■ 兄弟、名前は

『なにこれ』


煌帝国の禁城での勤めを果たし、私は久々に家に帰った。

すると部屋の中にはこちらを狼のように睨んでくる二人の子供の姿。

ちょっと待て、まずは落ち着こう。


私は深く息を吸い込んだ。

その様子を眺める二人の子供。

息を吐き、再び子供を見つめる。

視線と視線がぶつかり合うが、どちらも話そうとはしない。

1分ほどの睨み合いのあと、二人のうちの大きな方が口を開いた。

「ここはどこだ」

『私の家だけど』

そういう答えが聞きたかったんじゃないとばかりにこちらをさらにきつく睨む男の子。

「なぜ俺達をここに連れてきた!」

『君たちが私の家に入り込んでいたんだろう』

諭すようにいえば、それを聞いていた小さな男の子は少し目に涙を浮かべた。

やばい、泣かせてしまっただろうか。

『君、名前は』

「……シャプール。こっちは弟のイスファーン」

シャプールと名乗った少年は16歳ほどだろうか。
まだ20は迎えていないように見える。
イスファーンは5歳にもなっていないようだ。

『君たち、どこから来たのかな』

「パルスだ」

私は聡い方ではない。
どちらかと言えば疎いに分類されるかもしれない。

そのような国は聞いたことがなかった。

『えと、シャプール。パルスってどこかな』

「そんなことも知らないのか。ミスル、トゥラーン、チュルク、シンドゥラ、マルヤムに囲まれた王国だ」

ぷしゅーと頭が湯気を吹き出しそうになる。

いくら馬鹿な私でもこんなに多くの国を聞いたことがないことがあるだろうか。

「あにじゃ、ここどこ」

ずっと黙っていたイスファーンが話し出す。

兄者、この二人は兄弟なのだろうか。

「心配するなイスファーン。すぐに帰れるさ」

シャプールは不安げなイスファーンを優しく宥める。

『どうやってここに?』

「俺達は近くの村が襲われて走っていたんだ。そして後ろから剣を受けたと思った。気づけばここにいたんだ」

村、ここいらに村なんてない。
あながちパルスという国から来たというのも間違いじゃないのかもしれないね。

『パルスなんて聞いたこともないが、一応君たちは子供だ。帰る手伝いはしよう』

私はずっと抱えていた食材を木のテーブルの上に乗せる。

別に重いということはなかったが、このままでは相手が攻撃した時に不利だ。

2人を向くと、未だにこちらを睨んでいる。

「俺達をどうする気だ」

『どうもしないさ。ご飯を作るから一緒に食べようよ』

私には家族がいない。

弟ができたらこんな感じなのだろうかと少し笑う。

腰の剣はテーブルの隅に立て掛ける。

その剣の柄の装飾には八芒星がある。

私はそれを見て、目を細めた。

これは眷属器の証。

私は紅炎に救われた。

その後はずっと練家に仕えている。

この剣は紅炎から初めてもらった得物であり、初めての眷属器だ。

シャプールはゆっくりとこちらに近づく。

剣を眺めているということは、剣を扱ったことがあるのか。

「武器、持たなくてもいいのか」

『いいんだよ。君たちも丸腰だろうしね』

シャプールは黙る。
図星だろう。

よくよく見ると、シャプールの服装は煌帝国のものではない。

この服装でここまで来れたということは有り得ないだろう。

ますます謎が深まった。
私のキャパを軽々超えてしまった。

『今日はチンジャオロースだ』

「なんだそれ」

シャプールはこちらを軽く睨む。

初めて出会った時の眼光の鋭さはない。

「ちんじゃおろーすー?」

イスファーンは私の言ったことを繰り返そうとしている。
可愛いじゃないか。

『まあ座って待ってなよ。水汲みでもしてもらいたいところだが、君たちはその格好じゃ目立ってしまう。皿を並べるくらいならできるだろう』

くいっと皿のある棚を指さす。

シャプールは黙って頷く。

どうやら危険人物であるという印象は取り除けたようだ。

『イスファーンは座ってなよ。食料庫に果物があるからそれでも食べてて』

イスファーンはあい!と元気に返事をして椅子によじ登る。

皿を出しているシャプールはイスファーンを持ち上げて座らせた。

こんなとき、椅子が一つじゃなくてよかったと思う。

シャプールは皿を並び終えたようだ。

私は手際よく味付けを終わらせると、シャプールの用意した皿に分ける。

その後食料庫からパンを3つ持ってくると、テーブルに置いた。

飲み物は水でいいだろう。

水瓶から汲んだ水を3つテーブルに置くと、シャプールは気まずそうにこちらを見た。

「敵だと思って、すまない」

『いや、いいよ。私だって最初は曲者だと思ったからね』

「お前、名前はなんて言うんだ」

そういえば名乗るのを忘れていた。

私は少し笑って答えた。

『アスラさ』

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