■ 殿下悪友よ、入るがよい

「行ったか」

俺は呟いた。
風が吹き、俺の髪を靡かせた。

「ナルサス様、本当にあの方は異世界の者なのですね」

全力で走り出したアスラを見送った俺とエラムは部屋の中に戻る。

日が沈み、俺はいつものように創作を始めた。

「そうだな、エラム」

エラムはアスラの服を興味深げに見つめている。

「この絹、素晴らしいものです。アスラが来た国はきっと絹の国のように煌びやかなのでしょうね」

「そう、だな」

俺はシャプール殿が言っていた国の名を思い出した。

煌帝国……煌びやかな国とはエラムはよく的を射たものだ。

俺はだまったまま筆を動かす。

だんだんと筆が乗ってきた。
今日はいい感じに筆が進みそうだ。

そんなとき、遠くから馬の足音が聞こえるのに気づく。

エラムも気づいたようだった。

愛用の弓矢を背負うと、すぐに家から飛び出す。

このナルサスの領内に侵入した者は誰でも排除する。
それがエラムの考えだ。


馬の足音が止む。
エラムは成功したのだろうか。

しかし、それは違うとわかった。

エラムの声と若い少年の声、そして聞き覚えの有る成人男性の声が聞こえてきたのだ。

俺はため息をついた。

よく客人が来る日だ。

「ナルサス!俺だ、ダリューンだ!」

俺は筆を持ったまますぐに扉を開けた。

悪態をつきながら、軽く笑った。

「お主の声は一ファルサングも遠くから聞こえておったぞ」



どうやらアトロパテネの大戦はやはり大敗だったようだ。

ダリューンとアルスラーン殿下を迎え入れると、エラムに食事を作らせる。

食事が運ばれてきて、ダリューンと殿下は目を輝かせた。

殿下の腹の虫の鳴くのを聞きながら、俺はふとテーブルの近くにあった折りたたまれたアスラの服を見る。

そういえばエラムがしまおうとしてダリューンたちが来たのだったな。

エラムはそれに気づき、テーブルのそばに置いてあったアスラの服を奥に持っていこうとした。

しかしそれを殿下が制止する。

「待ってくれエラム」

「は、なんでございましょう」

「その服……珍しいものだな」

ぎこちなく笑う陛下。

私は目を伏せて笑った。

「その服が気になりますか。殿下」

ダリューンは腰を上げ、その服を見つめる。

「絹の国(セリカ)で見たことがあるな」

「ああ、かなり上質な絹だ。しかししっかりとしていて、この持ち主の肌に馴染んでいたのだろうな」

殿下はその服を広げる。

さらさらとした肌触りのその布は赤を基調とした刺繍が施されている。

そして背中に焦げあとと大きな穴が空いていた。

アスラがここにくる直前に受けたというものだ。

殿下とダリューンは気づいたようで眉を寄せた。

「この服の持ち主は、死んだのか」

エラムはいいえ、ときっぱりいうと殿下から服を受け取った。

丁寧に折り畳むと棚にしまう。

「ならば、かなり重傷に違いない」

「殿下、まずはお食べください。あの服の持ち主の話はそのあとでもよろしいでしょう」

湯気が立ち上る食事の並ぶテーブルをちらりと見る殿下。

ダリューンは笑って腰を下ろした。

そして二人は食べ始めたのである。



食事をする間、二人は何も話さなかった。

私はエラムと顔を見合わせる。

エラムはちらちらと棚を見ている。
おそらくアスラを気にしているのだろう。

馬で四半日かかる道のりを自分の足で行くのだ。
かなり疲労もたまっているだろう。

私は気にするな、と小声でエラムに伝えた。

「帰ってくると言っておったではないか」

「そう、ですね」


俺達は食事を終えると、今回の戦いについて話した。

アトロパテネでパルスは惨敗したこと。
万騎長カーラーンが裏切ったこと。
ダリューンたちは俺に助力を求めていること。

俺は当然断った。

浮世と縁を持つ気はなく、永遠なる芸術と共に生きると。

俺が堂々と力説すると、ダリューンと殿下は少し笑った。

殿下は俺にどうなるか、どうすべきかを尋ねた。

俺は自分の考えを述べる。

奴隷制度の廃止をすべきだ。
パルスの奴隷はおそらく敵に利用される。
そしてエクバターナは敵の手に堕ちる。


俺がアンドラゴラス三世に嫌われているのを理由に断り続けていると、殿下は困ったように笑った。


「わたしもダリューンも父上に嫌われておる。どうせなら仲良く嫌われようではないか」


その笑顔に私もつられた。

こんなことをいう王子がかつていただろうか。

すこし、この王子の行く末が気になった。


「山を降りてからのことは一切お約束できませんが、きっと心強い味方になってくれる者は存じております」

俺は言った。

エラムは少し嫌そうな顔をする。

異界人をこの国の戦に巻き込むというのか、と言いたいのだろう。

アルスラーン殿下は少し嬉しそうな顔をする。

ダリューンは驚いた顔をして詳細を尋ねた。

「先ほどの絹の服の持ち主ですよ」

殿下は悲しそうな顔をする。
感情豊かな王子だ。

「しかしあの者は傷を」

「あやつは普通ではないのですよ」

「普通ではない、とは」

ダリューンは不思議そうに首を傾げる。

「信じぬかもしれぬが、あの者はこの世界の住人ではないのだ」

きっと今の俺の顔は嬉しそうだろう。
知らないことを知ることは本当に楽しいことだ。

「というと……異世界から?」

ダリューンは口がヒクついている。

「シャプール殿じゃあるまいし、お主もそのようなことを言うのか、ナルサス」

「ほう、お主もシャプール殿から聞いたか」

俺がそういうとダリューンは驚いたようだった。

訳が分からずきょろきょろしているのは殿下だけだ。

俺は殿下に説明をした。


「ほ、ほんとうにそんなことが」

殿下は目を見開く。

俺は肩をすくめた。

「私も最初は信じませんでした。異世界なんて有り得ないと思っていたのです。しかし実際にあやつはやってきたのです」

あの服が証拠です、と棚に顔を向ける。

ダリューンは少し悩んでいる。

「俺が聞いたことは少しだった。おそらくシャプール殿は俺が信じていないと思ったのだろうな」

「はは、俺はそれを信じた。だから多くのことを聞いたよ」

そしてアスラの説明を始めた。

「しかしあやつはシャプール殿を救いに行ったのですよ、殿下。朝方にはエクバターナに着くでしょう」

殿下とダリューンは顔を見合わせた。

「シャプール殿は捕虜になったと聞いた」

ダリューンは呟いた。

俺は顔を伏せる。
アスラは大丈夫だろうか。

「ナルサス様がさっきおっしゃったじゃないですか、アスラを信じましょう」

横からエラムが呟いた。

俺は頷く。

それを見てダリューンと殿下は少し笑った。

「わたしもその者と会えるだろうか」

殿下の瑠璃色の瞳がきらきらと輝く。

「ええ、きっと会えるでしょう」

俺はアスラの柘榴色の瞳を思い出した。

正反対の色だが、何故か似ている。
そんな気がした。



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