■ 紅炎、やったよ

治療室を探すのはかなり時間がかかった。

鼻で薬の匂いを嗅ぎとろうとしたが、どこかしこからも香水の匂いがしてそれどころではなかったのだ。

仕方なくパルス兵に聞くと、私がシャプールを助けたところを見た者だったようで、親切にも案内してくれた。

「それにしてもお主何者だ。俺は一瞬でシャプール殿が屋根の上に移動したようにしか見えなかったぞ」

パルス兵は歩きながら笑う。

私はとりあえず愛想笑いをしておいた。

ここだ、と治療室の前につく。

血と汗と泥と薬の匂い。
屍臭もする。

私はその扉を開けた。

中にいたのは上級兵士達のようで、皆簡易的な寝台に横になっていた。

私は歩きながら一人一人を確認した。

足がひどくうっ血した者。
腕が半分無い者。
顔すべてが包帯に覆われている者。

悲惨としか言いようがない。

これが戦争なんだ。

この中にシャプールはいるのだろうか。

一番奥に垂れ幕で覆い隔離されている大きな寝台がある。

直感で分かった。

必ずシャプールはここにいる。

私はその垂れ幕の中に入った。


逞しい身体。

その身体には至るところに切り傷、打ち身がある。

そして精悍な顔つき。

やっと会えたね。

やっとこうして話せる。

その目はまだ開かないけれど。

私は寝台の横に膝をつける。

そうだ、今なら必ずできる。

私はガーネットのペンダントを固く握りしめる。

そして願った。

『シャプールを助けてくれるかな、フェニクス』

装飾品が光りだした。

大きな光の鳥が姿を現す。

見たことがある、これがフェニクス。

その光がシャプールの上に降り注ぐ。

傷が少しずつ塞がっていくのが見える。

一番深かった両太股の傷も。

『紅炎、フェニクスの眷属に、なれたよ』

これを伝えたかった。

えらいと言って欲しかった。

私は首を振った。

今紅炎達のことを考えてはいけない。

紅炎には絶対に会える。

分かってる。

シャプールが帰れたんだよ、私だって帰れる。

みるみるうちに塞がる傷。

やはり痕は残るようで、えぐれたような傷が目立つようになった。

それでも随分と変わっただろう。

フェニクスの発動を止めると一気に力が抜けた気がした。

フェニクスもレラージュと同様、長くは使えないようだ。

これくらいの魔力消費だったら一晩できっと回復するだろう。

私はシャプールの寝台に腰掛けるとシャプールを見つめた。

『ずいぶんと立派になったんだね、驚いたよ』

私の中ではまだ17歳だったシャプール。

でも今は36歳という。

『複雑だね』

私は苦笑した。

起きたシャプールはきっとこう言うだろう。

“アスラ、おはよう”

あの6日間のように、照れたような恥ずかしそうな顔で言ってくれるんだろうか。

言って欲しいな、私はまだ君の姉者なんだから。

目を閉じて昔のことを思い出す。


そんな時だった。私の右手を誰かが触れた。


私は驚いて目を開ける。

そこで私の目を見つめていたのは。


「アスラ、おはよう」


ああ、やっぱり。

君はそう言ってくれるんだね。


『シャプール、おはよう』




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