■ 初めまして、王子様

私はすぐに走りだした。

剣を抜いて斬り掛かる。

あちこちから悲鳴と絶叫があがっていた。

おそらく敵は何人が向かってきているのかが分かっていないだろう。

私は助けてくれたナルサス、シャプールのいるパルスに味方をすると決めた。

しばらく経つと、敵は撤退を始める。

『全然手応えがないな』

私は剣をしまい、崖の上に登る。

そこにはまだ戦いの気配がする。

登ると、黒衣の騎士とカーラーンが戦っていた。

『あの人強いね』

私はその黒衣の騎士を見つめた。

あの槍さばきは尋常なものではない。
ナルサスが言っていた天下無双の騎士とはきっとあの男のことだろう。

決着はすぐついた。

騎士の背後を狙ったカーラーンが黒衣の騎士の機転によってその槍の後ろで突かれたのだ。

カーラーンは馬上で崩れるが、なんとか槍で支えた。

しかしその槍は中ほどで折れ、カーラーンは崖下に落ちる。

その胸には折れた槍先が刺さっていた。

私はその元に走った。

「おぬし……あのときの」

『黙ってよ』

血を吐くカーラーンを宥める。

急所をうまく外れたシャプールのときとは違い、カーラーンの場合、首元近くに刺さっており出血が酷い。

フェニクスでも助けるのは難しいだろう。

ナルサスと黒衣の騎士が駆け寄る。

ナルサスがこちらを見る。
私は首を横に振った。

「カーラーン、王はどこにおられる!?」

黒衣の騎士が叫んだ。

カーラーンは血を吹きながら話し始めた。

その声には空気の音が混じっており、肺が損傷していることが分かった。

「アンドラゴラス王は……生きておる。だが、王位は、すでに……やつのものではない……」

カーラーンは息も絶え絶えに続けた。

「正統の王が……」

私は目を細めた。

練家でもこのような話になったことがある。

王家の血を引いている者の中で、母親が遊女の場合、その子は疎まれる。

紅玉がそうだった。

それとはおそらく違うものだろうが、ナルサスと黒衣の騎士の驚愕が気になった。

白い髪の少年が近寄ってくる。

一瞬でわかった。
この少年がアルスラーン殿下だ。

「死ぬな、カーラーン!」

「お主の命令は聞けぬ!」

死にかけのカーラーンは最後にぎっとアルスラーンを睨むと、血を吹き息絶えた。

私は立ち上がり、後ろにいたファランギースとギーヴの元に近寄る。

「どうであったか」

『私でも助けられなかったよ』

首を傾げると、ファランギースに尋ねられた。

「助けるとは、まるでお主が癒せるかのような口ぶりじゃの」

『実際にそうだからね』

どうせナルサスと共に行動するのなら私の素性もバレる。

そう考えての発言だった。

ナルサスは私たちの元に近寄ってくる。

「お主らを殿下に紹介せねばな」

ファランギースはアルスラーンの下に跪いて自己紹介を始めた。

「我が名はファランギース。ミスラ神の神殿に仕えていたものでございます」

「おお、ミスラ神のご加護か!先程は危ういところを助けてくれたな、礼をいう」

ギーヴが跪いて続けた。

「我が名はギーヴ。王都エクバターナより殿下にお仕えするために脱出してまいりました。」

わざとらしい気もするが、まあいいだろう。

私は拱手する。

『私はアスラ。ナルサスに助けられた異界の者だよ、よろしくね、アルスラーン』

黒衣の騎士とアルスラーンははっとする。

「お主か!例のアスラというのは」

ちらりとナルサスをみる。

すでに情報は伝わっているようだ。

話が早い。

『そうそう。とりあえずこの世界にいるときは助けるからさ』

不遜な物言いに不満そうな顔つきをしているのはファランギースだけだ。

ギーヴは私が王妃の前でも不遜だったことを知っている。

ナルサスから二人も聞いたのだろう。

怒ることなく笑っている。

「俺はダリューンだ、シャプール殿に謝らねばな」

黒衣の騎士…ダリューンは困ったように笑う。

どうやらダリューンはシャプールと知り合いらしい。

『私の魔法…眷属器を見なきゃ信用出来ないんじゃないのかな?大丈夫?』

少し笑うとダリューンはこちらを見つめる。

「いや、シャプール殿とナルサスが信用する者は信じよう」

そっか、と笑うと私は剣をしまった。

「近くに馬小屋がある。とりあえずそこへ」

ナルサスがそういうと、アルスラーンはそれをとめ、ファランギースに弔いの詞を頼んだ。

ファランギースとアルスラーンが遠くに行った時、ギーヴがこっそり話しかけてきた。

「アスラはあの王子をどう思う」

『え、なにが』

ギーヴはため息をついた。

「裏切り者に弔いをすることだ。甘いと思わんか」

ナルサスは聞こえていたようだった。

しかし表情を変えることは無い。

私は笑って答えた。

『さあね、そういう皇子…いや、王子がいてもいいんじゃないかな』

「なぜ言い直したのだ」

『知らないよ』

ふいと顔を背けてナルサスの方に向かう。

私を敵なのに助けてくれた、あのときの紅炎との記憶が浮かび上がる。

『ナルサス、シャプールは大丈夫だよ』

