■ そこの、絶世の美女!!
ギーヴが馬の背鞍に宝石の袋をくくり付ける間、私は馬を撫でていた。
何故か昔から動物には好かれる。
ファナリスはそういう傾向があるのだろうかは分からない。
ほかのファナリスと話したことは無いからね。
「この馬は牡だから好かれるのだろう」
ギーヴはにやにやと笑う。
私はため息をついて鞍に乗った。
ギーヴはその前に乗る。
『ギーヴ、申し訳ないんだけど少し休んでいいかな』
私は馬の腹を蹴り馬を操り始めたギーヴに言う。
かなり疲れていたのだ。
煌帝国での戦いのあと、一睡もせずに一晩でエクバターナへ、そして一晩歩いたのだ。
心身ともに疲れきっていた。
「ああ、構わぬよ。なんなら俺が抱き締めて……」
ギーヴの耳をつねる。
ギーヴはドーゾネテクダサイと片言で言い直した。
ギーヴの背に顔をつけ、眠る。
少し気を使ってくれているようで、歩みは穏やかだった。
二、三時間たっただろうか。
急な衝撃で目を開く。
ギーヴの顔が近くにある。
『ギーヴ』
「ま、待て待て!誤解だ!今から岩山を登るからお主が落ちぬように支えてやらねばと思ってだな」
なるほど、確かに馬は険しい岩山を登ろうとしている。
私は納得したあと、ギーヴの腰に手を回した。
そして馬は岩山を登り始める。
下を見ると、ルシタニア兵が見える。
『鉢合わせしたくないから迂回したんだね』
「本当はお主を起こしたくなかったんだがな」
いや充分に寝たさ、と軽く伸びをする。
馬が歩みをやめ、私は鼻をギーヴの背にぶつけた。
『あたっ』
「おっと、すまん」
ギーヴの目線の先には美しい女性。
いや、美しいという言葉では言い表せない神聖さがある。
『追うよね』
「もちろん」
ギーヴは馬を元来た道へと走らせる。
私は上着の被り物を深く被り、馬から飛び降りた。
「!?」
落馬したかと思い、ギーヴは私の腕を掴もうとする。
しかし、すぐに私が走り始めたことによってその腕は空振りに終わった。
『随分身体も軽くなったからね、運動だよ』
そう言って馬と併走する。
「あの女性を助けるのは俺だからな」
驚くこともせず、ギーヴは笑った。
案の定ルシタニア兵に囲まれる女性が見えた。
しかしその女性はすぐに馬を進める。
ルシタニア兵はその後を追うが、女性は馬を走らせながら弓を射た。
一人、二人とルシタニア兵が落馬する。
ギーヴは急いで後からルシタニア兵に強襲した。
三人を切り伏せると、ルシタニア兵二人は逃げる。
私はその二人を追って切った。
ギーヴと女性の方を見ると、漫才のようだった。
「お待ちあれそこのご婦人!」
女性は走る。
「そこの美女!!」
女性は走り続ける。
「そこの絶世の美女!!」
「私を呼んだか?」
女性は止まった。
ギーヴと女性が自己紹介をしている間、私はルシタニア兵が乗っていた赤栗毛の馬の鞍を直していた。
馬に乗り、二人の方に向かうとやはり漫才だった。
ギーヴの冗談混じりの言葉をことごとく無視し、自分のことを述べる女性。
「して、そちらは」
『え、ああ私?』
「男装をしておるようじゃが、隠せておらんの」
私は苦笑いをした。
『やっぱり?私はアスラ、よろしくね』
「私はファランギース。お主からは独特の雰囲気を感じる」
私は黙って笑う。
なんでこの国にはこんなに勘の良い人が多いんだ。
私とファランギースはギーヴを無視して歩みを進めた。
日が沈む。
お腹がすいたな。
残っていた水を少し口に含み、喉を潤した。
ファランギースは笛を口にくわえて目を閉じる。
そのときだった。
私の持っていた眷属器が光り始めたのだ。
ギーヴと私は慌てる。
ファランギースはゆっくりと目を開く。
「お主のそれは、精霊(ジン)が宿っているのか」
『ジン……?この世界にもジンがいるのかな』
私は簪を髪から抜き取る。
そしてファランギースに渡した。
「ジンの気配が感じる。その剣と首飾り、腕輪にもいるのじゃろう」
私は頷いた。
「どこの神殿のものじゃ?」
『どこでもないよ』
私は簪を髪に挿すと、答えた。
私のいた世界のジンとは違うのだろうか。
ファランギースは訝しげに私を見た。
「まあ良い。お主らのルシタニアを嫌う心には偽りはないそうじゃからの。そしてアスラはジンに好かれておる。それだけでも充分じゃ」
そういうとファランギースは少し笑う。
『わあ、ファランギース綺麗だね』
笑った顔は本当に美しい。
花も霞む。
私たちが笑っていると、ドドドドという地響きが聞こえる。
青いルシタニア兵たちの軍団が私たちの横の森を通り過ぎていった。
「パルス兵……」
「ではないな」
『カーラーンが見えるよ』
ギーヴは納得した。
「あれは裏切り者の万騎長カーラーンの軍だ。相手にしない方がいいだろう」
ファランギースは提案した。
「アルスラーン殿下のご所在を存じておる者がいるかもしれぬな」
『ついて行こうか』
私たちは追い付かないくらいのスピードでルシタニア兵の背を追った。
しばらくついて行くと山岳地帯に入る。
私たちは馬を下り、武器だけを持って山に入った。
ファランギースが人影に気づく。
「私がゆこう」
そうして短剣を構えるとその人影に向かって走っていった。
「美しいな」
『うん、強いしね』
相手が倒れると思ったが、相手は反撃する。
その顔を見て、私は走った。
見覚えのある顔。
ナルサスだ。
『ファランギース!止まって!』
相対する二人の間に滑り込むと、ナルサスは剣を下ろした。
「アスラ!無事だったか!!」
ファランギースは短剣を構えたまま私に問うた。
「お主、知り合いか」
二人から同時に言われ、少し焦る。
『私は無事さ、ナルサス。でもどうしてここに?』
「俺は今アルスラーン殿下に仕えている」
ナルサスは答えた。
ファランギースははっとして短剣を下ろした。
「失礼した。私はファランギース、ミスラ神殿に仕える者。殿下にお力添えしたく参上した」
ナルサスの答えに驚いた。
『ナルサスはこの国の王子に仕えているのかな』
「ああ。お主も何故ここに?」
私はギーヴを見た。
『シャプールを助けようとしたら、このギーヴっていう男に矢を射られてね』
「ちょ、ちょっと待て!俺はシャプール殿を苦しみから救おうとだな!!」
ナルサスは困ったように笑う。
「シャプール殿は敵側の捕虜になったと聞いた。お主の神業のような体技を知らない者ならば、普通は助けられると思うまい」
「そ、そうだとも!まさかお主があそこまでいけると思わなかったのだ」
ギーヴは冷や汗をかく。
ナルサスは私の左腕を見る。
「実際に射られたのは本当だな」
私は左腕をあげる。
『少し痛いけど、休めるところがあれば治す手立てはあるよ』
私はその腕を下ろし剣を撫でた。
ナルサスはそうか、と微笑むとファランギースとギーヴの方を向いた。
「これで殿下にお力添えをするのは六人になった。俺と俺の侍童と天下無双の騎士一人、そしておぬしらだ」
ナルサスは作戦を話す。
主に撹乱作戦。
私たちは散らばった。
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