■ 王妃様、褒美はいらないよ

王宮内を歩く。

煌帝国とは全く違う内装だが、私はシャプールのことが気になりすぎてそれどころではなかった。

「なかなか立派だ。ここに住まう王妃様もさぞかし美しいのだろう」

ギーヴの言葉に軽く反応する。

『そうだね』

ギーヴは黙ってこちらを見つめる。

「心配なのか」

『まあ、ね』

あの怪我では助かったとしても後遺症が残るかもしれない。

骨を砕かれた頬は動くようになるのだろうか。

「俺が言うのもなんだが、心配なさるな。好いた人のことは信じてやらねば」

ギーヴの言葉を訂正しようとも思ったが、そんな気にもなれなかった。

私は黙って頷く。

「この扉の奥にタハミーネ王妃様が居られる!くれぐれも粗相のないように」

私たちをここまで連れてきてくれたパルス兵は豪勢な扉の前につくと、こちらを向いて警告する。

ぎぃと内側から扉が開かれる。

そこにはパルス兵の中でも上役の者達、そして女官たち、真ん中にはとても美しい女性がいた。

一目で王妃だとわかる。

私とギーヴは歩を進める。

ギーヴが座り深々と頭を下げた。

私のいた煌帝国とは全くやり方が違う。

私はとりあえず拱手した。
これが煌帝国での礼儀だ。


あまり畏まるのは嫌いだが、ここでもめたくはなかった。

「そなたらの名は」

美しい王妃が口を開いた。

「ギーヴと申します、王妃様。旅の楽士でございます」

そう言ってギーヴは顔を上げた。

女官の一人がはっと声を出した。

「して、その方は」

私のことだ。

『私はアスラ、絹の国から来たんだよ』

被り物をしたまま拱手をしているため、おそらく王妃には私の顔も髪色も見えていない。

不遜な物言いに周りの兵士達が声を上げた。

それを制す王妃。

「絹の国と言いましたね、それを証明するものはありますか」

さすがに頭がいい。

私は黙って考えを巡らせた。
こういうのは苦手なんだよね。

『この拝礼方法が証明だと思うんだけどな』

煌帝国風のそれに王妃は頷く。

「そうでしょうね、私は見たことがありませんが」

黙りこむ。
しらを切らなければ。

王妃はこれ以上何を言っても無駄だと思ったのか、ギーヴの方を向いた。

「私は琵琶を弾きます。笛も歌も詩も舞もいたします」

へえ、楽士なのか。
私は少し顔を上げてギーヴを見た。

「ついでに申し上げておけば、弓も剣も槍もそこらの兵よりうまく使います」

ずいぶんと大胆な発言だ。

ここにいるのはパルス屈指の兵。

その前で言えることではない。
相当な自信が無い限り。

王妃は意に介さず話し始める。

「そなたらの弓の腕、そして能力は私たちも西の塔から見せてもらいました。忠実なシャプールを救ってくれて礼を言います」

王妃はギーヴを見て付け加えるように呟いた。

「そなたは苦しみから救おうとして、それを阻まれたようですが」

ギーヴはちらりと私の方を見て苦笑した。

「は、おそれいります」

その瞬間だった。
甲高い声が部屋に響き渡る。

「おそれながら申しあげます王妃様!私はその者を存じ上げております!とんでもない男です」

先ほどギーヴを見て驚いていた女官だ。

女官はすっくとその場に立つと、ギーヴについてのことをつらつらと言い出した。

するとギーヴはそれを否定も肯定もせず、もちろん悪びれることなく答えた。

要約するとこうだ。

女官を騙したのは事実だが、王子という名に騙されやすい女が多い。
嘘は信じれば真になるのだから、そのまま信じ続けておけばよかったのに。
浮いた嘘に騙されるのは浮いた女だ。

私はため息をついた。

これはひどい。

はやく出ていきたいものだ。

タハミーネ王妃は少し面倒そうな顔になった後、高価そうな琵琶を運ばせた。

するとギーヴは手慣れた手つきで琵琶を弾き語り始める。

美しい声が部屋に響き渡った。

もちろん私には聞いたことがない詩。

しかし、それはしっかりと私の心に届いた。

終わった瞬間に巻き起こる拍手。

当然だ。

聞いたことがないが、これが素晴らしいものだということは私にもわかる。

王妃が指を二本すっと上げると、後ろに控えていた女官が大きな盆に袋を乗せ前に進み出てきた。

「見事でありました。弓の技に五十枚、音楽に五十枚。合わせて金貨百枚を褒美に取らせます」

大きく一礼をし、それを受け取るギーヴ。

そしてタハミーネは私を見る。

「そなたは素性がよく分かっていません。しかしシャプールを助けてくれたのはそなた自身。よって褒美に金貨三百枚をとらせます」

ギーヴはこそっと呟いた。

「お主がパルスの民であれば、その倍以上は貰えておるぞ」

女官が運んできた袋を手に取る。

ずしっと手に載せられたそれの重みがシャプールの命と同じなのだ。

それを受け取る。

私は一瞬迷ったが、王妃にシャプールの容態を聞いた。

『王妃様、シャプールの容態はどんな感じなのかな』

ギーヴが焦って言葉遣いを直そうとしてくるが、私はそれを無視した。

王妃は意に介さず答えた。

「そなたがシャプールとどのような関係であるかは聞きません。シャプールは治療室で寝ています。一命は取り留めたようですが、まだ意識は戻っていないと聞きました」

かなり良心的な王妃だ。

こんな不敬者にシャプールの情報を教えてくれた。

私は再び大きく礼をした。

『私はシャプールのところにいくけど、許してもらえるのかな』

止めても行くけど、と少し王妃を下から睨む。

王妃はあっけらかんと肯定した。

パルス兵が口々に文句を言う中、私はその部屋を堂々と出ていった。




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