私はそのことを忘れるかのように笑って話した。

ダリューンは驚く。

「しかしルシタニアの捕虜になったと聞いたが…奴らは蛮族だ。おそらく拷問もされていただろう」

私は剣を撫でた。

『怪我は全部私が治したからさ、安心してよ』

ダリューンは目を見開く。

ナルサスは声を出して笑った。

「お主は本当に興味深い事をやってくれる」

そして一つのことを提案した。

「お主がアルスラーン殿下に仕える気があるのならば、エクバターナへの潜入を手伝ってくれぬか」

私はすぐに承諾した。

エクバターナには一度行った。

シャプールとイスファーンの安否も気になるところだ。

「アスラ、すまんが行くまでに体技と魔法とやらを見せてもらえんか。どうもまだ信じられんのだ。この目に見たわけではないからな」

私は頷いた。
エラムをキョロキョロと探すが、目をそらされた。

嫌がられているようだ。

『誰かを抱えて跳べばいいよね?』

「お主の頭にはそれしかないのか」

苦笑するナルサス。

そこへファランギースとアルスラーンが歩いてきた。

どうやら詞は終わったようだ。

「遅くなってすまない、ナルサス。隠れ家へ行こう」

「殿下、すこしお待ちを」

ダリューンは言った。

この広い場所でやるのが都合がいいのだ。

ダリューンはアルスラーンに一部始終を話した。

アルスラーンは目を輝かせる。
ここはまだ子供だな。

「私では、だめか?」

瑠璃色の瞳が私を捉える。

私はナルサスを見た。

ナルサスは肩をすくめる。

ダリューンは必死に止めようとしている。

しかしアルスラーンの上目遣いに負けたのか、がっくりと肩を落とし、どうぞと絞り出すように呟いた。

『アルスラーン、本当に大丈夫かな』

「う、うむ」

私はアルスラーンを横抱きにする。

まずアルスラーンを軽々と持ち上げたことに驚くダリューン。

エラムは少し嫌そうな顔をしている。

そんなにトラウマになっちゃったかな?

「ではあの木の上まで跳んでくれ。そしてまたここに戻ってきてほしい」

ナルサスが指示をする。

指さしたのは山の上にある一番大きな木。

あそこからだとパルスが一望出来るに違いない。

『アルスラーン、しっかり私に捕まってね』

ぎゅっと握ってくるアルスラーンの素直さに笑みがこぼれた。

『さあ、行くよ』

めきっと地面が割れる。

そして私は飛び出した。


「うわあっ」

必死になってしがみつくアルスラーン。

あのときのシャプールを思い出す。

そして私は跳躍した。

風を切り、アルスラーンは目を見開く。

『怖いかな?』

「いや、怖くない」

きりっとした表情で空中を眺めるアルスラーン。

この王子、なかなか肝が座っているじゃないか。

すたっと木の頂上付近の枝に乗る。

アルスラーンは笑顔を向けた。

「アスラ!お主、すごいな!!」

アルスラーンをそっと枝の上に下ろす。

『アルスラーンに特別だよ。私の魔法を見せようか』

分かりやすく表情が明るくなるアルスラーン。

つられて笑ってしまった。

『君、怪我してるかな?』

「え、いや、深いものはない。かすり傷程度だ」

うーん、こまった。

深い傷を治そうと思ったのだが。

仕方なく私は左腕の包帯を外した。

アルスラーンは声を上げた。

「お主!酷い怪我を」

『もう痛みは少ないよ』

そうして私は首飾りにそっと触れた。
アルスラーンは何事かとそのガーネットを見つめる。

そして私は唱えた。

『お願い、フェニクス』

装飾品が光り輝く。

光の鳥が現れた。

「美しい……」

その鳥、フェニクスは私の左腕を見て翼を羽ばたかせた。

そこから生み出された光は私の左腕に降り注ぎ、傷を塞いでゆく。

「なんということだ…」

フェニクスが消えると、アルスラーンは私の左腕を触った。

「治っておる!」

『これが私の持っている眷属器の一つ、フェニクスだよ』

私はガーネットを撫でた。

ちょっと疲れるんだけどね、と付け加えると慌てて私の方を見つめるアルスラーン。

そこまで心配してくれるとは。

本当にこの王子は王子らしくない。

『帰ろっか』

私の言葉に大きく頷くアルスラーン。

私は再度アルスラーンを横抱きにすると枝から飛び降りた。


下に降りると心配そうな顔をしたダリューンが駆け寄ってきた。

「殿下!ご無事でしたか!」

『ねえ君、私に失礼だよね』

少しため息をつきながら笑った。

ナルサスは私の左腕に気づく。

「アスラ、その腕は」

私はアルスラーンと顔を見合わせると笑った。

『アルスラーンと私の秘密だよ』

「ああ」

ナルサスはすぐに理解したようだった。

俺も見たかったぞ、と少し睨まれた。

しかしこの世界にとどまる間はいくらでも使うだろう。

私がそれを言うとナルサスはやっと納得したようだった。

そして私たちは隠れ家である、馬小屋へと向かったのだった。





「……あれは、面白い娘もいたものだ」

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