は私の耳に吸い込まれるようだった。

その言葉に嗚咽が零れる。

「しかし、お前が今生きているのはパルスだ」

私は頷く。

分かってる、分かってるよ。

こんなこと言われなくても。

「ここで立ち止まってどうする。悔いてどうする」

ナルサス以外の皆は黙っている。

「お主の仕える人物はここにはいない。しかしその人物の意思はお主の中にあるのではないか」

目を見開く。

紅炎の剣を見た。

紅炎は私になんと言っていた?
紅炎が望んでいたものはなんだった?


『そう……だね』


紅炎が望んでいたもの。

世界の真理の追求。
その真実の欲求。

そのために国を統一する。


『アルスラーンと、似てるかもしれないね』


涙は止まっていた。

こちらに来てからどうも涙脆い。

抱き締めていた紅炎の剣を少し抜く。

『自分の意思で立ち上がらないと、紅炎に怒られちゃうよね』

キラリと輝く刀身。

この剣とはずっと一緒だ。

『ナルサス、ごめんね。私やっぱりバカだった。でも、もう振り返らないよ』

そして私はこちらに来て一番の笑顔を見せた。

共に生きよう、そう言ってくれた人はここにはいないけれど。

そう、ここにはナルサスがいる。
アルスラーンがいる、ギーヴが、ファランギースが、ダリューンが、エラムが。

シャプールとイスファーンがいる。


『前を向いて生きていく。それが紅炎が私に言ってくれたこと。そして私はその意思を継いでいく』

ナルサスの目を見据える。



『私は正式にアルスラーン殿下に、お仕えするよ』

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