■ 仮面の男、君は誰

寝台で少し休んでいると、扉が開いた。

そこに入ってきたのは疲れきった表情のギーヴ。

少し休んだので魔力の半分は戻ったようだ。

私は尋ねた。

『ギーヴ疲れてるね、どうしたのかな』

「王妃様の逃亡の手助けを頼まれた」

私は笑った。

『それは大仕事だね、頑張れ』

「笑い事ではないのだ。宰相フスラブ殿は同じ部屋に武装したパルス兵を仕込んでいた。所謂脅しさ」

へえと剣を腰に差しながら応える。

『私も行こう。この都市から出て、行きたいところがあるんだよね』

ギーヴは笑った。

「心強い、お主がいるのならこの仕事も楽になりそうだ」

そういうとギーヴはすぐに部屋を出た。

私もその後に続く。


王妃様の待つ地下通路についた時だった。

女性の香水の香りがする。
これは王妃がつけていたものと同じだ。

しかし、少しほかの香りがする。

「お待たせしました王妃様」

王妃様ははっとしてこちらを向く。

「そ、そなたも来たのですね」

そして私の方を見た。

深くマントを羽織って顔は見えない。

『うん、ギーヴの連れ添いみたいなもんさ』

私とギーヴは王妃にバレないように顔を見合わせた。

目線が一瞬王妃に移ったあと、顔を振る。

そう、この王妃は偽物だ。

香りが違うと思ったのはこのせいだろう。

私とギーヴは何も知らぬ顔をして歩き始めた。


しばらく立つと、私とギーヴの後ろの王妃が遅れ始めた。

『疲れたのかな、ゆっくり行こうか』

王妃は首を振る。

ギーヴは呟いた。

「無理しない方がいい。王妃様のふりをするだけでも大変なのだから」

立ち止まる王妃。いや、偽物。

「……なぜ、分かったのです?」

「香りで」

私もそうだが、まさかギーヴもそうだったとは。

「あんたと王妃様とでは肌の香りが違う。たとえ同じ香水を使っていてもな」

そういうとギーヴは自分の思っていることをつらつらと述べる。

それは身分の高い人々への誹謗中傷だった。

ギーヴ自身は以前になにかあったのだろうか。

王族、貴族に対しての恨みが感じられた。

急に女官が短剣で切りかかる。

ギーヴは簡単にそれをよけると官女の両手を掴む。

しかし官女はすぐに男の急所を蹴った。

『あ』

「お……」

女官は来た方と反対側に走り出す。

『やられたねー、ギーヴ』

「おいおい…そこの女官、王宮へ戻るならそっちじゃない……」

私の言葉を無視して女官に話しかけたギーヴは、はっとした。

奥からなにか来る。

私は剣に手をかけた。
ここは水路だ。
ヴィネアも使える。

奥から深く暗い声が響いてきた。

「これはこれは……光栄あるパルスの王妃様は民衆を捨て、自分ひとり脱出なさるおつもりか」

奥から歩いて来たのは銀の仮面を被った男と何人かの青色の兵。

私はギーヴの前に立つ。

『あの男知ってるかな?』

「知らぬ」

苦しそうな表情のギーヴ。

私は剣を抜くと構えた。

女官は怯えたように震えているが、仮面男の後ろにいた一人の兵に気づいたようだった。

「万騎長カーラーン様……?なぜこのようなところに……」

仮面の男ははっとして女官に掴みかかる。

その被り物を取ると、首を絞めはじめる。

私はそれを黙って見つめた。

ごきっという首の折れる音が聞こえ、女官は水路に倒れる。

仮面の男はギーヴと私に気づくことなく、踵を返した。

『ギーヴ、追うかな』

「ああ。待て!」

ギーヴは腰を叩きながら立ち上がった。

私は一歩下がり、剣を下ろす。

ギーヴは私の近くに弓と矢を下ろすと、マントを女官の死体に被せた。

「絶世ではないにしても美人を殺すとはなにごとだ!生きていれば俺に貢いでくれたかもしれぬのに」

ギーヴそこじゃないよね。
突っ込もうかと思ったが、仮面男のピリピリとした殺気の方が気になった。

剣をしまえる雰囲気ではない。

「顔を見せたらどうだ色男。それとも血液の代わりに水銀が流れているからそんな素顔になったのか!?」

そういうとギーヴは手にしていた油の入った灯を投げつけた。

その油は壁の松明に引火し、勢いよく爆発が上がった。

私はアシュタロスの眷属器をすかさず発動させる。

炎を操るアシュタロスは爆発の火とも相性がいい。

炎をまといながら剣を仮面の男に振り下ろす。

しかしその剣は別の兵によって止められた。

がきんと金属音が鳴り、その兵はこちらを睨む。

赤い兵……パルスのものだ。

万騎長とか言われていた男だろうか。

ならばなぜ敵側にいる?

まさか裏切ったから、パルスは大敗した?

色々な考えが浮かぶが、仮面の男の様子の異様さに思考は中断した。

『苦しんでる……?』

「ご無事ですか?」

「お主ら、このうるさい蚊を叩き潰せ。俺は本物の王妃を追う」

私はちらりとギーヴを見る。

深追いする気はなさそうだ。

残された青い兵は私とギーヴを取り囲んでいる。

ギーヴはすかさず近くの兵に斬り掛かる。

その頭を貫通した剣が引き抜かれた後、ギーヴは不敵に笑った。

『やるねー』

私は発動されたままのアシュタロスで二人を両断する。

もう二人はあっという間にギーヴが倒してしまった。

「お主もやるではないか。いろいろ聞きたいこともできた」

私の炎熱を帯びた剣、アシュタロスを興味深げに見つめるギーヴ。

『とりあえず私は行きたい場所に行くからね』

物色し始めたギーヴに別れを言うと、慌てて止められる。

「ま、待て!お主俺と一緒に行動しないか」

『そう思うなら私のスピードに着いてきて欲しいな』

私はそういうと全力で走り出した。

あっという間にギーヴが遠くになる。

私は銀仮面の男が歩いていった方向に向かって急いだ。


「ついていけるわけなかろう」




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